第二十一話 救世主
俺は、アリシアと一緒にまたリーナの思念記録を読んでいた。
リーナがまた旅に出てしまったことは、フィアにとっては辛いことだろうが、相変わらずリーナのもたらす情報は有益だ。
アリシアは、とりあえず新しい記録が出たと俺のところに持ってきたが、まだフィアには見せていないらしい。
フィアに何て言うかは後で考えようと話し、まずは情報を整理していた。
「この魔獣も、私が知らない魔獣ですね」
「うーん、やっぱりシャンベル領とは、魔獣の種類が全然違うのかな」
「そうなのかもしれません。人が決めた領地で魔獣の種類が変わるとは思えませんが」
「やっぱり、地形的に考えたら、川なのかな」
俺が前も少し思っていたことを口にする。
アリシアもそれを聞いて少し考え込む。
「いえ、クレール領も川を挟んだ向こう側のはずですが、そちらでは、今のところシャンベル領と同じ魔獣しか確認されていません。むしろ、魔獣の数も少ないくらいです」
そうか、今までにクレール領には俺自身も含めて何度も行っていた。コンスタンへ続く道との違いは、川を渡った後に道をどちらに曲がるかの違いだ。
「もしかすると、コンスタンの方はまた別の魔獣の発生源があるのかもしれません。この辺りは南の森が一番ですが、コンスタンの方はまた別のものがあると考えると、種類が違うのも頷けます」
「だとすると、この世界は一体何が起きてるんだろう? 突然、色々なところから魔獣が現れるようになるなんて」
「それについては、何もわかりませんね……。過去の記録を見ても、そのような記録は残されていませんし」
色々解決していっていると思っていたのに、なんだか逆に謎が深まっているような気がしてきた。
「以前は、王国の他領からの救援が来るのではないかと期待していたこともありましたが、この分では難しそうですね……」
このシャンベル領は、アストレオン王国という王国に属する一つの領だという話は聞いていた。
コンスタンもこの街よりも数倍の人口を擁する都市だし、中央の王都はさらに人口が多いらしい。
とりあえずこの街の窮地を脱することだけを考えていたが、この国、もしかしたらこの世界全体が異常事態なのかもしれない。
そう思うと、少し気が重くなってくる。
「とりあえず、それは考えても仕方ない。新しい魔獣の情報をまとめようぜ」
重くなった話題を切り替え、魔獣の特性についてアリシアと議論を続けた。
バンッ!
と突然扉が開く。
この感じ、またフィアだな。
「アリシアさん、ラクトさん、大変です!」
なんと、予想に反してフィルだった。急いで来たようで、肩で息をしている。
「姉さんが、いないんです!」
フィアがいない? いまいちどういうことなのかわからない。
アリシアもちょっと戸惑ったようだが、すぐにいつもの微笑みを取り戻す。
「フィル、大丈夫よ。落ち着いて。順番に話してくれる?」
アリシアが優しく声をかける。
フィルは、それで少し落ち着きを取り戻したようだ。
「すみません。えっと、さっきベルクさん、リーナさんのお父さんに会ったんです。その時、リーナさんが一昨日また旅に出たって聞いて、そして、姉さんにも同じ話をしたと」
まだフィアとフィルには記録を見せていなかったが、リーナと二人の家は隣同士だ。
記録を見る前にフィアは知ってしまったらしい。
「それで、フィアがいないというのは?」
「そうでした。その後、家に帰ったら今日は警備が休みの日のはずなのに、姉さんがいなかったんです。どこかに出かけているのかと思いましたが、部屋を見たら、短剣と投げナイフがなくて。もしかして、リーナさんを追って出てしまったんじゃないかって」
リーナが最初に旅に出た時に、あたしも行くと言ってなかなか聞かなかったフィアを思い出す。
そして、リーナが帰ってきたときに、子供のようにはしゃいでいたフィアを。
あり得る。あの状態のフィアなら、飛び出して行ってしまっても不思議じゃない。
俺たちに言ったら、きっとまた止められると思って、何も言わずに出て行ってしまったのか。
「フィアが、危ないわ」
アリシアも俺と同じように思ったのか、そう呟いた。
「リーナさんも、もちろん安全じゃないのはわかってる。でも、すごく冷静で、慎重で、危ないと思ったら帰ってきてくれると思うわ。今のフィアは、きっと周りが見えてない。そういうときのフィアは、すごく危ないの」
アリシアは、いつも俺の前では丁寧な口調を崩さない。動揺が、口調にも表れていた。
そうだ。単純な戦闘力ではフィアの方がリーナよりも強くても、リーナの強さはあの冷静さと分析だ。
周りが見えていないフィアの方が、よっぽど危うい。
どうするべきだろうか。
フィアは、この街にとって貴重な戦力だ。失うわけにはいかない。
だから、フィルに救出のために追わせるべきだろうか。だが、それでフィルまで失ったら街はどうなる。
リーナは、他の勇者たちのことは、助けに行かなかったのに、フィアだけ行くのか。
フィアが街にとって貴重な駒だから。確かにそれは間違っていない。ここでさらに騎士を欠いたら、最後の討伐の成功率は下がる。
でも、フィルも行かせてさらに失ったら、成功率はさらに下がる。どうすれば。
違うだろ!!
グルグル回った思考を薙ぎ払って、俺が一番に思ったことを口にする。
「俺がフィアを助けに行く。フィル、一緒に来てくれ」
二人が、驚いたように俺を見ている。
「俺が大した戦力にならないのはわかってる。でも、最近は魔術も覚えたんだ。何もできないわけじゃない。それも役に立たなくても、囮くらいにはなるだろ」
俺を見る二人に対し、俺が言い訳のようにそのまま続けていると、それを遮るようにフィルが口を開いた。
「僕が姉さんを追うって言ったら、ラクトさんは止めると思ってました。ラクトさんが止めても、僕は行ったと思いますが」
フィルが、そこまで言って言葉を切る。
その後、真剣な表情で俺を見つめた。
「ありがとうございます。一緒に行きましょう」
「ああ、絶対にフィアを助ける」
俺は、フィルに力強く答えた。
俺たちのやり取りを見ていたアリシアが、声を震わせる。
「私に力があれば、私が行ったのに……。ごめんなさい」
「アリシア」
俺は、アリシアに向けてこれまでで一番、かっこつけて声をかけた。
ただの虚勢だが、ここでかっこつけなくて、いつやるんだ。
「お前が呼び出した救世主を信じろ」




