思念記録 二十一 その3
村は、農村のようだったが、周囲の畑は荒れ放題で、植えられたまま放置されて枯れたと思われるラナの残骸があった。
ラナを植えたままということは、少なくとも今から二百日以上前から管理されていないということだ。
村に入っても、シンとしていて誰もいないようだった。ただ、村は荒れていなく、家はそのままのようだった。
リーナは、村の中で一際大きな家に入った。恐らく、この村の騎士か長の家だろう。
この家なら、地図の一枚くらいはあるはずだ。
街に住めない農村の人らしく、長といってもリーナの家と違って本はあまり見当たらないが、地図がないことはないだろう。
リーナは、部屋を探して回ると、三つ目の部屋で机の上に地図が置いてあるのを見つけた。
地図は、この村周辺のもののようだ。
この村が中心に描かれており、南に東西に延びる街道と森がある。ここがさっきまで通っていた街道だ。
中心に目を向けると、村の東と北に街道が伸びているようだ。そして、東への街道を進んだ先は、さっきの街道と合流する。
地図の範囲には含まれていなかったが、東へ進む街道が端まで伸びているところに、至コンスタンと書いてある。
この村を通れば、森の近くを通らずにコンスタンへ行けそうだ。
だが、コンスタンまでどのくらいかかるのかはわからない。
食料は置いてきてしまったし、このまま進んで大丈夫だろうか。
少しでも危ないと思ったら、すぐに引き返しなさい、というフィアの言葉が頭に浮かぶ。
今回は、道がわかっただけでいい。一旦街へ帰ろう。
そう思い、リーナはシャンベルの街へ引き返すことにした。
家を出て、元の道へと行こうとしたが、ふと周りを見回すと陽が落ちかかっている。
このまま引き返しても、途中で夜になる。
それに、さっきの背中の傷が少し痛む。シャンベル領の森の横は走り抜けないといけないのに、走れないかもしれない。
この村で一晩休んだ方が安全だ、と思い直し、村の中で、一番内側の家を探した。
長の家は大きいが、端にある。何かあったときに、内側にいた方が周囲の物音に気付くはずだ。
リーナは、村の中央にあった小さい家に入った。
汚くて、こんなところで休みたくないとも思ったが、安全の方が優先だ。
床に座ると、腰に下げていた薬を取り出す。
この薬も、子供の頃以来だ。
子供の頃に病気になったとき、飲むようにと言われた。
苦いような甘いような独特な味の液体で、飲みにくかったが、飲んで一晩休んだら病気が治るどころか普段よりも元気になったような気がした。
これを飲んで休めば、明日には走れるようになるだろう。
久々に甘苦い液体を一気に飲み、そのまま横になった。
体が痒いような気がして、夜には何度か目が覚めてしまったが、それでも朝まで何事もなく眠ることができた。
光が差す頃になると、体はすっかり軽くなっていた。
食料がなくなったせいで食べられていないからお腹は空いていたが、体調はすごくいい。
ここに長居していても仕方ない。すぐに起き上がり、街へ戻る道へ進んだ。
行きに街道を逸れたところは、森の端だ。街道は村からは見えなかったが、森の端を目指して歩けばいい。
そうして歩くと街道にたどり着き、元の道に戻ることができた。
帰りは空飛ぶ魔獣にも遭遇せず、無事に街に帰ることができた。
街に戻り、シャンベル家にご報告に伺うと、ベルナール様は不在らしく、アリシア様が応対してくださった。
リーナが直立したままアリシア様に報告を終えると、
「ありがとうございます。森の近くの街道を通らない判断は、素晴らしかったと思います。それに代わる道も見つかって、とても大きな成果だと思います。ご苦労様でした」
と丁寧なお礼とお褒めのお言葉を賜った。
アリシア様は、リーナのような騎士でもない立場の者にも、このように分け隔てなく、丁寧に接してくださるお優しい方だ。
シャンベル家にふさわしい、立派な方だ。
改めてそう思い、リーナはそのまま深々と頭を下げて、シャンベル家の館を後にした。
リーナが家に帰って自室で休んでいると、急に家の扉をバン!と開ける音がした。
両親は仕事に出ていたが、帰ってくるときにそんな音を立てて帰ってくるだろうか。
少しいぶかしげに思うと、部屋の扉も勢いよく開いた。
驚いて扉の方を見ると、フィアが息を切らせて立っていた。
「リーナ、良かった。無事だったのね」
そう言って駆け寄ってきて、そのままリーナに抱き着いた。
久しぶりなこの感覚、あの頃は同じくらいの背だったけれど、身長だけならリーナの方が伸びたようだ。
少しフィアが小さく感じる。
「フィア様……」
驚いたままつぶやくと、フィアが体を離して、
「リーナ、そんな呼び方しないで!また昔みたいに呼んでよ」
「でも……」
すると、フィアは少し言いにくそうにした後、口を開く。
「ごめん、アリシアの術式の記録、読んだの。リーナは、あたしと昔みたいに遊びたくて、魔獣退治に志願したんでしょ?」
アリシア様がかけてくださった、強い思いが伝わるという術式のことだろう。リーナが志願した理由も、そこから伝わったようだ。
リーナが戸惑いながらも軽くうなずくと、フィアが続ける。
「だったら、もう行かなくていいわ。あたしは、リーナのことを友達じゃないなんて思ったことない!ずっとずっと、大切な友達よ」
リーナの顔に自然と笑みが浮かんでくる。良かった。やっぱりフィアは、昔のままだ。
「最近遊びに来なかったのは、あたしが行ったらリーナが叱られるんじゃないかって思ってただけ。これからは、また前みたいに来るわ。それなら、もうこんなことする必要ないじゃない。そうでしょ」
リーナも、それならもう、続ける必要はないと思った。フィアと一緒に、フィアと並んで暮らせるなら。
「わかったわ。フィア。もう、やめる」
そう答えると、フィアが笑って、うんうん、と頷く。
そこで、ガチャと音がした。
「リーナ、無事に帰ってきたのか!」
お父様の声だ。
「フィア、いけない。お父様が帰ってきたわ」
そう言うと、フィアが少しリーナから離れる。
「リーナ!いないのか?」
お父様の足音が近づいてくる。
フィアの表情が、笑みから鋭い眼差しに、騎士の顔に少しずつ変わっていく。
リーナとの距離も、また少し離れてしまう。
リーナからはさっきよりも離れているはずなのに、さっきは小さく感じたフィアが、もう小さくは感じなかった。
「リーナ!」
お父様が扉が開いたままの部屋の前まで来た。
「……!フィア様、どうしてこちらに」
「突然お邪魔してしまって悪かったわ。リーナから魔獣退治の報告を受けていたの」
フィアがお父様の方を振り返り、騎士の口調で答える。さっきの口調とは違う、冷たい口調だった。
「わざわざご足労いただかなくても、ご報告に伺わせましたのに」
「少しでも早く知りたかったの、ごめんなさい」
軽くフィアが頭を下げると、お父様がいやいやと大きく手を振る。
「いえいえ、何も問題はございません。それで、うちのリーナは何かお役に立てたのでしょうか」
「ええ。街を救うために、大きな成果だったわ」
「勿体ないお言葉……!そうだ、子供時分にリーナはフィア様よりご指導賜ったことがありましたでしょう。覚えておられますかな。きっと、フィア様のご指導のおかげに違いありません」
「ええ」
と少し寂しげにフィアが答え、
「それじゃ、私はそろそろ失礼するわ」
と続けた。
「そうですか。何もお出しできずに申し訳ありません」
「いいのよ。私が急に来たんだから、気にしないで」
そう言ってフィアが扉に向かって歩き出す。
お父様は、通り道を開けるために部屋に入って少し横によけた。
フィアが通りざまに、お父様は、
「ありがとうございました」
と深々と頭を下げた。
リーナも、それに続いて、
「ありがとうございました」
と言い、深々と頭を下げた。




