第三十一話 アリシア
魔獣退治の決戦の日、俺たちはシャンベル家の館の前に集まっていた。
全員が揃いの服を着て、儀礼用の剣を持っていた昨日とは異なり、騎士たちは鎧兜を身につけ、それぞれ異なる武器を持っている。
俺がフィアとフィルと一緒にいると、同じ隊になるクロードが近づいてきた。
鎧といっても、あまりごついものではなく、動きやすそうな軽いものを身につけ、大きな槍を持っていた。
長身のクロードよりも槍の方が長く、二メートル以上はありそうだ。
「改めて、挨拶させてもらう。同じ隊として行動するクロードだ」
「ラクトだ、よろしく」
頭を下げそうになるが、それはあまりよくないらしいと学んだので、軽い調子で答え、差し出された手を握り返す。
クロードの手は大きく、握る力も強かった。
握手が終わると、クロードは俺の方を少し睨むようにして続けた。
「貴様の知恵と勇気には感服するが、これまでの作戦のやり方には賛同できん」
勇者募集のことだろう。
当然だ。フィアも最初に言っていた通り、本来戦うはずの騎士ではなく、領民の中から勇者を送り続けるやり方に、反感があるのだろう。
「あのね、こいつだって別に何も考えないでやってるわけじゃないのよ」
横からフィアが口を挟む。
「おやおや、ラガルド家は随分と仲良くやってるみたいだな。それとも、テオルド様が負傷されている分、賢者に取り入るので必死か?」
「なっ……!そういう話じゃないでしょ!」
挑発するように言うクロードに、フィアが食ってかかる。
「ふっ、図星で焦っているんじゃないのか?本来対等な四騎士家のうち、ラガルド家が筆頭とみなされているのは、テオルド様の実力によるものだ」
「だから、そういう家の話とかは関係ないでしょ!」
俺にはわからない、騎士同士の確執のようなものがあるのかもしれない。
「そうでなければ、アリシア様をずっと慕っていたお前が、あんな作戦を飲むとは思えない。アリシア様を犠牲にするような真似をして、何とも思わんのか?」
クロードが語気を強めると、フィアは今度は反論できずにいる。
確かに、アリシアには辛い思いをさせ続けている。
勇者たちに直接思念術式をかけ、その思いを受けながら、思念記録を写す。
その繰り返しは、並大抵の負担ではないだろう。
それについては、俺も何も言い訳することはできない。
クロードが、俺の方を向き直る。
「貴様もそうだ。幼い頃からのアリシア様を知らないとはいえ、あのお姿を、あの白い肌を見て、何も感じないのか?」
その言葉で、違和感を覚えた。
姿?白い肌?何を言っているんだ?
アリシアが罪悪感で苦しんでいる姿、という意味ならわかる。
だが、白い肌はどういうことだ。
「ダメ。アリシアから止められてるの。言わないで!」
クロードに対し、必死にフィアが訴える。
何か、俺に隠していることがあるのか?
「お前、アリシア様の命とはいえ、知らせずに作戦を立てさせたのか?何て非道な!主君を守れずして、何が従騎士だ!」
それを聞いたクロードが、怒りに震えながらフィアを怒鳴りつけた。
「私に何を言ってもいい。だから、言わないで」
力なく、フィアがもう一度言う。
だが、ここまで聞いてしまっては、俺も聞かないまま、そのままというわけにはいかない。
アリシアを傷つけている何かを、俺だけが知らないままにされているなんて。
「すまん、フィア。クロード、何の話か教えてくれ」
そう言うと、フィアはうなだれた。
フィルが横へ来て、支えるように何か言っている。
「貴様、大魔術を使おうというのだ。魔術を使うと消耗することは知っているな」
「ああ」
「アリシア様のお使いになる思念術式に、何の負担もないと思っているのか?」
突然、俺は殴られたような衝撃を覚えた。
そのことは、全然頭になかった。
魔術を使うと消耗がある。俺は勝手に、それは属性魔術だけのことだと思っていた。
だが、思念術式は特殊な魔術だと、そうフィアが言っていたじゃないか。
「思念術式は、シャンベル家の血筋に伝わる術式だ。アリシア様は、その才が優れていたが、その分苦しむことになった。幼少の頃は、まだ制御ができておらず、勝手に術式が発動してしまい、それがご負担になっていた」
クロードは、その頃のアリシアを思い出したのか、辛そうに顔を歪ませた。
「それで体調を崩された上に、陽の光を浴びると、術式が崩れやすい。アリシア様は、幼少の頃より、一歩も外に出られなくなってしまったのだ」
そんな……。
あの白い綺麗な肌を最初に見た時、俺は裕福な貴族の象徴のようなものだと思っていた。
その裏に、そんなことがあったなんて。
「最近は、魔具を使って制御する術を見つけて、何とか庭に出られるようになったとお伺いしていたのに、そこにあの作戦だ。毎日毎日、術式を使い続けて、またアリシア様は館から一歩も出られなくなった」
今までのアリシアを思い返す。
俺たちを見送る時も、出迎える時も、ずっと部屋の中だった。
アリシアの性格なら、外まで来て見送ったり、俺たちが外で騒いでいたら出てきて出迎えてもよさそうなものなのに。
アリシアはずっと、館の中で身を削りながら戦っていたんだ。
「ごめんなさい。言ったらラクトさんが自由に作戦を考えられなくなるって、ずっとアリシアさんに言われていて」
確かに、それをもっと早い段階で知っていたら、勇者募集をしようと言うことはできなかったかもしれない。
もしくは、それでも他に方法がなくて、続けていたかもしれない。
いずれにしても、もっと俺は苦しみながら、この作戦を進めることになっただろう。
アリシアは、自分が苦しみながらも、俺のことをずっと気遣っていた。
救世主だの賢者だの、持ち上げられておいて、そんなことにも気づかなかったなんて。
「ふん。今さら知ってそんな顔をしていても、もう遅い。私は貴様を許さない。だが、ここまでの成果に感服しているのも事実だ。今回の作戦では、全力で貴様を守る」
クロードはそう言って、俺たちから離れていった。
アリシアが幼い頃からずっと外に出られなかったと聞いて、もう一つ思い当たったことがあった。
「なあ、昔、フィアがリーナの家にアリシアを連れて行って怒られたのって、身分の違う家に連れて行ったからじゃなくて」
「そうよ。お父様はそんなつまらないことで怒ったりはしないわ。その後、アリシアは一週間寝込んで、誰にも会えなくなった。アリシア本人は、楽しかった、また行こうねって言ってくれてたけど」
フィアが声を震わせながら答えた。
その頃からずっと、アリシアは隣の隣の家に行くこともできなくて、行ったら一週間も寝込むほどだったっていうのか。
俺がアリシアを、その頃の状態に戻してしまった。
それなのに、アリシアはずっと微笑んで、俺に接してくれていた。
その時、ざわめいていた周囲が静かになった。
ベルナールさんが中から出てきたのだ。
「諸君、準備はいいか。行くぞ」
ベルナールさんがそれだけ言うと、今日は静かに、騎士たちが隊列を組んだ。
先頭にベルナールさんが立ち、その後ろに騎士たちが続き、俺たちが最後だ。
俺の周りを三角に囲むように、フィア、フィル、クロードが立つ。
「すまない、許していないのは事実だが、こんな時にする話ではなかったな」
俺たちの様子を見たクロードが、そう詫びてきた。
「そうですね。姉さん、ラクトさん、無事に帰ってきて、その後でアリシアさんに謝りましょう」
フィルが、俺たちを元気づけるように言う。
「ああ、そうだな」
俺がフィルに応じると、それを聞いていたクロードが、再び口を開いた。
「アリシア様は、言うなと命じていたのだな?」
「ええ、そうです」
「だったら、私も一緒に詫びさせてくれ」
「わかった。全員で帰ってアリシアに全員で謝ろう」
俺たちはそう約束して、前を歩く騎士に続き、街を出た。




