思念記録 一
ある日突然もたらされた知らせで、トマは世界が変わったように感じた。
必死に耕し、収穫を待っていた畑を、魔獣が来るからと放棄させられた。
新たに畑は割り当てられたが、いくら工夫して作物を育てても、明らかにそこから取れる量だけでは生活していけない。
元々そこを割り当てられていた人たちからは疎まれることもあったが、それでも必死に作業して、少しでも収穫を増やそうとするしかなかった。
だが、このままでは生きていけないという不安は、常に付きまとっていた。
そこに突然もたらされたのが、魔獣退治の話だった。
数字を聞いても、どれほど広い土地なのかはよく分からなかった。ただ、成功すれば広大な土地が、それも自分の土地として与えられるらしい。
つまり、貴族になれるってことだ!
そんなふうに誰かが言っている声も聞こえた。
トマには具体的な想像はできなかったが、人生が変わるということだけは分かった。
この生活から抜け出せる。
その希望だけを胸に、トマは領主の館へ向かった。そして志願し、依頼を受ける者が決まったら呼び出されるという話を聞いた。
翌日、周辺の農村から避難してきた者たちのために建て増しされた家で寝ていたトマは、領主からの使いに呼び出された。
トマは使いに続いて、遠くから見たことしかない領主の館に足を踏み入れた。
最初に通された部屋で、使いの人から、トマが魔獣退治の役目を担うことになったと知らされる。
そして、短剣と数日分の食料、それから街とその周辺が描かれた絵を渡された。
絵には印がつけられており、その印の場所にいる魔獣を倒せば、土地がもらえるらしい。
トマには、絵に描かれている場所へ行くという意味がよく分からなかった。
そう言うと、とりあえず街を出てまっすぐ歩いたところにある森だから、そこに向かえばいいと言われた。
そして、アリシア様から話があると言われ、次の部屋に通された。
アリシア様は領主様の娘で、とても美しい方だと噂されていた人だ。
そんな方から直接話があるなんて、やはりこの任務は特別なのだ。そんなすごい役目に選ばれた自分も、きっと特別なのだとトマは思った。
部屋に入ると、灯りは蝋燭だけだった。
扉を開けたときの明かりで、アリシア様の金色の髪がちらりと見えたが、扉が閉まるとすぐに薄暗くなり、輪郭だけが見える状態になった。
「それでは、こちらへ」
アリシア様の小さいが澄み渡るような声が聞こえた。
それに合わせて、トマは部屋の床に描かれていた模様の中心に立つ。
「あなたに術式を施します。この術式で、離れていてもあなたの活躍が私に伝わるようになります」
そう言って、アリシア様はトマの頭に触れ、何かを唱えた。
暖かいような、熱いような感覚がしばらく続き、やがて手が離れた。
それがアリシア様の手の温かさだったのか、術式によるものだったのかは分からない。
手が離れるころには、暗さに目が慣れてきていた。
目の前に立っているアリシア様の顔が見える。
自分たちとは違い、日焼け一つしていない肌。
けれど、普通の女の子と同じようなあどけなさを残した顔立ち。
トマが見ていることに気づくと、アリシア様は軽く微笑み、
「ご武運を」
と声をかけた。
トマが何も言えずにいると、後ろに控えていた使用人に促され、部屋の外へ出ることになった。
広い館。
使用人。
日焼け一つない肌。
そして、あの微笑み。
それまで全く分からなかった「貴族になる」ということが、急に頭の中で明確な形を持った。
絶対に魔獣退治に成功する。
絶対に貴族になる。
トマは改めてそう決心した。
トマは、壁に囲まれた街を出た。
いつも耕している農地を越え、さらに進み、昔自分が耕していた畑の近くまで来る。
魔獣が来るからと逃げた場所だった。
だが、畑を見てみると草は生い茂っているものの、作物はまだ残っている。
逃げる必要などなかったのではないか。そんな考えが一瞬頭をよぎった。
「グルルルル……」
その瞬間、唸り声が聞こえた。
よく見ると、作物に隠れるようにして黒い影がある。
狼のような見た目で、鋭い牙を持つ魔獣がこちらの様子をうかがっていた。
トマは短剣を抜き、構える。
こちらから近づいて、作物に隠れられて見えなくなったらまずい。
そう考え、距離を置いたまま少しずつ後ろに下がり、近づかれても見通しのきく道を前にする。
少しずつ後ずさるトマを逃げていると見たのか、魔獣が勢いよく飛び出してきた。
思ったより速い。
恐怖で思わず目を閉じながらも、トマは何とか短剣を振った。
ガキン!
鈍い音と衝撃があった。
目を開くと、短剣と魔獣の牙がぶつかり、魔獣は牙の根元から血を流して下を向いている。
やれる!
トマは魔獣に向かって、思い切り短剣を振り下ろした。
切れるような、潰れるような感覚とともに、魔獣は頭から血を流して倒れ、動かなくなった。
魔獣を倒すことに成功し、トマはさらに自信を持った。
やっぱり自分は特別に選ばれた人間なんだ。
この調子なら、貴族の座も遠くない。
極度に緊張して疲れたこともあり、トマは自分の昔の家の様子を確かめたくなった。
畑の近くにある昔の家に寄って、少し休むことにする。
家に入ると、少し埃っぽい以外は元のままだった。
何も変わっていないように思えたが、実際に魔獣は現れた。
何も知らずにここに住んでいたころの自分だったら、やられていたかもしれない。
でも、今は違う。
特別な任務を担い、武器を持ち、魔獣を倒す力がある。
少し感慨に浸りながら、トマは腰に下げていた水と食料を机に置いた。
一休みするため、椅子に腰かけようとして――。
バゴッッ!!
轟音と共に、空が見えた。
その直後、強い衝撃と共に地面が見えた。
全身に鈍い痛みが走る。
一体何が……?
家の中にいたはずなのに。
周りを見ると、どうやら畑の中にいるらしい。
作物が見える。そして、その中に何故か木片が転がっていた。
ズン、ズン、と重いものが地面に置かれるような音が聞こえる。
その方向を見ると、人の二倍はありそうな背丈で、二足歩行で歩く何かがいた。
手には、木でできた柱のようなものを持っている。
さっきとは別の魔獣か?
家の中にいたから、気づかないうちに魔獣の近くにいて襲われたのか?
混乱しつつも、トマは短剣を抜き、ゆっくりと立ち上がる。
明らかに、さっきの魔獣より大きくて強そうだ。
だが、今度は逃げたりなんてしない。
魔獣の方を見ると、作物の中にいるせいで、こちらを見失っているようだった。
チャンスだ!
トマは短剣を前に構えたまま、一気に走って魔獣に近づく。
もう少しというところで、魔獣がこちらを向いた。
柱を持った手が、




