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思念記録 二十一 その4

 フィアは、あの頃から何も変わっていなかった。

 あの頃と同じ顔で、あの頃のように、また来るわと言ってくれた。


 でも、今フィアが家に来て、何をしようというのだろう。

 あの頃と同じように、特訓だと言って棒を振り回したり、水をかけあったりするのだろうか。

 そんなこと、できるわけがない。


 フィアが家に来たって、リーナにできることなんて、ご指導を賜ることくらいだ。

 それか、両親と総出で出迎えて、会食でもてなすことくらいだろうか。

 対等に、一緒に話して笑ったり、昔みたいにはしゃぐなんて、できるわけがない。

 そんなことができるなら、フィアに頭を深々と下げることなんてしなかった。

 収穫祭の後の会食の時も、魔獣退治の説明の時も、今日も。


 会食の時にも手を振ってくれたフィアに頭を下げ続けたら、徐々に手を振ってくれなくなった。

 今回も、訪ねてきたフィアに同じことを繰り返したら、同じことになるに決まってる。


 フィアが、そうして欲しいと思っているわけじゃないのはわかってる。

 むしろ、そうして欲しくないと思っているのもわかってる。

 けれど、今のままじゃそれはできない。

 それをするには、やっぱり対等な立場にならないといけない。


 そのためにリーナができることは、やっぱり魔獣退治の旅に出かけることだけだ。

 フィアにはやめると言ったけど、やめられない。


 リーナは、背嚢に食料を詰め、腰から下げる袋に薬と水を入れた。

 短剣と投げナイフも身につけ、支度が整うと、お父様とお母様に挨拶をして家を出た。

 二人は、リーナのことを心配もしているようだったが、それ以上にリーナがシャンベル家や騎士たちに認められる仕事をしていることに満足しているようだった。

 昨日の夕食の時も、二人はリーナがフィアに褒められたことを得意げに話し、お前が一人でしていた訓練も、まさかこんな形で役に立つとはな、と話していた。


 少し前まであんなにやめろと言っていたのに、調子がいい。


 街を出ると、前回と同じ道を辿る。

 街を北に抜け、森の横を走り抜け、その先の街道を右に曲がる。

 また森が見えてきたところで、今度は前回よりも森に近づく前に、遠くに見える村の方へ歩みを進めた。

 魔獣には、会わなくて済むなら会わない方がいい。避けられる戦いはできるだけ避けたかった。

 ここまでの道中では、狩場を越えたあたりで人型の大きな魔獣を見かけたが、こちらに気付いていなかったようだったのでやり過ごした。

 それ以外は、特に魔獣には会わずに済んでいた。運が良かったのかもしれない。


 村に着くと、またここで一泊することにした。

 歩き続けて疲れてしまっては、魔獣と遭遇した時に危険が増す。

 それに、ずっと無人のままの村に、魔獣が出る可能性はそれほど高くないだろう。

 村もそれほど荒れた様子がないし、休むのにはちょうどいい。

 リーナはそう考えて、また前回と同じ家で休んだ。今度は十分に食料もあって、腹を空かせることもなく休むことができた。


 リーナは、翌朝、村を出て街道を東へ進んだ。このまま進めば、コンスタンにたどり着くはずだ。

 シャンベル領から見ると、隣に位置する地域だが、それでも随分と景色が違って感じる。

 リーナは、街から見える南西に聳え立つ高い山を見て育ったが、その山もここからではだいぶ遠く、その分低く見えるかと思えば、逆に大きさを感じる不思議な感覚だ。


 珍しいからと景色ばかりも見ていられない。気を取り直して、周囲に目を向けながら街道を進む。

 また一つ、村が見えてきた。しかし、遠目から見ても、さっきの村とは違い、到底無傷とは言えない有様だった。

 この村は危険かもしれないが、とはいっても迂回して安全という保証もない。

 警戒しながらも、リーナは村へ近づいていった。


 リーナは、村の前に着くと前回は魔獣と戦った最中に背嚢を破られたことを思い出した。

 食料は当然必要だが、戦闘中は邪魔にしかならない。村の入り口近くの崩れた家の前にそっと背嚢を置き、そのまま村へ入った。


 村に入ると、ズルズルと何かを引きずるような音がした。人がまだ残っているとは思えない。魔獣がいる。

 崩れかかった家の影に隠れながら、少しずつ進み、様子をうかがう。


 少し進むと、音の正体を見つけた。井戸があり、井戸の中に頭を突っ込んでいる魔獣がいる。

 爬虫類のような姿で、黒に近い緑色の肌と、腹から横に伸びた手足がある。

 頭の先が見えないが、全長は大人三人分くらいはありそうだ。かなり大きい。

 そして、尻尾はのこぎりのようにギザギザとした形をしている。あの尻尾に当たったらひとたまりもなさそうだ。


 今は井戸に顔を突っ込んで水を飲んでいるらしい。こちらにも気づいていない。

 やり過ごすべきか、それとも、奇襲を仕掛けるべきか。

 ただこちらに気付いていないだけならやり過ごすべきだろうが、今は井戸に頭を突っ込んでいて明らかに好機だ。

 今を逃して見つかったら、どうなるかわからない。

 リーナはそう判断し、魔獣に攻撃を仕掛けることにした。


 魔術と短剣で同時に攻撃を仕掛けたい。そう考えて、リーナはまずは大きい炎の球を思い浮かべる。

 強く思い浮かべ続け、イメージが固まると両手の手のひらで丸を作ったくらいの大きさの炎の球が魔獣の上に現れた。

 リーナは、走り出して短剣を両手に持ち替えると同時に、その球を魔獣に向かって勢いよく落とす。

 ボワッと音を立てて炎の球が魔獣に思い切り当たり、魔獣の背中が炎に包まれる。

 突然の熱さに驚き、魔獣が身をよじろうとする。その瞬間を狙い、リーナは井戸に向かって飛び上がり、思い切り両手で持った短剣を振り下ろした。


 魔獣が身をよじらせて頭を上げた勢いと、飛び上がったリーナが振り下ろした勢いが重なり、魔獣の頭に思い切り短剣が突き刺さる。

 当然のように魔獣の方が力が強かったため、リーナが弾き飛ばされる。

 転がされたが、距離が取れたのは良かった。

 追撃で投げナイフを投げつけ、そのあとは急いでまた距離を取って家の陰に隠れた。


 魔獣は、ひとしきり身をよじった後、攻撃を仕掛けてきたリーナのことを探しているようだ。


 思い切り頭に短剣を刺しても死なないなんて、まともにやりあったら勝ち目はなさそうね。

 リーナは魔獣を遠目に見ながら、そう考えて身を隠し続ける。


 短剣は魔獣の頭に刺さったままで、投げナイフも手元にあるのはあと一本。

 魔術を使う手もあるが、連続して使いすぎると、もう動けなくなってしまうかもしれない。

 あの短剣を動かして、追撃できないか。そう考えるが、近づいて短剣を動かすなんてとてもできない。


 魔獣が、リーナがいる方向とは違う家の方を見ている。

 そうだ、魔獣自身に短剣を動かさせればいいんだ。リーナは、石を拾い、今自分が隠れている家に空いている穴から、中に向けて投げつけた。

 ガッと石が当たる音と、石が転がる音が家の中からする。

 リーナは、魔獣に見られないように、家の陰に隠れながら、家からも距離を取る。


 魔獣は、狙い通りリーナが家の中にいると勘違いしてくれたのだろう、家に向かって思い切り頭から突進した。

 バキバキッと音を立てて家が崩れ、魔獣の上に降りかかる。普段ならこの魔獣ならビクともしないだろうが、頭に短剣が刺さっている今なら短剣を動かせるはず。


 魔獣は家に突っ込んだまま動かなくなった。倒せたのかどうか、すぐに確認しに行くのは危険だ。

 十分に待って、動かないことを確認した後で、リーナは短剣と投げナイフを魔獣から引き抜いた。


 何とか魔獣は倒せたが、またあの魔獣に出会ったら大変だ。この村はすぐに抜けた方が良さそうだ。

 そう思って、リーナは村を後にした。


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