第三十話 賢者
「この街の人間じゃないラクト様にお願いするわけにはいきません」
「あんたは失っていい駒じゃない」
いろいろと説得されたが、俺の意思は揺るがなかった。
それに、俺だって別に死にたいわけじゃない。
いろいろ考えても、大魔術のことをさらに詳しく聞いても、そのたびに、やはり俺が最適だという結論になっただけだ。
大魔術は、火、水、雷、風の四つの属性を組み合わせ、渦を描くように放つ魔術だと、本に書いてあった。
元々、この街にあった触媒は火と水だけ。
この騒動が起こる前から、俺だけじゃなく、誰も大魔術を経験したことも、雷と風の魔術を使ったこともなかった。
だから、騎士たちでも発動できるかどうかわからないものだ、という説明も聞いた。
だが、それを聞くたびに、やはり俺が適任だと思うようになった。
カラフルな光が渦をなすように飛んでいく様子を、俺は何度も映像で見たことがある。
見たことも、想像したこともないこの世界の人たちよりも、俺の方が大魔術をうまく使うことができる。
それに、魔術はうまく使うほど、消耗は少ない。
その理屈は、大魔術でも同じはずだ。
俺がゲームとアニメで見たイメージを使って、一番効率よく魔術を使う。
そうすれば、きっと大魔術を使っても無事に帰ってこられる。
恐怖が頭をもたげるたびに、その考えで押し殺していた。
ベルナールさんにも何度も止められた。
しかし、理屈としては一番合理的で、騎士たちにとっても一番問題の起こらない俺の案は、最終的には採用されることになった。
今日は、騎士たち全員が集まる会議が開かれることになっている。
実際の作戦を決める会議というよりも、儀礼的なもので、改めてベルナールさんが討伐を指示するものだと聞いている。
俺は今、シャンベル家の使用人たちに囲まれて、服の準備をしている。
クレール領に向かった時のような正装とは違い、より戦闘用に近い、それでも儀礼的な装飾をつけた服だ。
支度が整うと、ベルナールさんの部屋に案内された。
そこには、同じような服を着たベルナールさんと、対照的に煌びやかだが、ふわっとしすぎない、落ち着いたドレスを着たアリシアがいた。
「うむ。よく似合っているな」
俺を見て、ベルナールさんが言う。
俺が、こんな服が似合うようにはあまり思えない。
多分、お世辞だろう。
「ラクト様、騎士たち全員の前に出ることになりますが、気負うことはありません。ただ、堂々として、私たちに合わせて座っていただければ大丈夫です」
アリシアが、そう俺に声をかけてくれた。
堂々とするだけ、というが、それが一番難しいような気がする。
歴戦の騎士たちを前にして、堂々としていられるだろうか。
「君が慎み深いのは、よく知っている。だが、これは儀礼的なものなのだ。堂々と胸を張って、頭を下げない。それが彼らに対する礼儀だと思えばいい」
ベルナールさんも続けた。
礼儀作法の一つと考えれば、確かに何とかなるような気もしてくる。
「それに、君はそれにふさわしいだけのことを成し遂げてきたし、今回もそれを担おうとしている。本当に我々がふがいないばかりに、君に背負わせてしまって申し訳ない」
そう言って、またベルナールさんは頭を下げた。
でも、これは俺が言い出したことだ。
最初は突然呼び出されて始まったが、今となっては俺自身も、この街を何とか救いたいと思っているし、俺も街の一員だと思っている。
それだけ、アリシアやフィアやフィルたちと深く関わってきた。
「お父様、そろそろ行きましょう」
「ああ」
アリシアの言葉に、ベルナールさんが頷く。
案内する使用人を先頭に、ベルナールさん、俺、アリシアが続いて歩いた。
館の廊下を歩き、一番奥にある部屋の、両開きの扉の前に到着した。
部屋の中には人がいるらしく、少しざわめいている。
「ベルナール様のご到着です!」
使用人が声を上げると、中の声は止み、静まり返った。
それを待っていたのか、中が静まり返ると、使用人はバン!と、あえて音を立てるように扉を開いた。そして、素早く横へ退いた。
ベルナールさんが、ゆっくりと、一歩一歩中に進んでいく。
俺もできるだけその動作を真似るように、ベルナールさんに続く。
中は、広いホールのような部屋で、中央には、磨かれた石でできた長机が、四角形を作るように並べられていた。
その前に、騎士たちが微動だにせずに直立していた。
一人だけ、直立せずに両脇からフィアとフィルに支えられて立っている人がいた。
彼がテオルドさんだろう。
まだ立つのもやっとなのに、大魔術を使おうとしていたなんて、無理が過ぎる。
部屋の奥には、シャンベル家の旗が掲げられていて、その前の机には、椅子が三つ置かれていた。
俺たちが座る椅子のようだ。
そこに向けて、騎士たちの後ろをゆっくりと歩いていく。
部屋は広く、四角形に並べられた机があっても、周囲はがらんとしていた。
この部屋は、騎士たち全員が集まる会議や、会食で使われる部屋だと聞いていた。
前の討伐の時は、ここに五十人が集まったのだろう。
それが、今この部屋にいるのは十六人だけだ。がらんと寂しくなるのも当然だった。
ベルナールさんに続いて椅子の前に立つと、騎士たちは一斉に足を踏み鳴らし、改めて姿勢を正した。
そして、持っていた儀礼用の剣を軽く掲げた。
それを合図にしたように、控えていた使用人が三人、俺たちの後ろに来て、椅子を押し、座るように促した。
動作に合わせて、ベルナールさんとアリシアと同時に、俺も椅子に座った。
騎士たちは姿勢を崩さなかったが、ベルナールさんが軽く手を下げるような動作をすると、一斉に剣を下ろし、席に着いた。
全員が椅子に座ったのを確認すると、ベルナールさんが口を開く。
「諸君、今日はよく集まってくれた。まず初めに、諸君らも耳にはしているだろうが、全員の前で紹介するのは初めてだ。こちらにおられるのは、アリシアが異界よりお招きした賢者、ラクト様だ」
ベルナールさんは軽く俺の方へ手をかざして、俺を紹介する。
騎士たちは俺の方を見て、深々と頭を下げた。
「頭を下げないように」
ベルナールさんが、小声で俺に言う。
礼を返そうとしていた俺は、とっさに体を起こし直す。
「ラクト様には、今日の作戦に至るまで、多くの知恵を貸していただいた。その要となる大魔術の触媒が揃ったのも、ラクト様のおかげだ。さらに、その大魔術を――」
「お待ちください!ベルナール様!」
ベルナールさんが続けていたところに、それを遮り、ガタッと音を立てながら、一人の騎士が立ち上がった。
長身で、銀色の短い髪を持つ男性。
俺から見たら少し年上で、多分大学生くらいの年齢だが、この街では大人扱いだろう。
「失礼を承知で申し上げます!大魔術を使う任、この私に担わせてください!」
そのまま、大きな声で騎士が続けた。
それに対して、ベルナールさんはゆっくりとその騎士の方を向いた。
「クロード、その勇気には感謝する。だが、大魔術の使用者としてラクト様が最も適任であるというのは、ご本人の判断でもある。異界で得た知識を扱うことで、大魔術を制御できると。お前は、その援護に全力を尽くしてほしい。お前の腕には期待している」
その言葉に対し、クロードがまた深く頭を下げた。
「はっ!もったいないお言葉!出過ぎた真似をして、申し訳ありませんでした!」
そう言って、素早く椅子に座った。
ベルナールさんが、何事もなかったかのように続ける。
「今言った通り、大魔術はラクト様が発動する。今回の討伐作戦では、我々全員で魔獣を引きつけ、その間に大魔術を放つ。そのために、隊を二つに分ける」
ゆっくりと、少し間を置いて、ベルナールさんが続ける。
「先に突入して、多数の小型魔獣を引きつける隊。これは私が主導する。そして、ラクト様を護衛し、巨大魔獣のところまで送り届ける隊だ」
ベルナールさんが、さっき座ったクロードの方を見る。
「この二つ目の隊は、ラクト様とともに行動した経験のあるフィア、フィル、そして、先ほどの勇気を買い、クロードに任せる。できるか?」
「はっ!」
またクロードが大きな声で答えながら、頭を下げた。
フィアとフィルも、同じように頭を下げている。
「他の皆も含め、大役を担っていただいたラクト様に、魔獣を指一本でも触れさせるようであれば、シャンベルの名折れだ。心してかかれ。そして、何よりこの作戦は、この街に住む領民を救うために、必ず成し遂げなければならない作戦だ。諸君、覚悟はいいか?」
ベルナールさんが言い終わると同時に、全員が素早く立ち上がり、剣を最初よりも高く掲げた。
「作戦の決行は明日だ。各自、万全の準備を整え、決戦に挑め」
うおおおおおお!と、騎士全員が鬨の声を上げ、部屋全体が震えるようだった。
その声が鳴り終わると、ベルナールさんとアリシアが立ち上がった。
俺も急いで合わせて立ち上がる。
またベルナールさんがゆっくりと歩き始め、俺もついていき、部屋を出た。
部屋を出ると、もう今日は休むようにと言われ、自室に戻った。
休めと言われても気がはやるばかりだったが、何かをして体調を崩すわけにはいかない。
その日は無理やり何も考えないようにして、体を休めることに専念した。




