思念記録 二十一 その5
リーナは、村を出て、再び街道を進んでいた。
少し雲行きが怪しい。もしかしたら雨になるかもしれない。
珍しい雨は、農地にとっては恵みの雨だが、旅をするには障害だ。雨が来るなら、それまでにできるだけ進んでおきたい。
疲れていたが、歩く足をさらに速めた。
しばらく歩くと、また村が見えてきた。今度の村は、さっきとは違って崩れた家はあまり見当たらない。
安全そうなら、この村で休めるかもしれない。
村に着くと、まずは周りから順に、魔獣がいないかどうかを確かめる。
当然のように人の気配がなく、何の音もしない。
魔獣の気配もなさそうだ。ゆっくりと村に入り、まずは一番大きい家に入った。
森から逸れて着いた村と同じように、地図を探す。
今度は、一部屋目で目的の地図を見つけた。前の地図よりも、記号的でなく、この辺りをそのまま絵に描いたような地図だった。
真ん中に、この村と思われる家と農地の絵が描いてあり、東には大きな塔のような絵が描かれており、コンスタンと書いてある。
この村からは、もうコンスタンが近いらしい。
とはいっても、コンスタンが安全なのかどうかは分からない。雨も降りそうな天気だし、この村で一日休むことにした。
今度は幸いなことに、一番大きな家が村の中心に近い。そのままリーナは、寝室を探した。
寝台がある部屋を見つけると、荷物を下ろし、寝台に腰かけて、持ってきた干し肉と硬い携帯食を口にした。
携帯食は、バルムの粉を焼いて作ったものらしいが、いつも家で食べる柔らかいバルムと、同じものとは思えない。
水で流し込みながら、腹を満たした。
食事を終えると、寝台に横になった。外は、やはり雨が降っているようだ。
屋根に雨が当たる音が、激しく響いている。
この前の家よりはだいぶ寝心地がいいが、家と比べると快適とは言えない。
ちょっと前まで街から出たこともなかったのに、随分遠くまで来たものだ。
フィアも、遠くに冒険に出かけたりしたことはあるのかな。
この前フィアが、アリシア様の術式の記録を読んだと言っていた。
この旅のことは、フィアも知っているということだ。
フィアはリーナの旅のことは知っている。でも、リーナはフィアの旅のことは知らない。それはなんか、ちょっとずるい。
今度会ったら、いろいろ話してもらわないと。
フィアも、いつも出掛けたらさっきの硬いバルムを食べているのかな。
旅のことだけじゃない、これまでのこと、話したいことがたくさんある。
そのことを考えながら、激しい雨の奏でる単調な音を聞いていたら、いつの間にか眠りに落ちていた。
翌朝になると、もう雨は止んでいた。
リーナは、軽く食事を取り、コンスタンへと向かった。
村を出て少しすると、まだ遠いのに城壁が見えてきた。
薄っすらと、高い建物も見える。さすがは巨大都市だ。どうなっているかは分からないが、建物がすべて壊れているということはなさそうだ。
コンスタンの巨大な城壁に近づいた。城壁は高く、シャンベルの街の倍はありそうだ。
街道の先には、門があった。門は、城壁の上まであるような門ではなく、人が数人通れるくらいの、小さい門だった。
ここは、都市の正面ではないのかもしれない。
もし魔獣がいたら、と思い、門の正面には立たず、少し街道を逸れ、斜めから門に近づく。
近づくと、門は開いたままになっていたが、遠くからでは都市の中はあまりよく見えない。
特に門番のような人がいる様子もない。もしかして、無人なのか。
このまま外にいても、何もわからない。
意を決して、門の中に入る。
中は、きれいなままの家が立ち並んでいた。特に魔獣に襲われたような形跡はない。
だが、前に目を向けると、異様な光景があった。
延々と家が立ち並ぶ街並みの向こうに、高い塔が見える。
その周りを何かが飛んでいる。この距離でもわかるということは、かなりの大きさだ。
そこに向けて、何か雷のような光が飛んでいた。
魔獣と、魔術?
あの塔のような建物が魔獣に襲われていて、戦っているのだろうか。
魔獣が飛んでいて、その大きさもリーナが戦った相手の比ではない。少なくとも人はいるが、安全とは到底言えなさそうだ。
短剣を右手に、左手に触媒を握りしめ、万一のために炎をイメージしながら、少しずつ前に進んだ。
「おい、何をしているんだ!早くそれをしまいなさい!」
突然、横から声がかかった。そちらを見ると、ローブに身を包んだ老人が家の扉を開けて立っていた。
「聞こえないのか?早くしないと、魔獣が寄ってくるぞ!」
何のことを言っているんだろう。リーナの持つ短剣のことだろうか。
しまわないと魔獣が寄ってくるとはどういうことだろうか。武器を持っていると、警戒して襲ってくるということか。
よくわからないまま、リーナは老人の方を見る。
「娘さん、もしかして、外の人か?もういい、とりあえず中へ、話は後だ!」
老人は、そう言って扉を開け、中に来るように促す。
もしかして、罠かもしれない。だが、あの老人にそんなに敵意があるようにも見えないし、家の中にほかの人が待ち伏せている様子もなさそうだ。
万一の時も、相手は武器を持っている様子がなく、こちらは武器を持っている。
魔獣に襲われるというのも気になるし、老人に招かれるまま家の中に入った。
リーナが入ると、老人はパタンと急いで扉を閉めた。
「その触媒だよ。これは、火の魔術の触媒だろう? 早く隠すんだ」
触媒と魔獣に、何の関係があるのか、わからないが、まずは言われるがまま触媒を荷物に戻す。
「魔獣に襲われるって、どういうこと?」
「魔獣は、人を狙うが、特に魔術の触媒を狙ってくる。この街では常識なんだが、他では知られていないのか?」
リーナは、そんな話は聞いたことはなかった。
フィアの説明でも何もなかったし、シャンベルの街では誰も知らないだろう。




