第十七話 魔術特訓
「魔術は、想像を現実に変える力、つまり、イメージです」
フィルが、俺に魔術を教えてくれている。
ダリオのおかげで、火の魔術の触媒が街にもたらされた。
これで、騎士たちの戦闘力も、勇者の戦闘力も、大幅に上がるはずだ。
それだけじゃない。
魔術は誰でも使える力、ということは、俺でも使えるということだ。
俺も力があれば、何かできるかもしれない、そう思って早速魔術のことを教わることにした。
アリシアに聞いてみようとしたが、アリシアは特別な思念術式と俺を召喚した異世界転移術式に特化していて、普通の魔術はほとんどやったことがないらしい。
となると、聞けるのはフィアかフィルくらいになるわけだが、この二択でどっちが聞きやすいかとなったら、答えはもう一択だ。
「イメージ?どういうこと?」
しかし、説明を聞いても、あまりピンとこない。
「えっと……、やってみた方が早いかもしれませんね」
フィルが説明をあきらめた。
ちょっと悲しい。
ちょっと待ってくださいね、と言って、水を入れた桶を持ってきた。
火の魔術を使うから、間違ったときに火を消すためのものだろう。
「といっても、最初はなかなか難しいので、根気がいるかもしれませんが」
と言いながら、桶を地面に置く。
「実際に目の前では火がついていないのに、火がついているところを想像するんです。最初はものがあると分かりやすいかな」
フィルは、赤銅色のかかった瞳で周りを見回して、落ち葉を手にした。
「この葉っぱ、火がついてませんよね」
「ああ、そりゃそうだろ」
「でも、火がついて燃えたところを想像するんです。ちょっとやってみますね」
フィルが、伸ばした手に枯葉を持ったまま、目をつぶる。
何か落ち葉で遊んでいる子供のようで、ちょっとかわいい。
そんなことを思っていたら、目の前の枯葉の先に、ボッと火がついた。
「うわ!ほんとに火がついた!」
俺が驚くと、フィルにクスっと笑われてしまった。
「おい、笑うなよ!初めてなんだからびっくりするだろ普通!」
「ふふ、そうですよね。すみません」
そう言いながら、フィルは持っていた葉を振り、火を消し、別の落ち葉を拾う。
「では、やってみましょうか」
枯葉を手渡された俺は、さっきのフィルの火がついた葉を思い出す。
ライターで火をつけたときみたいだったな。ライターをイメージしたらいいのかな。
フィルと同じように手を伸ばし、もう片方の手に触媒を握りながら、目を閉じる。
俺が持っているのは、枯葉じゃなくて、ライター。
親指で火をつけるのと同時に、葉先に火がつく。
親指と人差し指で挟んでいた枯葉を、人差し指で包むように持ち替え、親指をライターをつけるときのように立てた。
親指を素早く動かしながら、頭の中のライターに火をつけた。
「あっっつ!あつつつつつ!」
突然の感覚で、思わず手を離して目を開く。
すると、目の前には桶を構えてフィルが見えた。
え、桶?
バッシャーン!
気づいた時にはもう思い切り水をかけられていた。
うん。迅速な判断でよろしい。
でも、さすがにちょっと木の葉に火がついたのでここまでしなくても良くない?
フィルの方を見ると、あっと何かに気づいたような顔をしていた。まあこの子には怒れないか。
「でも、一発でうまくいくなんてすごいです!普通は火がつくところまで、かなり根気がいるんですよ!」
服を着替えて戻ってくると、さっきの罪滅ぼしも兼ねているのか、興奮気味にフィルがほめてくれた。
「そういうものなの?」
「ええ!もしかして、他の異世界での魔術の経験が生きているのかもしれません!」
異世界には行ってないけど、異世界で魔法を使う妄想はしてたかも……。
もしかしてそれが生きてるのか?
「次もやってみましょう。次は、何も持たずに、さっきの葉っぱがあったときと同じようにイメージするんです」
そのまま、興奮気味に次を促してくる。
なるほど、物に火をつけるイメージから、物が無くなれば、何もないところに火が出てくるってわけか。
またさっきと同じように手を伸ばし、ライターから火が出るところを頭に思い浮かべる。
もう一度親指を動かし、シュッと頭の中のライターに火をつける。
手の先がちょっと熱いような気がする。
目を開けると、俺のグーにした手の親指があったあたりに、小さな火が浮かんでいた。
「すごい!これも一発なんて本当にすごいです!」
フィルがさらに興奮している。これ、意外と俺本当に向いているのかも。
「いやぁ、ついに他の異世界を旅した記憶が頭角を現しちゃったな。そうか、今までは触媒がなくて使えなかったんだ」
「ラクトさんは他の世界で何度も世界を救ったすごい方なのですよ、とアリシア様が言ってましたが、やっぱり本当なのですね」
調子にのって少しかっこつけたら、純粋な尊敬のまなざしを向けられた。
この子、素直すぎて調子にのっちゃいけないな。
「いや、でもちょっと小さい火をつけただけだから、戦闘に使うとかは、まだまだ全然だろ」
「この調子なら、すぐですよ。もっと大きい火を起こしたり、武器の代わりに使ったりするんです」
「例えば、相手に直接火をつけたりもできるのか?今フィルから火が出るところを想像したりしたら、フィルから火が出るとか?」
「怖い発想しないでください……。でも、それは無理です。魔術は想像の力なので、意志を持った相手に直接使うのは、干渉を起こしちゃうんです」
「じゃあ、寝ているフィルにつけるなら?」
「なんで僕にそんなに火をつけようとするんですか!寝てても無理ですよ!」
ちょっといじるのも楽しくなってきた。
「例えば、戦闘で使うとしたら、僕の場合は剣を使うので、剣に火をまとわせて使ったりします」
おぉ、魔法剣か、かっこいい。
フィルが実演してくれるのか、傍らに立てかけてあった剣を取って戻ってくる。
剣と触媒を同時に持つのはどうするんだろうと思ったが、剣の柄に触媒をはめ込めるようにしてあるようだ。
剣を構えると、前を見たまま、真剣なまなざしになった。何かをイメージしているのだろう。
「はぁ!」
という掛け声とともに、剣の周りに炎がまとわりつき、そのまま剣を数回振るった。
剣が通った後に炎が散る。いや、剣を振る速度が速すぎてそっちの方が魔法みたいなんだが。
「こんな感じです。頭の中では、剣が炎をまとって、それで敵を切り裂くようなのを思い浮かべてます」
「なるほど。俺の場合、剣はできないから、魔術だけで攻撃しようとすると、矢のように飛ばすとか?」
「いいと思います。炎が矢の形で飛んでいくようなイメージでしょうね」
フィルには伝わるように矢といったが、俺の頭の中にあったのは銃だ。
「早速やってみましょう。僕に向けて炎の矢を放つ感じで」
「え、大丈夫なの?」
フィルに向けて当てたら危ないんじゃと思って聞くと、フィルは置いてあった水が入った桶を手に持ったまま、
「はい、大丈夫です」
と答えた。
本当に大丈夫なの?主に俺が。
そこからは、炎が銃弾のように小さい玉になり、銃を撃つと同時に相手に飛んでいくイメージを何度も繰り返した。
何度か目の前に小さい火の玉が浮かんだあと、やっと火の玉がフィルの方にゆっくり飛んだ。
「成功ですよ、ラクトさん!一日で魔術がこんなに使えるようになるなんて」
と言いながら、手に持った桶でフィルへ飛ぶ火の玉に水をぶっかけた。
俺の正面に立ちながら。
「さっきはともかく、今回は楽しんでない?」
また頭から水をかぶった俺が、フィルを横目で見る。
「え? そんなことないですよ。ちゃんと消さないと危ないですから」
と言いながら、ちょっと笑ってる。
コイツ、素直でいい子だけど意外と悪戯好きかもしれん。
「しかし、何だかずいぶんと疲れたな」
「魔術は体力を消耗しますから。これだけやったら、相当疲れたと思います。戦闘だと、魔術は強力ですが考えなしに使ってしまうと、逆に動けなくなっちゃうから難しいんです」
なるほど、魔法もHPを消費する系か。俺のゲーム脳なら一瞬で理解できた。
「それで、できるだけ最小限の魔術で済むように、繰り返し同じイメージで練習しておくことの方が多いです。無駄がなくできた方が、消耗も少ないですし、すぐに魔術が使えます」
「なるほどな」
そこでふと、クレール公が何か唱えながら魔術を使っていたのを思い出した。
「クレール公は呪文を唱えながら何か使っていたけど、あれは?」
「それも、自分の得意な魔術を使いやすくするためでしょうね。呪文を唱えながら頭に思い浮かべる練習を繰り返すことで、イメージしやすくなるので、よく使われる方法の一つです」
呪文もありか。もしかして何かかっこいい詠唱もできるのかも?ちょっと心がくすぐられる。
「何かおもしろそうなことやってるじゃない」
後ろから近づく足音とともに声がする。
振り向くと、フィアがこちらに歩いてきていた。
「あ、姉さん、今ラクトさんに魔術を教えてたんだ。すごいんだよ。一日で魔術ができるようになっちゃった」
とフィルが言うと、フィアが珍しく感心したような顔を俺に向ける。
「へぇ、すごいじゃない」
しかし、その後、何か思いついたような笑みに変わる。
「ちょっと面白そうじゃない。次はあたしが教えてあげる」
まずい。もうこれは、嫌な予感しかしない。




