第十八話 鬼教官
さすがに消耗が激しかったので、フィルとの魔術特訓の後はいったん解散し、翌日にフィアとの魔術特訓をすることになった。
ちょっと嫌な予感はしたが、この街に逃げ場はない。甘んじて特訓を受け入れることにした。
シャンベル家の館とフィアのラガルド家の館は、隣同士だ。と言っても家の敷地がどちらも広いからあまり隣、という感じはしない。
今日はラガルド家の敷地の前で、フィアを待っている。
俺もだいぶ、この街のことは分かってきた。
俺が今いる辺りは、シャンベル家とそれに仕える騎士を筆頭に、街の有力者たちが住んでいる区画だ。
街の中でも珍しい、大きな家が立ち並ぶ区画で、街の中の別の街と言う意味なのか、内街と呼ぶこともあるそうだ。
あんまりこの呼び方は好きじゃないのよね、と言いながらフィアが教えてくれた。
ちょっと辺りを見回していると、館から紅葉色の髪を軽く揺らしてフィアが出てくるのが見えた。
短剣と投げナイフもつけた戦闘仕様だ。どんな特訓をする気なのか。
「お、今日は先に来てたのね」
「まぁな。遅れたら何言われるかわからんし」
「何よそれ。ま、やる気に免じて追加特訓をつけてあげるわ」
しまった。機嫌を損ねたら特訓がきつくなりそうと思ったのが裏目に出たか。
「それで?何をするんだ?昨日みたいにいろいろ魔術を試してみるとか?」
「ただ、魔術を使うならそれでもいいけど、戦闘に使うことを考えてるんでしょ。だったら実戦が一番よ」
「実戦?何する気だ?」
もしフィアと戦うとか言われたら今日生き残れる自信がない。
「魔獣で実戦するに決まってるじゃない。さ、行くわよ」
「え……魔獣で実戦って、どこに……?」
「あたしたちが作った狩場に決まってるじゃない。あの案はなかなか良かったわ」
昨日やっと火の玉が飛んだのに、魔獣で実戦って無理があるだろ……。
まさか、あの作戦が自分の首を絞めることになるとは。作ったときも相当締めてたのに。
「グルルル」
狼のような魔獣を目の前にすると、想像以上に怖い。
「ほら、炎の矢で倒してみなさい」
隣から無茶振りが飛んでくる。
狼と向き合ったまま、触媒を手のひらで包みながら、両手を銃の形にして狼の方に向ける。
俺が持つ銃を撃つと、火の玉が狼に飛んでいく……そのイメージだ。
集中しようとしたときに、チラッと狼が視界に入る。
今にも飛びかかってきそうだ、そう頭によぎった瞬間、頭の中の銃が完全に消える。
実際に狼が土を蹴り、こちらに向かって飛び出してきた。
「うわぁぁ!」
俺は、思わず目をつぶり、そのまま後ろに尻餅をつく。
バコッと鈍い音がしただけで、いつまでも狼が近寄ってくる気配はない。
「あんた、何ビビってるのよ」
薄っすらと目を開けると、狼が横に吹っ飛び、そのまま倒れて動かなくなっている。
そして、足を蹴りの姿勢に伸ばしたフィアが見える。
嘘だろコイツ、蹴り飛ばして仕留めやがった。
「やっぱり、いきなり魔獣と実戦なんて無理があるだろ!」
「何言ってるのよ。だから、この狩場を作ったんでしょ。それに、あんたはいきなり実戦やらせてる側じゃない」
それを言われると、何も言えない。
そうだ。俺はそんなことを言う資格はない。ここの領民に、雑魚敵からならレベルアップできるといって、この狩場に送り込んだ張本人なのだから。
気を取り直して起き上がり、
「ビビってねぇよ。魔獣に対してじゃなくて、ここの魔術が初めてだから、いきなりは難しいって言っただけだ」
と異世界救世主モードになって虚勢を張る。
「今更かっこつけてもバレバレよ。それに、今は全然危険じゃないじゃない」
「え?」
いくら一番弱い魔獣だからって危険がないってことはないだろう。
「あたしがいるから」
やっぱりこの子、頼もしすぎる!
そして納得した。飛びかかってこられても蹴り一撃で仕留めちゃうフィアの隣なら、全然怖くない。
両手に銃を構え、引き金を引くと同時に、火の玉が飛び出す。
俺の想像と同時に、手の中の触媒の光が強くなり、卵くらいの大きさの火の玉が飛び出し、遠くにいる狼に向かう。
しかし、こちらに気づいて走ってきた狼の頭の上をかすめてしまう。
「いいじゃない!その調子よ。でも、動く相手の方にそのまま撃ったら当たらないわ。動く先を狙うの」
フィアが助言してくれる。相手の動く先を予測して撃つ。FPSゲームをやったときも同じようなこと言われたな。
もう一度構え、向かってくる狼よりも若干手前を狙うように、銃を放った。
狼が目の前に現れた火の玉に驚き、避けようとするが間に合わず、背中に当たる。
火の玉が当たった衝撃と、熱さで仰け反った後、狼はその場に倒れて動かなくなった。
特訓は、十匹目を超えたころだろうか、やっと仕留めることに成功した。
最初は銃弾のイメージで小さい火の玉を出していたが、それでは当たっても威力が弱く、牽制くらいの役にしか立たない。
もう少し大きい火の玉を想像するようにして、何度目かの挑戦だった。
「上出来ね。フィルの言ってた通り、なかなかのものだわ」
珍しく、フィアが素直にほめてくれる。俺の妄想、ほんとに役に立ってたみたい。フィアにほめられるなんて相当だ。
「まぁな。俺が本気を出せば、こんなもんだ」
照れ隠しもあってかっこつける。
「あーあ。ほめて損した」
フィアに呆れたように返された。
「それにしても、だいぶ疲れた」
「そりゃそうよ、初めてでこれだけ魔術を使ったんだもの。ぶっ倒れててもおかしくないわ」
「は?」
「意外とあんたがすんなり上手くいくから、ちょっと楽しくなってきちゃってね」
「おい!楽しくなったで済ませるなよ!」
まぁ、俺も楽しかったんだけど。まんまと乗せられていたようだ。
「フィルも、昨日はやりすぎたって言ってたわ。でも、気持ちが分かったわ」
鬼教官、フィアだけだと思っていたのに、まさかの姉弟揃って鬼教官だった。




