思念記録 七十二
ガレンの最近の日課は、シャンベル家の館を眺めることだった。
正確には、そこに出入りする、身分不相応な人間がいるかどうかを確認すること。
くそ!今回も当たらなかったか。
明らかに汚い、使用人でも騎士でも貴族でもない、ただの農民が入っていくのが見えた。
それが見えたということは、ガレン以外の誰かが、魔獣退治に選ばれたということだ。
ガレンは、魔獣退治が始まってから、ずっと応募し続けて、ずっと外れ続けていた。
別にここで見ていたからって、ガレンが当たるようになるわけじゃない。
それはわかっていても、やはりここに来て、確認し続けていた。
ここ最近は、ずっと募集が続いているし、毎日のように新しい奴が入っていく。
この分なら、ガレンの番が回ってくる。その期待が高まっていた。
懸念点は、応募者が増え続けていることだ。
無理もない。これに成功したら、一発で貴族になれるんだ。
それに、成功しなくても、途中でやめたノイってやつが、商人になっていい暮らしをしているのは、有名な話だ。
成功したら貴族、途中でも、今よりはいい暮らし。
こんな旨い話が、他にあるわけがない。
旅に出かけたまま帰ってこなかった奴も何人も知ってるが、それはそいつらが運がないか、無能だっただけだ。
こんな、畑を耕すだけの人生なんて、真っ平だ。
それより、騎士連中と一緒に、領民を守る訓練で忙しいとか適当なことを抜かして、農民から巻き上げた金で遊んで暮らしていた方がいい。
だが、そんな連中にも、感謝しないといけない。
奴らが本当に訓練していて優秀だったら、この魔獣退治の募集が始まることもなかった。
ある日、ガレンの元に、ついにシャンベル家からの使いがやってきた。
やっと、俺にもチャンスが回ってきた!
ガレンは興奮して、急いでシャンベル家の館に向かった。
館に入ると、魔獣退治の説明があると言われ、騎士の娘の前に案内された。
特に向こうから騎士だと言われたわけではないが、ガレンは見ただけで一発でわかった。
紅葉のような綺麗な髪、整った顔立ち、それに、射貫くような鋭い眼光。
この年で、こんな眼をしている奴なんて、農民の中で見たことがない。
いや、大人でも、こんな眼をしている奴なんていない。
騎士の眼だ。
普通だったら、ガレンには一生手の届かない立場にいる人間。
だが、魔獣退治に成功したら、ガレンの方が立場が上になる。
この娘がガレンに頭を下げるところを想像しただけで、ゾクゾクしてくる。
貴族になったら、ふんぞり返ってこのガキに命令してやろう。
また、貴族になる楽しみが一つ増えた。
説明では、この街の周りが描かれた絵と南の森の絵を見せられた。
南の森の絵では、何か所も、黒いバツと赤いバツが印されていた。
このバツは何かと尋ねると、黒は触媒の原料が見つからなかったところ。
赤は、魔獣に遭遇する可能性があるところ、だそうだ。
どうやってそんなに詳しいことを調べたのかは知らないが、黒や赤のバツを避けて、魔術の触媒の材料とやらを探せばいいらしい。
それに、もしその原料を手に入れたら、魔獣退治には参加できなくても、退治に参加したとみなされる、と説明があった。
つまり、それさえ見つけてくれば、もう貴族、ということだ。
魔獣退治だけでもこれ以上旨い話は無いと思っていたのに、それ以上があるとはな。
触媒の材料は、水辺にあるらしいから、水辺で、透き通った青い石を探せと言われた。
魔獣が出るとはいえ、ただ、石を探すだけ。
そんな簡単なことすら、自分たちでやらないとは。
本当に、遊ぶことが仕事の連中は、最高だ。
説明が終わると、次は、暗い、蝋燭の灯りだけの部屋に通された。
中には、シャンベル家の娘、アリシアがいた。
ガレンでも知っている、美しいことで有名な娘だ。
さっきの騎士とは違う、透き通った宝石のような美しさがあった。
騎士が宝石を守る番人だとしたら、アリシアは奴らに守られた宝物だ。
目の前に立つと、アリシアが、ガレンの考えたことや見たものを、思念として読み取れるようになる術式をかけた。
最後に、微笑んで、ご武運を、と声をかけられ、見送られた。
それで、ガレンは、どうやってさっきの絵に、バツ印をつけたのかがわかった。
アリシアの術式で、魔獣退治に送り出した領民の思念を見たんだ。
こいつら、本当にいかれてやがる。
自分たち以外を人間とも思っちゃいない。道具か、家畜のように思っているのだろう。
次々と領民を送り出し、死んだところでバツ印をつける。
バツ印の記号一つのために、領民を送り出し、殺している。
それなのに、毎回微笑んで、ご武運を、だ。
本当にいかれてやがるし、本当に最高だ。
俺も、道具や家畜じゃなくて、奴らと同じような人間になりたい。
ガレンは思いを強くして、館を出た。
説明では、狩場のことやそこで金を稼いで、装備や薬、魔術の触媒を買うことも教わった。
だが、ガレンは狩場に向かおうとは思わなかった。
南の森では、魔獣退治すらしなくていいんだ。ただ、石を拾うだけだ。
そのために、わざわざそんな準備をするなんて、馬鹿げている。
狩場で狩りをして手に入る金は、普通に働いて稼ぐよりは多く稼げそうだった。
しかし、石を手に入れれば貴族になれるというのに、今更そんな小銭稼ぎなんてする気は起きない。
とはいえ、貴族になる前に死ぬわけにはいかない。
さっきもらったバツ印のついた絵を何度も必死に眺めて、どこに印があるのかを頭に叩き込んだ。
その後、ガレンは街を出て、まっすぐに南の森へと向かった。
街に住み、近くの農地を耕し続けているガレンは、この森のことを知っていた。
しかし、今近くに来ると、明らかにガレンが知っている森と違うように感じた。
それほど広い森ではなかったはずなのに、木々も大きく、鬱蒼としていて、どこまでも広がっているように感じる。
ガレンは、絵を取り出す。街道から真っ直ぐ来たところは、すぐに赤いバツ印がついている。
ここから入ったら駄目だ。
それでも、街に近い側から入る人が多かったのか、街に近い側にバツ印が多く書かれていた。
逆に、黒いバツ印は、街に近くなく、点々としている。
そう考えると、街から遠い側は、誰も行かなかったから赤のバツ印が無いのではなく、実際に危険が少ないのかもしれない。
ガレンは、森には近づきすぎないように回り込み、街と反対側から森に入った。




