第二十九話 駒
多数の勇者たちとガレンのおかげで、何とか水の触媒が手に入った。
もう残された時間は少ない。
ベルナールさんが主導して騎士全員で討伐隊を組み、近々魔獣退治が行われることになった。
ここまで来たら、俺ができることも少ない。
魔術を使って加勢することくらいはできるかもしれないが、大した戦力にはならないだろう。
記録で見た南の森の状況は、俺がちょっと加勢したくらいでは、ほとんど無意味と思えるほどだった。
狩場づくりの時に、フィルとフィアが一体を倒してすごいと思っていたあの魔獣。
あれが本当にうようよといる。
そして、最大の敵はあの巨大な魔獣だ。
普通の魔獣の五倍の大きさと言ったら、十メートルから十五メートルくらいはありそうだ。
そんな巨大な魔獣に、真っ向から立ち向かって勝てるとは思えない。
強い騎士たちが五十人で組んだ討伐隊でも、勝てなかった理由がようやく実感できた。
それを倒すためには、新たな戦力である大魔術が必要となる理由も。
具体的な作戦は、ベルナールさんたちが決めることになるのだろうが、だからといって、俺たちもただ何もしないで待っていようという気にはならなかった。
何かいい案が思いついたら、ベルナールさんに伝えればいい。
そう思って、またいつもの四人で集まっていた。
アリシアの部屋に行くと、また、空気が暗い。
触媒を得るまでに、多くの勇者が犠牲になったことを考えると、それもうなずけるが、この空気はそれとはまた違う感じがした。
「どうしたんだ?」
俺が席に座りながら聞いた。
「大魔術を誰が使うかという話をしていたんです。さっき、家を出る前に聞いた話だと、お父様が使うというのが、一番の候補のようなんです」
俺の質問にフィルが答えた。
フィアとフィルの父親で、ラガルド家当主のテオルドさんのことだ。
確かに、火以外の触媒は一つずつしかない。
四種類すべての触媒を使う大魔術は、それぞれで発動するというわけにはいかず、使えるのは一人だけだ。
「あれ?でも、確か前、怪我をしてるって言ってなかったか?」
「そうなんです。だから、私は止めたいのですけど、怪我をして戦えないからこそだと言って、聞かないんです」
アリシアの言う通りだと思う。
どのくらいの怪我かはわからないが、戦えないのに討伐隊に参加するのは無茶すぎる。
本人が危険なのもそうだし、動けないほどだとしたら、かえって周囲を危険に晒すことになるだろう。
「そうだな。他の人の方が良さそうだ。それこそ、フィアかフィルが使っちゃダメなのか?」
そう言うと、空気が凍った。
三人とも、俺を見て固まっている。
そんなに変なことを言っただろうか。
少し考えて、思い至る。
そうか、魔術は、魔獣を引き寄せる。
特に大魔術だと、その効果が強いかもしれない。
その考えが抜け落ちて、気軽に言ってしまった。
怪我人よりも二人が使う方が作戦としてはいいだろうが、二人が危険な目に遭っていいと考えているわけではない。
俺が訂正しようとすると、その前にフィアが口を開いた。
「そっか。あんたは、知らないのよね」
「悪い。その、魔獣を引き寄せることが頭から抜けていて」
「そうじゃないの。四大属性すべてを使う大魔術は、普通の魔術と比べて、消耗が比じゃないの。元気な人が使っても、無事で済むかわからないくらいに」
「そんな……」
そうか、それで、この空気か。
大魔術にそんな代償があったなんて。
魔術に消耗がある以上、大魔術なら消耗も大きいことは予想していたが、それほどとは。
誰かが大魔術を使わなくてはいけないが、使ったら、その人が無事で済むかわからない。
「今、元気な人が使ってもって言ったな。それじゃ、怪我人なんかが使ったら」
「ええ。まず助からないわ」
そんなのはあんまりだ。
せっかく魔獣退治の道が開けたと思ったのに、それでフィアとフィルの父親を失うなんて。
それと同時に、理屈で考えても、やはりいいとは思えなかった。
テオルドさんは、今は怪我をしているとはいえ、この街の中心人物の一人だ。
戦力としても、元々はベルナールさんと並んで、一、二を争うほどの腕だったと聞いている。
怪我が治れば、また第一線で活躍できるはずだ。
この魔獣退治が終わっても、この街は続くんだ。
そんな人を今、失っていいとは思えない。
それに、魔獣退治だけを考えても、やはり怪我で十分に動けない人を連れて行くのは危険だ。
「なあ、テオルドさんのことだけじゃない。怪我してるのに連れて行ったら、テオルドさんを守るのに、かえって戦力を使うことにならないか?」
「その通りです。巨大魔獣のところに行くまでにも、倒せたとしても、その後も、小型の魔獣とは戦い続けなければなりません」
アリシアも、俺の考えに頷いた。
「だったら、やっぱりテオルドさんは避けた方がいいんじゃ」
「それは、行くまでは確かにそうだが、倒した後は誰がやっても同じことになる。その時は戦力が一人減らない分ましだって、お父様は言っていて」
フィルは少しテオルドさんの口調を真似て言ったようだが、いつものフィルの声だったから、迫力は全然なかった。
テオルドさんの言うこともわからなくはない。
今戦えるのは十三人。そのうちの一人が魔術を使って脱落するのは大きい。
巨大魔獣が他の魔獣も従えているようだったから、使った後にはそいつらを相手にしなくてはならない。
理屈で考えても、テオルドさんと他の騎士のどちらが使うのがいいのか、わからなくなった。
そうなると、避けたい理由は二人の父親だから、という理由しかなくなる。
だが、それは騎士全員を納得させる理由にはなるはずがない。
他の騎士が代わったら、同じことがその騎士の家に降りかかるからだ。
それで、堂々巡りになって、この空気になっていたのか。
「お父様が使ってもいいと、仰ってはいるのですけど」
しばらく沈黙が続いたが、重い空気を払うように、アリシアが口を開いた。
「そんなのダメに決まってるじゃない!もしベルナールおじさまがいなくなったら、この街はどうなるのよ」
フィアが即座に否定する。
それはそうだ。ベルナールさんこそ、この街の中心人物。
言うなれば、一番失ってはいけない駒だ。
失ってはいけない駒、失ってもいい駒。
久々にその考えをした時、俺の頭に、最適な駒が一つ思い浮かんだ。
「なあ、別に騎士が大魔術を使わなくてもいいわけだろ」
「あんた、まさか、また勇者募集をするっていう気!?」
「ラクト様、今回はそれは無理です。今から魔術の訓練をして、大魔術を使うには、時間が足りません。それに、一度きりの作戦です。失敗したから、もう一度募集して、ということもできません」
アリシアが、理屈に徹するように努めて、勇者募集を否定してくる。
俺もそれには完全に同意だ。
「それはわかってる。でも、騎士以外でも魔術が使える人がいるじゃないか」
そう言うと、フィアが俺につかみかかりそうな勢いで迫ってきた。
「あんた、リーナのこと言ってるの!?リーナは騎士じゃないから、失ってもいい駒だって、そういうつもりなの!?」
確かにリーナは、魔術が使える。
フィアも使い方を褒めていたくらいだ。
それに、リーナだったら、フィアが頼んだらやるかもしれない。
でも、そんなことはさせられるわけがない。
だから俺は、そんな馬鹿げた答えを口にしたフィアに、笑って答えた。
「誰もそんなこと言ってないだろ。忘れたのか?フィアが魔術の才能だけはあるって褒めてたやつが、もう一人いるじゃないか」
それを聞いて、フィアの勢いが止まる。
そして、少し考えた後、思い当たったのか、口を開けたまま固まった。
俺を責めるようだった鋭い眼差しが、少しずつ揺らいでいく。
「ラクトさん、ダメです」
フィルも思い当たったのか、そう言ってきた。
俺が机の上に置いていた腕を、アリシアがつかんできた。
アリシアの方を見ると、声も出せずに首を横に振っている。
「そんな……やめてよ」
フィアの声が漏れたが、俺は止まらなかった。
怪我人のテオルドさんが行けば、巨大魔獣にたどり着くまでに危険が増す。
誰か他の騎士が使えば、使った後の危険が増す。
それに、テオルドさんも、騎士たちも、この街にとっては失ってはいけない駒だ。
だからといって、リーナには、こんなことはさせられない。
新たに募集した勇者を使うこともできない。
最終的に残る駒は、一つしかない。
魔術が使えて、この街にとって、失ってもいい駒。
「大魔術を使うのに最適な駒は、俺だ。俺が大魔術を使って、巨大魔獣を退治する」




