第二十五話 魔獣が集まる理由
俺たちは、街を離れ、リーナが見つけた森から逸れたところにある村の、リーナが寝ていたと思われる家にたどり着いた。
日も落ちかかっていて、今日はここで寝る流れのようだ。
「ここで、リーナも寝てたって考えると、ちょっと不思議な気分ね」
フィアが、そう言いながら荷物を降ろす。フィルも、その隣に荷物を置いた。
ちょっと待て。冷静に考えろ。
この家、そんなに何部屋もあるような家じゃない。
寝床も、台所も、何か作業するような道具が積み重なっているところも、全部一部屋に収まっている。
広さ的には、三人で寝られる広さではある。
でも、女の子と一緒に寝るって、さすがにやばくない?
弟のフィルがいるからセーフとか、別に何もするわけじゃないからセーフとか、そういう話じゃないような気がする。
「なあ、俺とフィルだけここで寝て、フィアはあの大きい家で寝るとか、そういうのは……」
「はあ?なんでよ?あ!あんた、村の端の家であたしを寝かせておけば、ここはより安全って考えたでしょ」
「いや、そうじゃなくて……」
なんでそうなるんだよ。でも、本当の理由を口にするのは、なんか躊躇してしまう。
「違うよ、姉さん。ラクトさんは、二手に分かれた方が、万一の時に全員が奇襲はされないって言いたいんですよ」
フィル、フォローしてくれたのはいいけど、ごめん、一ミリもそんなこと考えてなかった。
「ああ、そういうことね。だったら心配いらないわよ。あたしもフィルも、ちょっとした物音でもすぐ気づいて戦えるように、訓練してあるから。交代で見張りも、戦力の分散もいらないわ。今日は、体力を回復して、明日万全の態勢で挑むのが最優先よ」
相変わらず、頼もしすぎるし、それはすごく助かるけど、そうじゃないって。
二人とも安全のことしか考えてないし、この状況だと、その方が自然なのか?
なんか、一人だけ意識して考えてたのが逆に恥ずかしくなってきた。
「でも、ラクトさんが言うように、用心しても損はないですからね。念のため、魔獣が近づいた物音がもっとわかりやすいように、準備しましょうか」
「そうね、それなら、大して時間もかからないし」
二人は勝手に納得して、家の中のものを取り出しはじめた。
俺も二人に促されて、地面に物を置いたり、周りの木の間に紐を張ったりした。
「ふぅ、これで万全ね。それじゃ、寝ましょ」
そう言って、フィアとフィルが普通に横になり始めた。
……もういいや。フィルを挟んでるし、これが一番安全で、合理的みたいだし。
自分を納得させて、横になった。
だが、まだ早い時間なのと、ちょっとドキドキしてしまって、全然寝れそうにない。
気分を紛らわそうと、俺は、気になっていたが話せていなかった、魔術のことを聞いてみた。
「なあ、魔術のこと、聞いてもいいか?」
「魔術ですか?いいですよ」
隣のフィルもさすがにまだ寝てはいなかったようだ。すぐに返事が来る。
「魔術の攻撃って、本当にどこからでもできるのか?だったら、死角から攻撃するのが、一番強そうだよな」
「リーナの魔術を見て思ったのね。あの子は、そういう魔術の使い方、すごく上手かったのよね」
少し離れたところから、フィアの声も聞こえてきた。
そう、リーナの記録を見て思ったことだ。
リーナは、空を飛ぶ魔獣に対して、後ろから魔術で攻撃して戦っていた。
ああいう使い方ができるなら、いつでも相手の隙を突いて攻撃できそうだ。
「確かに、強力です。でも、そういう使い方って、どうしても自分から離れたところに魔術を使うことになります。離れれば離れるほど、より強く、長くイメージを固めないといけないし、消耗も大きくなるんです」
「リーナは、相手と膠着状態だったり、まだ見つかってないときに、上手く使ってるのよ。そういう時間の使い方とか、そういうのも含めて、上手いの」
なるほど、確かに思い返してみると、空飛ぶ魔獣とリーナが戦っているときは、魔獣はリーナから距離を取ったまま、近づいてこなかった。
その睨み合いの状態を利用して、リーナは魔獣の後ろに魔術を発動させたんだ。
「ラクトさんも、似たようなことをもうやってますよ。姉さんを助けるとき、炎の幕を出したでしょ? あの時姉さんに近づくまでの時間を使って、長く魔術の準備をしていたはずです」
「確かに、あの時は俺は馬の後ろで魔術に集中できていたな」
もし、敵が目の前にいる状況だったら、あの時みたいに長い時間かけて、炎のカーテンを作ることはできなかっただろう。
「それに、近い方が発動が速いだけじゃなくて、威力も強くしやすいのよ。どう魔術を使うのが一番効果的かを見極めるのは、そう簡単ではないわ」
俺もリーナみたいに死角からバンバン攻めたら強いかなぁって軽く考えていたけど、思っていたよりずっと複雑なようだ。
でも、俺はいずれにしても剣で戦うのは無理だし、この二人と一緒なら、二人が前で戦っている間に時間をかけて死角を突く、とかならできるかもしれない。
「魔術と言えば、魔獣との関係も気になりますね。触媒が魔獣を引き寄せるとか……」
そうだ。その話もあった。
コンスタンに住む老人のオルヴァンは、向こうでは常識だと言っていたが、本当なのだろうか。
「二人から見て、どうなんだ?」
「あたしは、結構納得したというか、腑に落ちたわね。触媒の話をしたときに、領内に二種類あるって言ったの、覚えてる?」
「そういえば、そうだったな」
忘れていたが、言われてみるとそうだった。
そこで、違和感を覚えた。今、リーナがコンスタンに風と雷の触媒を取りに行っている。
この二つは、コンスタンにしかないから、と。
火と水はこのシャンベル領内で手に入るのに、なぜ両方取ってから残りの二つにしなかった?
先に水も取ってからの方が、水の魔術も使えて、遠征が楽になるはずなのに。
俺は、火が手に入った後にアリシアと話して、その時は疑問に思わずに風と雷を目的にした。
でも、フィアが知っていて、アリシアが知らないわけがない。
「ちょっと待て、なんで先に水を取りに行くって話にならなかったんだ?領内にあることはわかってるけど、場所はわからないとか?」
「アリシアは、その話はしなかったのね。場所はわかってるわ」
「え?じゃあどうして」
「水の触媒の原料があるのは、南の森よ」
「なっ……!」
南の森。最初から魔獣退治の最終目的になっていた、領内の魔獣の発生源と思われる、一番危険な場所。
そうか。フィアが腑に落ちたと言った理由が分かった。
たまたま魔獣がいる危険な南の森に触媒の材料があるわけじゃない。
触媒の材料があるから、魔獣が集まっているんだ。
「それに、ダリオって人、記録、覚えてる?」
「当然だ」
忘れられるわけがない。
ダリオの村に触媒の加工場があり、今俺たちが使っている触媒は、彼が故郷の村から運んでくれたものだ。
「この魔獣の騒動の最初は、火の触媒の原料を取る鉱山で、事故が増えているって話から始まったの。それに対応しようと準備していたら、あちこちで魔獣が出るようになって。今思えば、それも偶然じゃなかった」
そうだ。ダリオの記録でも、最初にダリオはその報告のために一人で村を出て、それで一人生き残ったと書いてあった。
そのとき、報告を受けた隣村の騎士は、他人事のように話を聞いていたとも。
それも、ダリオの村が運悪く最初の被害に遭ったわけではなくて、触媒を扱う村だったから、一番最初に被害が出た。
そこまで考えて、また一つ疑問が浮かぶ。
「ダリオの村の触媒は、そのまま残ってたよな。あれはどうなんだ?」
「それはあたしも考えてたんだけど、わからないのよね。魔獣が寄ってくると言っても、見えている範囲なのか、それとも、近くに大元の鉱山があったから、平気だったのか」
「でも、その……ダリオさんが連続で魔術を使ったときには、たくさん魔獣が集まってましたよね。魔術を使うと、見つかりやすいのかもしれません」
言いにくそうに、フィルも参加してきた。
フィルが言っているのは、ダリオが自分の村を魔術で火をつけて回った時のことだ。
確かに、あの記録では魔獣が何体も集まってきていた。
「うーん、そう考えると、魔術はあんまり使わない方がいいのかな?俺、せっかく少しは役に立てるようになったと思ったのに」
「本当に何も役に立たないと思ってたら、あんたは置いてきたわよ。敵が目の前にいるなら、見つかるかどうかなんて考えても仕方ないじゃない。その時は、変にためらったりしないで使いなさい」
口調は少し厳しめになったが、フィアが俺を気遣ってくれたのがわかった。
「そうだな、悪い」
「もう、調子狂うわね!それで魔術を使わなくなったら、本当に役立たずになるから言っただけよ!明日はリーナを助けに行くんだから、こんな話してないで、もう寝るわよ!」
声と同時に、ごそごそと寝返りを打ったような音がした。
それを合図に、俺たちの会話は終わり、明日に向けて眠りについた。




