第二十三話 ラガルド家次期当主
俺とフィルは街道を進み、森が見えるところまで来た。
もう少しすると、リーナの記録では、道を逸れて村に向かったあたりだ。
しかし、今は辺りをよく見ても、雨の幕に遮られて、村のような影は全く見えない。
何となくリーナの記録から方向は分かるから、その方向に進めば見えてくるだろうか。
「なあ、フィル、道はどうする?」
「村への道ですよね。ちょっと今は見えませんが、もう少ししたら道を逸れてみます」
フィルも同じように考えていたようだ。
そこで、ふと気づく。
俺たちが追っているのは、リーナではない。フィアだ。
「ちょっと待て、フィアなら、どうすると思う? 曲がるか? それとも前か?」
言いながら、俺も考える。
道は森を離れて村に迂回する道だけではない。まっすぐこの街道を進む道もある。
あれで、意外とちゃんとものを考えてるやつだ。普段のフィアなら、間違いなくまっすぐは行かない。
リーナの記録から明らかに危険だし、村への道の方は無事に進めた実績がある。
でも、今のフィアはどうだ。
道を曲がった方が安全だが、距離だけを考えたら、間違いなくまっすぐ進んだ方が近い。
一刻も早くリーナに追いつきたい。それだけを考えているんじゃないか。
そう考えたら、答えが出た。
「「前」」
俺とフィルの声が重なる。
「弟と意見が一致したってことは、俺もなかなかあいつの考えが読めてきたな」
「二人は、最初から、仲良しですから」
「黙れ」
軽くフィルを小突くと、ふふっとフィルが笑った。
その後は、馬が地面を蹴る音と、雨が叩きつけられる音だけが響く。
「走ります」
フィルがそう言うと、手綱を引く。
水を蹴る音とともに一気に加速し、森の横の道へ突き進んだ。
森が近く、さらに暗くなったように感じる。今のところ、過ぎ去っていく黒い森の中には何も見えない。
俺は、森に向けて頭の中のカーテンを更新し続ける。
後ろに過ぎ去ったカーテンを捨て、前に新しいカーテンを作ろうとしたとき、遠くに赤い光が見えた。
魔術の光かもしれない。
「おい、フィル」
「きっと姉さんです。僕が切り込みます。ラクトさんは、姉さんをお願いします」
「わかった」
俺が答えると、フィルは剣を抜き、片手に剣を構えたまま手綱を握った。
赤い光があった辺りにカーテンをかける。徐々にそれが近づいてくる。
魔獣の姿が見えた。リーナの記録にあった、空飛ぶ魔獣だ。
ただ、今はリーナの時と違って空高く飛んでおらず、地面に近い辺りにとどまっている。
魔獣の見た目で俺の知識の中で一番近いのは、昔恐竜図鑑で見たプテラノドンか。
魔獣は二体。その前に、フィアが短剣を構えていた。
横になったところから上体だけを起こしたような姿勢だ。
魔獣とフィアの姿がさらに近づいてきた。
「はああああああぁ!!」
フィルが大きな叫び声とともに、剣を振り上げる。
魔獣とフィアの顔がこちらを向く。フィアがどんな顔をしているかを見る余裕はない。
魔獣の前に炎のカーテンを思い浮かべ続ける。
剣を横なぎに振りながら、フィルがフィアと魔獣の間に切り込んだ。
魔獣は後ろに飛びずさってそれを避ける。
俺は、服に包んでいた触媒に直接手で触れる。
手の中が大きく光ると、さっきまで魔獣がいたあたりに、大きな炎の幕が広がった。
視界を遮るように揺らめき、魔獣が見えなくなる。
フィルが手綱を引くと、馬は体をのけぞらせてその場で止まった。
方向を変え、俺が作った炎の幕のところまで戻る。
「フィア、捕まれ!」
俺が大きく声をかけながら、フィアに手を伸ばした。
それに反応してフィアの手が伸び、冷たい手が俺の手を握る。
力が入る。
手繰り寄せるようにしてフィアの体を引き寄せ、横手に抱きかかえるような姿勢になった。
「フィル! 行け!」
俺の声とともに、またフィルが手綱を引き、馬が加速した。
森を抜けている間は、誰も何も話さなかった。
俺は、森の方を見ながら、またカーテンをかけ続けた。
「もう魔獣はいないわ、放して!」
森を抜けると、フィアが身をよじってきた。
フィアの力で身をよじられたら、俺には抑えられない。フィアが俺の手から離れ、よじった勢いで真横に飛んだ。
その勢いで、俺も体勢が崩れ、横倒しになりそうになる。
フィルが剣を軽く動かし、俺の体を固定していた紐を切った。
次の瞬間、俺の体は少し投げ出されるように横へ放られた。
横に飛び、街道から外れた濡れた草原に、べちゃ、と着地した。
痛かったが、踏み固められた街道に落ちるよりはましだ。
体を縛ったまま横に落ちて引きずられるようになるよりも、草原に落とした方が安全と思ってフィルが投げてくれたのだろう。
後ろを見ると、俺より少し先に落ちたフィアが立ち上がるところだった。
紅葉色の髪に泥がついていたが、拭おうともせずにこちらを見ている。
近寄ると、腕から肩にかけて傷があり、血が流れているのが見えた。
「フィア、大丈夫か」
思わず声をかけると、
「どうして助けに来たの」
鋭い声で遮られた。
「前にリーナを助けに行くと言ったら、止めたのに。リーナは街にとって失ってもいい駒で、あたしは貴重な駒だから、助けに来たの?馬を使えば危険は少ないと判断したから、助けに来たの?どんな理屈をつけてきたのよ!説明してみなさいよ!」
「知らねえよ、そんなもん」
「え?」
鋭く、俺にまくしたてるようにしていたフィアが、戸惑いを見せる。
「フィアは、騎士で街の防衛にも、討伐にも重要だ。失うわけにはいかない。フィルも、貴重な戦力だし、ラガルド家の次期当主だ。街にとって重要な駒だ。一緒に助けに行って失ったらどうする。そんなつまらない理屈なんて、何も知らねえ」
「どういうこと。じゃあ、どうして」
「まだ分からないのか、俺を馬鹿にするのもいい加減にしろよ!」
俺が一歩フィアに近づき、言葉にさらに力を込める。
「お前を助けたかったからに決まってるだろ!理屈なんてあるかよ!」
「そんな……」
フィアは、声を震わせてつぶやいた後、もう反論せずに黙り込んだ。
「フィア!」
俺の後ろから聞こえた声に、目の前のフィアが体をビクッとさせた。
振り向くと、フィルが馬に乗ったまま、こちらへ近づいてきていた。
若干無理しているような感じはするが、鋭い声だった。こんなフィルなんて見たことがない。
フィアもそうなのかもしれない。目を丸くしている。
「リーナさんは、騎士の立場に並びたくて、旅に出たんだ。ラガルド家の人間が、こんなことでどうする。冷静なリーナさんの方が、よっぽど騎士らしいじゃないか」
そのまま硬い声で、フィルが続ける。
フィルはそこで言葉を区切り、剣を抜いてフィアの方に向けた。
「ラガルド家次期当主として命ずる。僕たちと一緒に、街に戻れ」
威厳のある、騎士の姿だった。鋭く、有無を言わさない迫力がある。
まさかあのフィルが……。
フィアは目を丸くして、口を開けたまましばらく固まっていたが、顔を伏せると、
「はい。わかりました」
と声を震わせたまま言った。
それを見て、剣を下ろしたフィルは、またいつもの表情に戻って俺の方を見た。
「その後は、一緒にリーナさんを助ける作戦会議です。ラクトさん、一緒に考えてくれますか?」
「当然だ」
それを聞いて、頭を下げていたフィアは、勢いよく俺の方に顔を向けた。
「なんで」
「リーナはフィアの大切な友達なんだろ。理屈なんて、それだけで十分だ」




