第二十七話 リーナ救出作戦
中心街との境界の壁のところまでくると、もうオルヴァンさんの地図を見なくても、どこが工場なのかが分かった。
入って左側の建物で、魔獣が二体、建物の前で様子を窺いながら、時々体当たりをしたりしている。
五メートルくらいはありそうな、大きな魔獣で、鰐のような見た目をしている。
「リーナ!」
それを見たフィアが、飛び込んで行きそうになる。
俺は、何とか腕をつかんでフィアを止めた。
「待て、ちょっとだけ作戦会議だ」
俺がそう言うと、フィアが渋々といった様子で頷く。
三人で壁の陰に隠れた後、ひそひそ声で話を始めた。
「僕とラクトさんで、魔獣の気を引いて、引き剥がしましょう。離れたら姉さんが扉を開けて、リーナさんを助ける」
「それはいいが、どうやって?フィルもさすがにあれを正面から二体はきついだろ?」
「魔術です。魔術を使えば魔獣が寄ってくるなら、離れたところから魔術を使えば、引き寄せられるはず」
魔術が魔獣を引き寄せてしまう性質を、逆に利用するってわけだな。
このコンスタンがやってることの、小さい版だ。
「わかったわ。扉を開けたら、リーナにはそのまま逃げてもらって、あたしは二人に加勢する、それでいい?」
「ああ。いいと思う。リーナは三種類も触媒を持っているから、危険だ。合流したら、リーナの方に攻撃が集中するかもしれない。俺たちの方に来ないようにして、街まで急いで逃げてもらおう」
いったん逃げてもらってオルヴァンさんのところで合流する、というのも考えられる。
だが、俺たちが魔獣を倒し切らずに逃げる、ということもあり得る。
その時に合流したら、結局リーナが狙われてしまうかもしれない。
それに、家の中にいたら触媒を持っていても大丈夫そうではあったが、三種類でも大丈夫なのかどうかは分からない。
そう考えると、一気に一人でシャンベルの街に逃げてもらった方がいいように思った。
「本当にリーナさんが三種類持っているかは、念のため確認したほうがいいかもしれません」
「そうね。もし持ってなかったら、リーナに触媒を持ってきてもらう。そしたら、触媒の方はリーナに任せて、あたしたちが魔獣の相手に専念できるわ」
フィアが簡単に同意するのは意外だった。
リーナが一人で触媒を探しに行ったと聞いたら、一人で飛び出していったことを考えると、一人でリーナを逃がすのは、嫌がりそうなものだ。
「フィア、いいのか?リーナをまた一人で行かせて」
「平気よ。本当にどれだけ危険か分からない。死んじゃうかもしれない旅に、リーナが一人で行くのが心配だったの。ここからの帰り道なら、リーナなら任せて大丈夫」
そういうことか。
フィアにとってリーナは、単純に仲が良かった幼馴染ってだけではないようだ。
実力を認めた、仲間でもあるのだろう。
「よし、それなら、俺とフィルは回り込んで、奥の方から魔術を使おう、フィアは手前からリーナを助ける」
「はい!」
「わかったわ」
俺がまとめると、二人が同意した。
「では、ラクトさん、行きますよ。ラクトさんは、僕の後ろに」
フィルが俺に声をかけると、フィルは剣を前に構え、魔獣から距離を取りながら、横歩きで奥へ進み始めた。
魔獣との距離はあるが、俺が後ろに入る空間は残してくれている。
俺はそこに入って、フィルと同じように、魔獣を見ながらできるだけ音を立てないように歩いた。
中心街の道は広く、工場の前でも数メートルは距離を空けたまま奥に進めそうだ。
それでも、気づかれたら即戦闘だ。
ドキドキしながら進むが、魔獣は俺たちが後ろに来ても、工場の方を向いたまま、こちらを向こうとはしない。
「ラクトさん、三、二、一、ゼロで行きますよ」
「おう」
入り口から反対側に位置取ると、フィルが声をかけてきた。
「三」
フィルの声に合わせて、俺は取り出した触媒を握り、両手を銃の形にして、魔獣に向ける。
「二」
銃に弾を込めるように、大きな炎の球が銃に装填されるところを思い浮かべる。
「一」
頭の中の銃の撃鉄を起こし、引き金に手をかける。
「ゼロ!」
銃の引き金を引き、炎の球を発射する。
大きな炎の球が、二体いる魔獣のうち、手前側の一体へ向かっていく。
「はああああああ!」
フィルも隣で声を出すと、剣が炎を纏った。
そのまま、剣を上から振り下ろすと、斬撃が飛ぶように、炎が斬撃の形をして飛んでいく。
「ギィィァァ!」
俺の球と、フィルの斬撃が、手前の魔獣に直撃して、魔獣が悲鳴を上げた。
だが、それで倒せるほどではない。
魔獣がこちらを振り返り、一気に迫ってくる。
フィルが剣を振りかぶり、魔獣がちょうど目の前に近づいたタイミングで、一気に振り下ろした。
ガキン!と剣が魔獣の牙に当たったような音がして、魔獣の血が飛ぶ。
そのまま、剣と牙の鍔迫り合いのような、拮抗状態になった。
一対一なら助太刀したいところだが、今はもう一体魔獣がいる。
もう一体の魔獣、俺たちから見たら奥側、中心街の入り口に近い方にいた魔獣は、一瞬こちらを見たものの、また工場に向かおうとしている。
あれじゃフィアがリーナを助けに行けない……!
俺は、フィルから離れると、再び炎の球を思い浮かべ、もう一体の魔獣に向けて放った。
準備時間が短い分、さっきよりも小さい球だったが、気を引くには十分だろう。
飛んでいく間に、もう一発炎の球を放った。
二発の炎の球が魔獣に当たると、魔獣は一気にこちらを振り向いた。
魔獣が怒ったように体を大きく震わせると、俺の方に歩いてきた。
その奥から、フィアが扉に近づいていくのが見えた。
よし!ここまでは作戦成功だ!
とは言っても、フィルと違って、俺は魔獣が迫ってきたら剣で戦うことはできない。
小さい狼のような魔獣のように、魔術だけで倒すのも厳しいだろう。
そうなると、引き付けた後はできることは一つ。
逃げるだけだ。
俺は時々振り返りながらも、奥の方へ走って逃げた。
俺を追って、魔獣も迫ってくる。
全力で追われたら、俺の足じゃ逃げきれなさそうだが、警戒してくれているのか、追ってくる魔獣はそこまで速くない。
魔獣が、フィルの横を抜け、俺を追ってくる。
俺は、さらに走り、魔獣から距離を取る。
しかし、俺の方を追ってきていたと思っていた魔獣が、途中で急に振り向き、フィルの方に勢いよく向かっていった。
フィルの横を抜けた関係で、魔獣が斜め後ろからフィルに向かう形になってしまった。
くそっ!まずい!
「フィル!」
俺は、また魔術の準備をしながら、フィルに向かって叫ぶ。
一匹目の魔獣と斬り合っていたフィルは、俺の声に反応して、とっさに前の魔獣を蹴り、体を捻って剣で斜め後ろの魔獣の突撃を受け止めた。
だが、一匹目の魔獣は蹴ったくらいではひるまず、そのままフィルに突進した。
フィルが、吹き飛ばされて、建物の壁に思い切り叩きつけられた。
俺は、なんとか頭の中で維持していた炎の球を俺に近い方の魔獣に放つ。
フィルに、追撃されるのだけは避けないといけない……!
魔術で魔獣をなんとか引き付けようと、引き返して魔獣に近づきながら、さらに炎を思い浮かべ、とにかく魔獣に向けて放つ。
ダメージは大したことなくていい、とりあえず、こっちに気を引くんだ。
炎が魔獣に当たると、二匹の魔獣が俺の方を向いた。
気を引くのはうまくいったが、正直、ここからどうしようかという策はない。
フィルが立て直してくれるか、なんとか俺が逃げ切るか。
魔獣が俺の方に向かってくるようだったので、また逃げようとしたとき、俺に近い魔獣へ後ろから何かが飛んできて、頭に突き刺さった。
飛んできた方向を見ると、俺から遠い方の魔獣に向けて炎を纏った短剣を構えながら飛び込んで行くフィアの姿が見えた。
「キィィィィィィ!」
炎の短剣を突き刺された魔獣の叫び声が上がる。
飛び上がったフィアが、魔獣の上に乗って短剣を突き刺したようだ。
刺された魔獣は、振り下ろそうと体を大きくよじる。
もう一匹の魔獣も俺から目を離し、フィアの方を向いた。
「フィル!大丈夫か!」
それを見て、俺は吹き飛ばされたフィルの方へと走った。
「大丈夫です」
フィルは、頭から血を流していたが、剣で体を支えるように立ち上がった。
「行きます。ラクトさんも援護を」
そう言うと、フィルはフィアが飛びついている違う魔獣に向けて走り、飛び上がって上から剣を突き刺した。
同じような攻撃だが、一撃の強さは、剣が大きい分フィルの方が強いはず。
俺は、そう判断して炎の球をフィアが飛びついている魔獣に向けて放つ。
俺が放った球が魔獣の顔に当たると、体を捻るようにしてフィアを振りほどこうとしていた魔獣は、一瞬体の動きを止め、顔の火を振り払った。
上に乗っていたフィアが、その隙を突いて短剣を抜き、それをそのまま頭に突き刺した。
すると魔獣は体勢を崩してその場に倒れ、動かなくなった。
フィアは、魔獣から降りると、そのままフィルが飛びついて暴れている魔獣に向かって行く。
後ろから刺されて暴れている魔獣は、前から迫るフィアに気づく様子はない。
そのままフィアが前から短剣を突き刺すと、魔獣はさらに暴れたが、上に乗ったフィルがもう一度剣を突き刺すと、やがて動かなくなった。
「なんとかなったか」
俺がつぶやくように言うと、念のためとどめを刺した二人がこちらに向かってきた。
「フィル、大丈夫か?」
「はい、動けないほどではありません」
そうは言っても、頭から流れる血が痛々しい。
「ちゃんと手当をした方がいいんじゃないか」
「待って。そんな場合じゃないわ」
俺が言うと、フィアに制された。フィアが俺の後ろの方を見ていたので、俺も振り返る。
すると、さっき倒した魔獣と同じ鰐のような魔獣が三体、街の奥の方からこちらへ向かってきていた。
「二体でもやっとだったのに、三体かよ!」
思わず俺が毒づく。
「もうリーナは逃げたわ、隙を見て逃げましょう」
フィアが短剣を構えながら言い、俺とフィルがそれに頷く。
少しずつ後ろに下がりながら、でも目線をそらさないように、迫ってくる魔獣と相対する。
魔獣の速度がどんどん上がってこちらに向かってくる、そう思ったとき、奥の方でバリッ!と音がした。
塔の音かと思ったが、それにしては近い。
すると、三体の魔獣は、振り向いて奥の方へ戻って行った。
中心街で狩りをする人がいると記録に書いてあった、あれだろうか。
いずれにしても助かった。
「今のうちに逃げようぜ」
俺がそう言うと同時に、三人とも走り出して、中心街を後にした。
途中、またオルヴァンさんの家に寄って、フィルの手当をしようかと思ったが、呼びかけてもオルヴァンさんは出なかった。
路上にいたら、また魔獣が来てしまうかもしれない。
俺たちは、コンスタンから出て、近くの村でフィルの手当をすることにした。
コンスタンを出た後は、特に魔獣に出会うこともなく、村に着くことができた。
三人とも、魔術を使って疲弊している。それに、リーナはもう助けたんだから、行きのように焦る必要はない。
村で一晩休んでから、帰路につくことにした。
次の日も慎重に進み、森から逸れた村で一泊して、その翌日に街へ戻った。




