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第二話 勇者募集

 俺は模擬剣を持ち、ゲームで見た剣術を適当に思い出しながら、ひたすら剣を振るっていた。

「うおおぉぉぉぉぉ!」

 カン、カン、カン、カンと剣を打ち合う音を響かせ、華麗な剣捌きを見せる……予定だった。

「はぁ、はぁ……ぜぇ、はぁ……」

 少し打ち合っただけで、完全に息が切れた。対して相手は余裕の表情で、汗一つかかず、俺の剣を簡単に受け流している。

 この人は、アリシアに剣術の使い手として紹介してもらった人だ。

 普通に考えれば、ろくに剣を使ったこともない現代人の俺が、異世界の剣術使いに適うはずもない。相手もあまりの差に、俺が何をしたかったのか訝しげな顔をしている。

 気まずくなってきたので、俺は礼を言って稽古を終わりにし、そそくさと自室に戻った。

「はぁ……まずい。何の能力もなく転移してきただけだ」


 俺はそう呟き、ここ数日を振り返った。


 夜中に突然異世界へ呼び出されてから、三日。

 その間に分かったのは、二つだけだ。


 一つ。この世界は、剣と魔法の世界らしい。

 そしてアリシアの家は、この辺り一帯を治める貴族の家系だった。

 その領地はいま、魔獣の激増によって滅びかけている。

 街の外には出られず、農地も失われ、他の街との行き来も途絶えた。

 だから彼女たちは、大魔術で異世界に救いを求めた。


 もう一つ。


 俺には、チート能力がなかった。


 魔術も駄目。

 錬金術も駄目。

 剣術も駄目。


 救世主として呼ばれたのに、ほぼ戦力外。

 街はジリ貧で、俺はお荷物。

 完全に詰んでいた。    



「ラクト様」


 ノックの音とともに、アリシアの声が聞こえた。

 どうぞ、と促すとドアが開き、アリシアが入ってくる。


 この三日で、アリシアの姿にもだいぶ見慣れてきた。


 淡い金色の髪をゆるく三つ編みにした、いかにも貴族のお嬢様という感じの少女だ。顔立ちにはまだあどけなさが残っているのに、背筋を伸ばして話す姿には妙に大人びた落ち着きがある。


 この子に救世主として扱われるだけで、異世界転移して良かったんじゃないかと思えてくる。


「何かわかりましたか? 少しお茶でもどうですか?」


 と言っても、お茶を自分で持ってきたりはしていない。

 使用人、俺の知識だと多分メイドさんが、後ろに控えていた。


「では、お言葉に甘えて」


 そう言って、俺はテーブルの前の椅子に腰かけた。

 メイドさんが二人分のお茶を置いて出ていくと、アリシアは俺の向かいに座った。

 どうやら、状況を聞きたいらしい。


「えっと、今のところ、他の世界で使えていた能力は使えていなくて」


 そもそもあれは実体験ではない、ということは隠してある。

 向こうが勝手に勘違いしたことだし、あえて言って落胆させることはない。


「そうですか……」


 アリシアが少し落ち込んだような声で言う。

 その後、二人とも何も言わず、静かにお茶を飲む気まずい時間が流れた。


「あの、こちらにお呼びする前に、何か書物を読んでおりましたよね。そういった知識などは、解決策になりませんか?」


 少し考えた後、アリシアがそう口にした。

 いや、あれは数学の問題集で、そんなものが役に立つはずが……。


 ん?

 待てよ?


 数学に限らず、俺の世界とこの世界は全く違う。知識だって全然違うはずだ。確かに、何かが役に立つ可能性はある。


 といっても、俺の知識なんてゲームとかアニメとか、そういうものばかりで……。


「そうか!」


 俺の中にひらめきが走った。


 別に、俺が特殊能力で魔獣を倒して回る必要なんてない。

 ゲームの王様ポジションになればいいんだ。

 ちょうど領主の家に呼び出されているわけだし。


 俺の声に驚いたアリシアが、お茶を落としそうになりながらも、なんとかカップをテーブルに戻した。そして、続きを促すようにこちらを見る。


「この街には、人口はどのくらいいる?」


「多分、五千人ほどかと」


「多くは農民だよな。その農民からしたら、広い土地がもらえるっていうのは相当嬉しいことだよな?」


「えぇ、それはそのように思いますけど……一体何を?」


 俺の質問に、アリシアは怪訝そうな顔をした。


「この問題を解決する勇者を募るんだ。もし解決したら、この問題で失った土地の半分を報酬として与える!」


 アリシアの目が見開かれる。

 すぐには返事がなかった。俺の言葉を、頭の中で何度か確かめているようだった。


「それは……領民たち全員で魔獣と戦うということですか? 失敗したら、それこそこの街は終わりです」


 非難の色を滲ませて、アリシアが答える。


「いや、違う。募って現れた人の中から一人だけ選んで、その人を勇者として扱うんだ。もし成功したら、取り戻した領地の半分はその人のものだ。強制してみんなを戦わせるんじゃなくて、その条件で、あくまで自分の意志でやりたい人を募る」


「確かにその条件ならば、貴族の一員になるも同然ですが……一人で解決なんて危険すぎますし、そもそも人も集まらないような……」


「一発逆転の夢のためなら、人は危険も冒すし、普通じゃ考えられない力を発揮するものなのさ。元の世界で学んだことだ」


 一発逆転の博打のために何でもしちゃう人の話を読んだだけだけど、嘘ではない。

 アリシアはまだ納得していないようだった。

 けれど、今のところ他に手がないのも事実なのだろう。

 しばらく迷うように視線を伏せた後、静かにうなずいた。


「わかりました。それでは、お父様にもお話ししたうえで、領民に知らせて募ってみましょう」


 救世主として呼んだ俺が言うことだから、ひとまず従ってみようという気になったのかもしれない。アリシアはそう言って、準備に向かった。



 二、三時間ほど経った頃。


「どうしましょう! 布告をしたところ、やりたいという領民が大勢来てしまって!」


 普段なら上品に入ってくるアリシアが、珍しく慌てた様子で部屋に飛び込んできた。


 マジかよ。

 夢の力、強すぎるだろ。

 俺もああは言ったものの、そんなに大挙して来るとは思っていなかった。


 急いで募集を打ち切ってもらい、応募者の名簿を作らせる。

 それからしばらくして戻ってきたアリシアの手には、紙の束があった。


「名簿を作りました。あの短時間で、百人近く集まったようです」


 疲れを滲ませた声でアリシアが言う。

 本当に、夢の力は半端じゃないな。


「じゃあ、その中から勇者となる人を一人選ぼう」


「どのようにして選ぶのでしょうか? 私が思念を読んで、適性を見極めましょうか?」


 集まった人数を見て、アリシアはすっかりやる気になっていた。

 真剣な顔で名簿を見ている。


 だが、俺は首を横に振った。


「クジだ!」


「そんな、こんな大事なことをクジだなんて」


「大丈夫! 元の世界の俺の国では、外国から圧力をかけられたときに、和平を結ぶか戦うかをクジで決めようとしたこともある」


「……あなたの国、大丈夫なんですか?」


「領民の数は五千って言ったな。俺の国の人口は一億二千万だ!」


 アリシアの顔が、驚いたまま固まった。

 俺が治めているわけではないんだけど、デカい数字の力で押し切って、クジで決めることになった。


 ただ、クジが最適だと考えているのも事実だ。

 全員で挑めば、失敗した時の損害が大きすぎる。かといって、有力そうな人から選んで失えば、次からの成功率が下がる。


 だから、一人ずつ。

 そして、失敗しても何か情報を得る手段が欲しい。


 そこで、さっきアリシアが言っていた言葉を思い出した。


「そういえば、さっき思念を読むって言ってたけど、人の考えとか記憶が読めるの?」


「特別な術式を使えば、目の前にいる人の思念を読むことはできます。ただ、普段からできるわけではありません」


 普段から心を読まれているわけではないらしい。よかった。少し怖かった。


「でも、俺の思念はここに来る前から読んでいたよね?」


「あれは大魔術の一環です。普通は、魔具を使って術式をかけた人の思念の一部を記録する程度です」


「どんな魔具?」


「本の形をしています。魔力を込めると、術式をかけた人の強い思念が、記憶や感情と一緒に書物として記されるものです」


 めちゃくちゃ便利だな。

 要約レポートを自動で書いてくれるAIかよ。


 それを使えば、勇者の行動を知ることができる。

 いい感じで王様ポジションができそうである。


 こんなに上手いこと話が進むとは、これが俺の特殊能力だったのかもしれない。



 翌日。

 百人近い志願者の中から、最初の勇者が選ばれた。


 名前は、トマ。

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