思念記録 二十一
最近、フィア様が朝早くから、装備を身に着けて出かけていくのをよく見かけるようになった。
いつからだろう、フィアのことをフィア様と呼ぶようになったのは。
リーナの家は、ラガルド家に仕える家で、農地の管理を任されていた。
だから、家もフィアと隣で、内街には他に年の近い子がいなかったから、リーナとフィアは小さいころからの親友だ。
いや、親友だった。
小さい頃は、よくお互いの家で遊んだ。
フィアの家にも行ったし、フィアがリーナの家にも来た。
一度、同い年のアリシア様をリーナの家に連れてきたのが見つかって、こっぴどく怒られていた。
訓練だと言って、フィアと、弟のフィル君と一緒に棒を振り回してよく遊んでいた。
でも、リーナが、私も行きたい、フィアだけズルい、といつも言っていた、年に二度の収穫祭後の会食に参加できる歳になった頃から、急に両親の態度が変わった。
フィア様とお呼びしなさい。女の子らしい所作を身につけなさい。遊ぶなら、他の子としなさい。
両親が言う他の子とは、外街の子のことだった。
リーナの家が管理する、農地を耕す子。
外街の子は、リーナに会うといつもよそよそしくてつまらないし、汚らしいし、文字も読めない。
こんな子たちとなんか遊ぶ気にならなかった。
それから、フィアと会うのは会食のときだけだった。
騎士の中でも筆頭のラガルド家のフィアの周りには、アリシア様と、多くの大人たちがいた。
その中に、リーナの両親もいて、家ではいつも偉そうにしている両親が、深々と頭を下げていた。
遠くから眺めているリーナにフィアが気づくと、微笑んで手を振ってくれた。
リーナは、両親に教わった通り、姿勢を正し、深々と頭を下げた。
手を振り返したら、大人たちになんて言われるかはわかっていたから。
同じことをしても、リーナがするのとフィアがするのでは、全然違う。
フィアがリーナに手を振って、声をかけたら、誰にでも分け隔てなく接するお優しい方だと言われる。
リーナがフィアに手を振り返したら、身の程知らずの小娘と言われる。
それがわかるくらい、リーナは大人になっていた。
何度目かの会食から、フィアはリーナを見ても手を振ってくれなくなった。
当然だ、手を振っても、声をかけても頭を下げるだけの相手なんて、話しても何も面白くない。
友達なんかじゃない。
ある日、魔獣退治の話を聞いた。
成功すれば、失った領地の半分がもらえる。
シャンベル領の、この街の周り以外の半分の領主と言ったら、ラガルド家どころか、シャンベル家にも並ぶ貴族だ。
そうなれば、もう、身の程知らずなんて言われない。
リーナは、魔獣退治に志願した。
小さいころからやっていた訓練は、一人で今でもこっそり続けていた。
私も、騎士と同じように戦える、リーナはそう思っていた。
すぐ近くのシャンベル家の館に行き、いつも通り、儀礼的な所作で挨拶をして入ると、フィアがいた。
「リーナ・ベルクね。魔獣退治の説明をするから、座りなさい」
紅葉色が混ざった綺麗な瞳の眼差しは鋭く、騎士の言葉遣いだった。
もう、リーナのことなんて忘れてしまったのかもしれない。
リーナは、深々と頭を下げ、フィアの前に座った。
フィアは、最初にリーナを見たとき以外、ずっと机の上の地図を見て説明を続けていた。
説明も粗方終わりになってきたころ、目の前の地図に水滴が垂れた。
前を見ると、フィアも顔を上げていた。
フィアの顔にはもう鋭さはなく、子供の頃に悪戯をして叱られて大泣きしていた、あの頃のような顔をしていた。
子供のように、顔をくしゃくしゃにしながら、涙も拭かずにそのまま流していた。
「リーナ、どうしてよ」
フィア、あなたこそどうして、そんな顔をするの。
あなたと同じように戦って、昔のように、一緒に笑えるようになる。
それだけじゃない。
リーナは、フィアの涙で濡れた地図を取り、席を立ち、深々と頭を下げ、部屋を出た。
フィアは、まずは狩場という場所に行って魔獣を狩り、その死骸を運んでお金を貯めて、薬と魔術の触媒を買うといいと説明していた。
薬と触媒の価格は、リーナならわざわざ狩場で稼がなくても、自分のお金で簡単に買える金額だった。
フィアがそれを知らないはずはないので、フィアの言う通りにすることにした。
フィアと同じように短剣と投げナイフを準備してから街を出て、狩場に向かった。
狩場でしばらく歩いていると、狼のような魔獣に出会った。
魔獣と戦うのは初めてだ。
でも、ずっと訓練してきたのだから大丈夫。
リーナはそう思って短剣を構える。
魔獣がこちらに向かってくる。
怖かったが、昔のフィアやフィル君の剣に比べたらずっと遅い。
リーナは、飛びかかってきた魔獣を横によけ、短剣で切りつけた。
切りつけられて着地に失敗した魔獣に、さらに短剣を突き立てる。
魔獣が動かなくなった。
魔獣を倒すと、不思議と力が湧き上がってくるような感覚を感じた。
訓練では感じたことのない感覚だ。
単純に魔獣と戦うのに慣れるだけじゃない、これがあるから、お金がたまるまではここで魔獣と戦ったほうがいいと教えてくれたんだ。
さすが、いい仕組みを作ったものね、と感心する。
もともと持っていたお金は使わず、魔獣の死骸を繰り返し運び、手に入れたお金で薬と触媒をそろえた。
触媒を手にするのも久々だ。
魔獣が増えてきたあとは、戦いに使うのが優先と、騎士以外には触媒が回ってこなくなったし、持っていた触媒も回収された。
その触媒もとうに尽きたと聞いていたけれど、どうやらまた手に入ったようだ。
今回の目的も、魔獣退治をいきなりするのではなく、その前段階として他の属性の触媒を手に入れること。
リーナの知らないところで、計画的に魔獣退治が進められていたんだと改めて思った。
触媒が手に入っても、まだ目的の魔術都市コンスタンには旅立たず、魔術の練習を狩場ですることにした。
魔術の練習、これも懐かしい響きだ。
特訓の一環と言って、フィアとフィル君と三人で、フィアがこっそり持ち出してきた触媒でよくやっていた。
落ちている葉っぱを使って、火をつける特訓。
最初は何日も火がつかなかったけれど、何日も続けていたらフィアの持っていた葉っぱに急に火がついた。
リーナは慌てて近くにあった桶で、水をかけて火を消したが、フィアとフィル君にも思い切りかけてしまった。
「リーナ、何するのよ!」
とフィアは笑いながら怒っていた。
それから、リーナもフィル君も火をつけられるようになり、その度に水をかけるのが恒例になって、特訓のたびにびしょびしょだった。
意外とフィル君が水をかけてきて、よくフィアに拳骨を落とされていた。
毎日びしょびしょになって帰っていたら、ただの水遊びじゃないことがバレて、最後には三人まとめてこっぴどく叱られた。
あれも、いい思い出だ。
あの時と同じように、目の前に炎を思い浮かべる。
あの時と同じように、炎が目の前に浮かんだ。
リーナは、狩場で短剣にまとわせたり、魔獣に向けて炎を放つ練習をした後、消耗を回復するために一日休み、旅に出た。




