第二十八話 勇者募集
結果だけを見れば、コンスタンでの成果は、大成功だった。
雷と風の触媒を手に入れたし、リーナも、フィアも、誰も失わずに済んだ。
フィルが怪我をしたものの大したことはなく、手当をして薬を飲んだことで、街に戻る頃にはほとんど治っていた。
これ以上ない大成功。そのはずなのに、手放しで喜ぶ気分には、とてもなれなかった。
俺たちは帰ってきてベルナールさんとアリシアにまず報告した後、すぐフィアがリーナの所へ向かった。
お互いに生還を喜び合い、成果を喜び合う、そんな場になると思って、俺たちも送り出した。
しかし、リーナがフィアに示したのは、明らかな拒絶だった。
思念記録を見ても、フィアの様子を見ても、お互いに大切な友達だと思っているのは俺にもわかる。
それなのに、どうしてああなってしまったのか。
リーナは、俺たちと戦わずに、一人で先に逃がされたことで、フィアと並び立てないと自分を責めていた。
だが、俺から見ても明らかにリーナは優秀だったし、フィアも何度も褒めていた。
だからこそ、一人でも街に戻れると信じて、触媒を託したんだ。
それがあんな結果になるなんて思いもしなかったが、今から振り返っても、あの判断が間違いだったとは思えない。
もう一つは、リーナを助けに行ったことそのものだ。
後から理由をつければ、いくらでも理屈で説明できる。
リーナは他の人とは違って、長い旅だったから途中で記録が得られた。
記録から優秀なことが分かったから、騎士と同じく失ってはいけない駒と判断した。
リーナの旅でコンスタンまでの道の危険度が分かったから、俺たちが出かけても良いと判断できた。
理屈で判断しても、リーナを助けに行くべき根拠は何個も思いつく。だが、本当にリーナを助けに行った理由はそんな理由じゃない。
フィアの友達だったからだ。
たとえ、まだコンスタンへの道が完全にはわかっていなくても、リーナが騎士と並び立てるほど優秀じゃなくても、フィアはリーナを助けに行っただろう。
そして、そのフィアを追って、俺たちも助けに行っただろう。
他の勇者たちは、全員助けにもいかずに、見殺しにしてきたのに。
もしかしたら、他の勇者も、フィアやフィルが助けに行けば、助かったかもしれない。
そう考えたら、俺は、これまでしてきたことが全て間違いだったんじゃないかと思えてきた。
この先、どうしたらいいのかも、全くわからなくなってしまった。
それでも、時間は止まってはくれない。
俺たちは、また、俺とアリシア、フィア、フィルの四人で今日も作戦会議をすることになっていた。
アリシアの部屋に行くと、三人はもう揃っていた。
いつもの賑やかさはなく、静かな部屋だ。
俺もいつもの席に静かに座った。
アリシアだけが、いつもの微笑みを顔に浮かべている。
「ラクト様も、フィアも、フィルも、お疲れさまでした。今回の旅は、皆も無事に帰ってきて、触媒も手に入り、大きな成果でした」
「ああ、そうだな」
俺がつぶやくように答えただけで、他の二人は何も答えなかった。
しばらくアリシアはそれを見ていたが、また口を開いた。
「しかし、この街には時間がありません。次の作戦を考える必要があります」
そうだ。これでまだ終わりじゃないんだ。
次、水の触媒のことを考えないと。
俺は無理やり、頭を切り替えようとする。
「時間がないって具体的には?」
「この寒期は、クレール領との交易のおかげで、何とか乗り越えられそうです。しかし、次のラナ期に農地を取り戻せなければ、また、食料が足りなくなるでしょう」
「ラナ期以降も、クレール領と交易をしても、足りないのか?」
「はい。クレール領は、元々シャンベル領よりも小さな領地です。その、人口が急減したので、余った食料がありましたが、それがなくなったらほとんど期待できないでしょう」
なるほど。
クレール領では、街の人を選別して、一部の人だけが生き残った。
それ以前に採れた食料は、今の人口では余るほどだった。
でも、今は街の壁の中にある畑で採れる分しか収穫がない。
そこから採れる量は、今の人口を養う程度の量だろう。
元々余っていた分を運び出してしまったら、クレール領から運ぶ食料は、もうない。
「そうなると、寒期が終わるまでの、あと百日くらいが期限か?」
「はい。少し植えるのが遅くなっても、何とか育ちますから、もう少し遅くてもなんとかなるかもしれませんが、そのくらいと考えておいた方がいいと思います」
あと百日で南の森の魔獣を退治して、領内の農地をできるだけ広げられるようにしないと、この街は深刻な食料不足に陥る。
「そのためにも、次は水の触媒か」
「はい。ラクト様はもう、フィアに聞いたようですね。水の触媒の原料は、南の森で採れます」
これまでの流れなら、ここで、次の勇者募集を始めるところだ。
だが、それでいいのかどうか、もう俺にはわからなくなっていた。
「なあ、今ある三種類を持って討伐隊を組んで、現地の水の触媒を使って大魔術を使うというのは?」
「原料は、加工しないと使えませんので、やはり一度手に入れて戻ってくる必要があります」
そうなると、やはり、一度は危険な森に誰かが取りに行って、触媒を完成させてから、大魔術で魔獣退治にもう一度行かなければならない。
「僕が取りに行きます」
ずっと黙っていたフィルが、突然口を開いた。
「あたしも行くわ」
同じく黙っていたフィアも、それに続く。
「ダメよ」
「どうしてよ。今回も、私たちが行って、リーナも助けられたし、触媒も手に入ったじゃない」
そうだ。もしかしたら、今までの勇者募集も、やらずにフィアとフィルが行った方が、良かったのかもしれない。
またさっきの考えが浮かんでくる。
それと同時に、リーナを助けに行った後付けした理屈も、頭に浮かんできた。
「リーナの時は、途中で記録が得られたし、リーナはすごく優秀だった。コンスタンへの道のりは、リーナの記録である程度わかっていたし、それに」
「嘘言わないでよ!」
俺が並び立てた理屈をフィアが大声で遮った。
「この前言ってくれたじゃない!リーナを助ける理屈は、あたしの友達だからだって!そんな理屈、一つも言ってなかったじゃない!」
そうだ。実際にリーナを助けに行った理屈は、それだけだ。
でも、後付けした理屈も、間違っているとは思わない。
南の森は、それよりも危険だし、コンスタンよりも行って無事に帰れる確率は、低いだろう。
「確かにそうだ、でも、今言ったことも別に嘘ではなくて」
「嘘よ!どうして本音で言ってくれたことを、後からそんな嘘で塗り固めるのよ!あんたも!リーナも!」
そう言って俺に詰め寄るフィアの目に、涙が浮かんでいた。
もうそれ以上、俺は何も言うことができなくなった。
「悪い」
何も言えず、ただ謝るだけだった。
「フィア、ラクト様を責めないで。ラクト様が言ったことは、嘘ではないわ。リーナさんが言ったことも」
「アリシアまで……!」
フィアがアリシアを泣きながら睨むように見た。
「でも、ラクト様がフィアを助けたいと言ったことも、リーナさんを助けたいと言ったことも、リーナさんがフィアと友達のままでいたいと言ったことも、嘘ではないわ」
それに対して、アリシアは、微笑みながらゆっくりと、諭すように続けた。
「どっちも嘘じゃないと、本当はわかっているから、辛いんでしょう?」
それに、フィアはうなだれるように、頷いた。
「気休めだとわかっているけれど、リーナさんは、無事帰ってきたんだもの。それに、二人は今でも、お互いに友達なんだもの。また話し合う機会は、きっとあるわ」
それにも、フィアが頷いた。
そして、少しするとまた顔を上げた。
「でも、ラクトの方は別よ。今回みたいに、あたしとフィルで行けば、また誰も犠牲にならずに済むかもしれないじゃない」
そうだ。それに関してはフィアの言う通りな気がする。
いろいろ考えれば、安全な案が思いつくかもしれない。
「あの森は、お父様やテオルドさんも含めて、五十人の騎士で討伐隊を組んでも無理だったのよ。本当に二人で行って、無事で済むと思う?」
「それは……。でも、他の方法ならあるかもしれないわ。他の人を犠牲にしなくても済む方法が」
「フィア、忘れたの?」
アリシアの微笑みが消え、真剣な表情になった。
「私たちがそんな方法を何も思いつかなかったから、ラクト様をお呼びしたのよ」
それに対して、俺が思わず声を上げた。
「なあ、アリシア。俺も、勇者募集が本当に一番いい方法なのか、もうわからないんだ。もう、わからなくなったんだ!」
「ラクト様」
アリシアが俺に向き合う。
「確かに、一番良かったのかどうかは、後からはわかりません。実際に、犠牲もたくさん出してしまいました」
「だったら、やっぱり他の方法を」
俺が言おうとすると、アリシアが手を挙げて止めた。
「しかし、この方法で、ここまで来られたのも事実です。ラクト様がいなければ、クレール領との交易もできず、寒期も乗り越えられなかったでしょう」
「でも……」
「以前、クレール領の様子を知った後、お父様と話したことがあるのです。もし、作戦がうまくいかず、最後の手段である討伐隊も、失敗に終わったら、この街はどうなるのかと」
突然、アリシアが話題を変えた。
クレール領が、元領主とその一派を殺し、生き残った住民だけで壁の中で暮らす道を選んでいることを知った時のことを言っているのだろう。
「どうしても食料が足りなくなった時、その時に取る手段は、結局、実質的にはクレール領と同じになるという結論でした。誰が食料を受け取り、誰が生き残るのか、選別することになると」
クレール領のように、殺し合いになるかどうかはわからない。
それでも、物理的に食べ物が足りなくなった時、外に出ていくための戦力も無くなった時、どうするかという答えは、確かにそれしかないのかもしれない。
「その時に犠牲になる人の数は、勇者募集の比ではありません。だからと言って、犠牲を出すことを正当化するつもりはありません。それでも、選ばなければならないんです。それなら、私は、犠牲の少ない方を選びます。それが、領主たるシャンベル家の人間の責務ですから」
方法が最善かどうかわからなくても、選ばなくてはいけない。
選ばない選択肢も、結局時間切れになる選択肢を選んだのと同じことだ。
アリシアが言っているのはそういうことだろう。
でも、俺はまだ考えてしまう。
それで本当にいいのかと。
考え続けている俺を見て、アリシアがさらに続ける。
「ラクト様は、気に病むことはありません。確かに、ラクト様が提案したことです。でも、最終的には私がお父様に話し、お父様が決めたことです。私とお父様、シャンベル家の人間が、その責務は負います」
そして、アリシアがさらに続けようとする。
俺は、アリシアが何を続けようとしているのか、分かってしまった。
俺がいつも口に出して、背負っているふりをしていた。ずっとアリシアが背負っていた、その台詞だ。
でも、それでも、口に出すことくらいは、俺が背負わないといけない。
「待て、アリシア」
俺が止めようとすると、さらにそれをアリシアが手で制して、そのまま続けた。
「勇者募集を再開します。次の目的は、南の森の、触媒の原料です」




