思念記録 二十一 その6
中心で激しく魔術を使っているおかげで、この近くでは大人しく隠れていれば魔獣は基本的に来ない。
そう聞いたのと、この老人は、悪い人には見えない。
都市に住んでいるだけあって、着ているローブも洗練されていて、聡明に感じる。魔術都市だから、魔術師なのかもしれない。
リーナは、老人に招かれて、椅子に腰かけて話をすることになった。
「話をする前に、名前くらい名乗らんと失礼だな。わしは、オルヴァンだ」
「私はリーナよ」
オルヴァンが名乗るのに対し、リーナも答える。
「リーナか、良い名だな。外から来たと言ったが、どこから来た? ルートガルドか、それともヴェルミナかアルミリアかね?」
オルヴァンがいくつか都市の名前と思われるものを挙げたが、リーナが聞いたことがあるのは、王都ルートガルドだけだ。
「シャンベルよ」
そう答えると、オルヴァンは少し考え込むようにして、
「シャンベル……ああ、二級品だが、火と水の触媒があるところだな」
二級品と言われ、少し見下されたような気分になる。さっき挙げた都市も、シャンベルの街よりも大きな大都市だらけなのだろうか。
コンスタンも大都市だ。そこの住人から見たら、リーナは辺境の田舎者にしか見えないのだろう。
「すまない、気を悪くさせたな。ここにいると魔術関係でしか街を見られなくなってしまうものでな。悪く言おうという気はない」
リーナが黙っていると、オルヴァンがそう謝ってきた。
これ以上、そんなことを気にする気はない。それより、コンスタンのことが聞きたかった。
「大丈夫よ。それより、この街はどうなっているの?」
「この街は、魔獣にやられたわけではない。見ての通り、今でも戦っているしな」
「じゃあ、街に人がいないのは?」
「順を追って話すかの。最初、魔獣が出た時に撃退するのは容易かったが、未熟な者に犠牲が出た。そして、その中で魔術や触媒に魔獣が寄ってくることが分かった。だから、魔術院に学びに来ていた貴族の子弟やらを避難させることになったのだ。三賢者の中でも王家の血を引く賢者が指揮して、ルートガルドに避難していった」
リーナは、頭の中で整理する。戦いの中で、魔術を使ったら魔獣が寄ってきた。強くない人はその時にやられてしまったから、避難させることにした、ということのようだ。
「その後は、しばらくは平穏だったな。魔獣は来るが、ここは魔術都市。魔術師も触媒も薬もいくらでもある。その程度でやられたりはせん」
「よくわからないわ。やっぱりそれなら、この街には人がいるはずじゃない」
「そう急かすな。まだ途中だ」
話の途中でついついリーナが口を挟むと、オルヴァンにたしなめられた。そう言われても、早く結論が知りたくなるのだから仕方ない。
「その後は、商人が寄り付かなくなった。彼らは魔術師ではないからな。ここは、周りに農地がない。外から入る食料で食べていた街だ。いくら魔術が使えても、食べるものが無ければ生きられない。徐々に人が去り、今残っているのは、わしのように今更この街を離れたくない老人か、魔術狂いの酔狂だけさ」
その時、バリバリ、と激しい雷のような音が鳴った。
窓枠が、かたかたと小さく震える。
リーナが思わず顔を上げると、オルヴァンは慣れた様子で窓の方を見ただけだった。
「中心塔だろう」
それだけ言うと、何事もなかったように話を続けようとする。
この街では、あの戦闘の音さえ日常になっているらしい。
オルヴァンから聞いた話は、街の周りに農地があるのが当然だと思って生きてきたリーナには、想像しにくい滅び方だった。
だが、今のシャンベルの街も食料が足りず、何とか隣街との交易で乗り切ったという話を聞いた。
街の周囲の農地はまだ無事で、農村の農地が失われただけでもそうなのだ。
これだけの大都市で、農地もなかったら食料はすぐになくなってしまうだろう。
よくよく考えてみると当たり前の話だ。
そこまで考えて、一つ疑問が頭に浮かぶ。
「じゃあ、オルヴァンさんや、今残っている人たちは、どうやって生活しているの?」
「簡単なことだよ。どうせ中央で戦闘をしていたら、他の魔獣も寄ってくる。門を開けておいて、その魔獣を狩れば、肉が取れる」
「そんな……わざと魔獣を街の中に入れるなんて」
リーナの常識じゃ、いや、リーナでなくても普通の常識じゃ考えられない発想だろう。
シャンベル領でも農村は全部魔獣にやられた。それほどの脅威なのに。
「ほほ。だから酔狂しか残っていないと言っただろう。今のこの街のルールは簡単。中心街以外では、魔術は使用禁止。中心部では無制限。狩った魔獣の、肉も素材も全部狩った者が取っていい。それだけだ」
この人、さっきは自分は酔狂ではないというような口ぶりだったが、そんな街でずっと暮らしているなんて、リーナから見たら、十分に狂ってる。
「オルヴァンさんも、狩りを?」
「わしはもうとうに引退した魔術師だ。知り合いにいろいろ分けてもらっている」
やっぱりこの人も魔術師だった。この街を離れられないと言っていたが、魔術都市を離れられないということは、やっぱり魔術に執着しているのだろう。
「わしの話ばかりをしているな。そろそろ、えーと……」
「リーナよ」
「ああ、そうだ。物覚えが悪くてすまんな。リーナの話も聞かせてくれるか? どうしてここに来た?」
その後は、シャンベルの街で魔獣退治のために触媒を集めている話をした。
コンスタンには、雷と風の触媒を集めに来たことも。
オルヴァンさんは、それを聞くとすぐに目的がわかったようで、四大属性の大魔術とは、命知らずな、とつぶやいていたが、雷と風の触媒について教えてくれた。
街の中心の方に行けば、当然のようにあるが、中心の塔は誰でも入れるというわけではないらしく、しかもあの大型魔獣との戦闘の中で塔にたどり着くのは無理だ。
中心街の端にある触媒工場なら、一級品を扱う工場ではないし、少しは残されているだろう、ということだ。
大魔術を使うには、触媒の種類が大事で、数は必要ないらしい。
複数種類の触媒を持って歩くだけでも危ないのに、数を持つとなおさらだから、少しだけ持って行った方がいいと助言してくれた。
さらに、休んでから行くといいと言われ、今日はオルヴァンさんの家に泊まり、明日触媒を取りに行くことになった。
リーナとしては、万全の状態で行けるのはありがたいが、さっき会ったばかりのリーナに、なぜそこまで色々教えてくれて、良くしてくれるのかわからない。
尋ねると、久々に若い娘さんと話せて楽しかったから礼をしてるだけ、と言われた。
やはりこの人は、悪い人ではなかったようだ。
リーナは、オルヴァンさんにあてがわれた寝室で、その日は休んだ。
さすが都市の家だけあって、街の端にある家でも、リーナの家の寝台と変わらない寝心地だった。




