第二十二話 理由
俺は、フィルに後ろから抱きつく体勢になっていた。
これだけだと、何をしているんだと思いたくなるが、ちゃんと理由がある。
俺とフィルは、リーナを追ったフィアを助けに行くことにした。
しかし、フィアはおそらく飛び出して全力でリーナを追っているので、普通に追いかけたら、なかなか追いつけない。
そこで、馬を使うことにした。
馬が魔獣に怯えてしまう危険はあるが、速度だけなら走るよりも間違いなく速い。
前は馬車を引かせることを考えていたが、今回は直接乗るから、制御もしやすい。
戦うためではなく、ただフィアを連れ戻すだけなら、最適なはずだったが、大きな問題があった。
俺が、馬に乗れない。
中世の貴族や武士ならともかく、現代人の高校生の俺が馬に乗れるわけないじゃん!
大声で抗議したかったが、ここには誰も受け入れてくれる人はいない。
フィルに、馬に乗れないと言ったら、ラクト様の世界には馬はいないんですか、と聞かれてしまった。
当然俺は、いないと答えた。
そういうわけで、フィルの馬に二人乗りで行くことになった。
二人乗りといっても、未経験で乗ったら振り落とされるかもしれない。そこで、俺の体をフィルに縛り付けて離れないようにする準備をしている、というのが現状だ。
理由はあっても、アリシアの前でさっき思い切りかっこつけたのが台無しだ。ここにアリシアがいなくて本当に良かった。
準備が終わると、俺はフィルにくっついたまま馬の横に移動した。
馬は、クレール公が乗っていたものと同じように、俺の知る馬よりも短足だった。この世界ではこういうものらしい。
それでも、背の高さは俺の腰ほどもある。
どうやってこのまま乗るんだろうと思っていると、フィルは俺を背負うようにして、軽く持ち上げた。
そして、よっと小さく声を出すと、俺の片足を馬の反対側へ通すように持ち上げ、そのまま横に跳んだ。
次の瞬間には、俺ごと馬に跨っていた。
ほんと、この姉弟の運動能力、恐ろしいな。
「じゃあ、行きますよ。ちゃんとつかまっててくださいね」
そう言うと、フィルが軽く馬をたたくようにして合図をした。
馬が軽く駆け出す。
まだ街中だからそんなに速くないはずなのに、思ったより上下に揺れる。
端的に言って、かなり怖い。縛ってあるのにさらにフィルの腰に手を回してしがみついた。
さっきまで俺、一緒に来てくれとか言ってたのに……。
街を出るころには、少しだけ慣れてきた。
全速力で走り続けるといくら馬といっても持たないので、安全なうちは軽めに走らせると言っていた。
既に相当速く感じるんだけど、まだ速くなるの……?
「まずいです。雲行きが怪しい。雨が降るかもしれません」
軽く絶望していた俺に、フィルが声をかけてきた。
空を見ると、確かに黒みを帯びた雲が、どんよりと空を覆っている。
いつもは気持ちいい空が多いのに、と思ったところでふと気づく。
「そういえば、俺がここに来てから、雨は見てないな」
「ここでは、雨は珍しいんです。その代わり、降るときには大抵大雨になります」
それでまずいと言ったのか。大雨になったら、視界も悪いし、なかなか進みにくくなりそうだ。
「降る前に見つけられたらいいな」
「そうですね」
話していると、もう農地を抜けるところまで来た。まだ日中のはずなのに、空はますます暗くなっている。
「そうだ、ラクトさん」
「ん?」
「ぶっつけ本番ですみませんが、魔術の話です。普通、魔術は触媒に触れながらイメージをしますよね」
突然の話だったが、この状況で無駄話をするとは思えない。頷いて先を促す。
「違うやり方もあるんです。触媒に触れずに先にイメージを固めておいて、後から触媒に触るようにすると、発動までの時間が普通よりも短くできます。急に発動するから消耗も激しいし、頭は魔術を思い浮かべながら触媒を触らないといけないので、普通より難しいんですが」
話の流れが読めた。相変わらずの鬼教官っぷりだが、今は仕方ない。
「つまり、危険なところに行く前に魔術を思い浮かべておいて、発動の準備をしておけってことだろ?」
「そうです。お願いします」
難しいと言われたが、それくらいできなかったら何のために来たのかわからない。
ただフィルにしがみついているだけだったら、フィル一人で行った方がずっとましだ。
俺は、フィルから手を放し、落とさないように慎重に触媒を取り出して、服で触媒を包み込んだ。
街の北の森までたどり着いた。ぽつぽつと雨が降り始めている。
上を見ると、少しどんよりとしている、くらいだった空は、完全に黒く染まっている。
「速度を上げます」
フィルが言い、馬の手綱を引く。
馬が少しのけぞって鳴いた後、一気に速度が上がる。
左右の木々が瞬く間に後ろへ消えていく。
とにかく速い、そして揺れる。
フィルにしがみつきたくなるのを必死に抑える。速度を上げた時こそ、危ない時だ。
もし魔獣が出たら、倒すんじゃなくて逃げる戦いだ。
だとすると、魔術も目くらましになればいい。
フィアに鍛えてもらった銃の魔術ではなく、布が燃えるようなところを思い浮かべる。
もっと具体的じゃないとだめだ。
目の前にかかったカーテンに炎が広がり、一気に全体が燃えているところを思い浮かべる。
頭に炎のカーテンが思い浮かんだと思っても、周りを見ると木が通り過ぎるところに置き換わってしまう。
景色が変わる中で思い浮かべるのは難しい。
真横ではなく、少し前の木にカーテンがかかり、そこが燃えている様子に切り替える。
これなら、木が流れると同時にカーテンも流れ、周りを見ながら想像ができる。
そこで、森を抜けた。
俺が意識を向けていなかったからか、森の中だから遮られていたのか、ぽつぽつと感じていた雨は、地面を激しく叩く音が辺り中にこだまするように強さを増していた。
傘なんてさしていないが、もしさしていてもあまり意味をなさなくなるほどの強さだ。
「よしよし、よく頑張ったね」
フィルが馬に声をかけながら軽くなで、速度を落とした。
川を越えて、シャンベル領を抜けた。
体に染み渡る雨の冷たさが、不安を掻き立ててくるような気がする。
フィルも同じだったのか、
「姉さん、大丈夫かな」
とつぶやいた。俺が弱気になっていちゃだめだ。
「大丈夫に決まってるだろ、見つけたら、思い切り怒ってやろうぜ」
「ふふ、そうですね。何から怒りましょうか。一人で飛び出したことか、何も言わずに出て行ったことか、ろくに準備もせずに危険な旅に出たことか」
俺が少し軽口を叩くと、元気が出たのかフィルも乗ってきた。
「おいおい、一番大事なのが抜けてるぞ」
「何ですか?」
「大切な友達を助けたいって言っても、俺たちが一緒に行かないと思ったことだ」
「決まりですね」
フィルと意見が一致した。何でフィアを叱り飛ばすか決まったら、不思議ともうさっきの冷たさは感じなかった。




