思念記録 二十一 その2
リーナは、街から出て北に進み、狩場を越え、森に差し掛かった。
この森は、ゆっくり抜けてはいけない。立ち止まると、多くの魔獣に襲われる危険がある。
そう聞いていたので、森の少し前から走り抜ける。
街道の真ん中にあった、車輪がひしゃげ、荷台が地面についている荷車の横を通り、一気に駆け抜けた。
森を抜けて川を渡ると、街道が左右に分かれていた。
この道を右に進んだ先に、魔術都市コンスタンがある。
リーナも、コンスタンについては、昔本で読んだことがある。
国王直轄領で、王都を除けば最大級の、人口三万の大都市。
特別なのは都市の規模が大きいだけではない。
通常なら、街の周りにはその人口を支える農地があるが、コンスタンにはそれがない。
その名の通り、魔術の触媒や錬金素材などが国中から集まっていて、その交易で成り立つ都市だ。
特に、リーナが今回目的としている雷と風の触媒は、王国でも魔術都市でしか作れない触媒で、それを目的に王国中から人が集まっている。
通常であれば、許可を持たずに突然訪ねても入ることはできない都市でもある。
フィアの説明では、現状はコンスタンに入れるかどうか以前に、そもそも無事なのかどうかも全くわからない状況だそうだ。
コンスタンが無事でなかったり、逆に無事で通常通り許可を求められたり、とにかくそれ以外でも何か危険を感じたらすぐ引き返して戻りなさい、と口調を強くしてフィアが話していた。
道を進むと、右手に森が見えた。
これはシャンベル領が続く森だ。シャンベル領の北東に広がる森で、川を渡る前に走り抜けた森。
この道も危険かもしれない。
しかし、同じように走り抜けようとしても、どれくらい森の横を通らなければならないのかはわからない。
走り抜けられる距離なのか、シャンベル領と同じように、走っていれば大丈夫な程度のものなのか。
何も情報がない中で、走る判断は危険だ。もし途中で魔獣に遭遇しても、そこから引き返して戻れるかどうかもわからない。
リーナは、そう判断して足を止めた。
辺りを見回して、何かがないかを探した。
森の横を通らないように迂回したとしても、街道から離れてしまったら道がわからなくなる。何か目印か、他の道を見つけないと。
リーナの左側に広がる草原の先に、微かに何かの影が見えた。
よく見ると、村のようだ。あそこに行けば、何か他の道がわかるかもしれない。
リーナは村に向かって歩き出した。
リーナが歩き出して森から離れると、後ろから、バサッバサッと音がした。
振り返ると、森の中から、翼をはためかせて魔獣が飛び立ってきた。
空を飛んでいるが、鳥のような見た目ではない。
胴体はトカゲに近く、四本の脚がある。
その前脚の付け根から、羽毛のない皮膜の翼が広がっていた。
翼の肩にあたる部分には、牙のような鋭い突起が並んでいる。
遠くて大きさはわからないが、翼を広げた長さは、リーナの身長よりも優に大きそうだ。
空を飛ぶ魔獣なんて聞いたことがなかった。
でも、目の前にいる以上、何とかしなくてはならない。
リーナは、魔獣から目を離さないように短剣を取り出し、構える。
魔獣はゆっくりと翼を動かし、空中にとどまっている。
こちらを警戒しているのか、それとも縄張りの森から離れないようにしているのか。
リーナが少しずつ後ずさると、魔獣はそのまま大きく息を吸ってのけぞった。
そのままのけぞった体を戻しながら大きく吐き出したかと思うと、その先から炎の球が現れ、こちらに飛んできた。
魔術!?
リーナは短剣を構えたまま横に転がるようにして炎の球をよける。
リーナが避けた元の地面に炎の球が当たり、ボワッと周囲の草を焼き払って一瞬で消える。
普通の炎の燃え方にしては速すぎる。やっぱり魔術だ。
起き上がってまた構えると、魔獣はまだ空中にいるままだ。
炎の球は速いけれど、この距離なら当たる速さじゃない。
空中にいればこちらからは何もできないと思っているのかしら。
だったら都合がいい。
リーナは立ち上がり、短剣を片手に持ち替えて、魔術の触媒を取り出してもう片方の手に握る。
頭の中に、炎のナイフを思い浮かべる。
場所は、魔獣の後ろ。
イメージが固まる前に、もう一度魔獣が炎を放ってきた。
また横に転がって避ける。
何とかイメージは保っている。
今度は立ち上がらずに、そのままナイフを強く思い浮かべ続けた。
手の中の触媒が光り、翼の後ろにナイフが現れる。
そのまま、そのナイフが翼に突き刺さるように飛ぶところを強く思い浮かべると、魔獣の翼に炎のナイフが突き刺さった。
「ギィィィィ」
攻撃はされないと思っていた魔獣は、突然の痛みに空中でのたうち回る。
落ちてくれればと思ったが、何とか姿勢を保っている。
魔獣はリーナの方を改めて向き直すと、翼を少し動かした後に止め、滑空するようにこちらへ向かってきた。
リーナは、また転がって避けようとしたが、今度はそれに合わせて魔獣も方向を変えてきた。
避けきれない!
とっさに身をかがめ、背中を上にして、頭を守る姿勢になる。
ズシャ!と地面に落ちるような音とともに、背中に痛みが走る。
魔獣は、リーナの近くの地面に頭から突っ込んでのたうち回っている。
リーナは何とか立ち上がって、のたうち回る魔獣の頭に短剣を突き刺す。
一瞬大きくのけぞった後、魔獣は動かなくなった。
背負っていた背嚢が破け、中に入れていた食料が辺りに散らばっていた。
背中は大きな傷にはなっていないようだが、服も破け、血が垂れているのを感じる。
とにかく、ここにいたら危ない。
飛び散った食料は諦め、袖を破って背中に当てて簡単な止血をした後、リーナは急いで前に見えていた村に向かった。




