思念記録 十五 その2
工場の中は、淡く、赤い光に満ちていた。
完成した触媒がもたらす光だ。
鉱石の段階では光ることはないが、二十日ほどかかる加工の過程で、徐々に光を放つようになる。
ダリオは、完成した触媒が積み上げられていくにつれ、工場が少しずつ明るくなっていくのが昔から好きだった。
工場が明るくなるにつれて、村も明るくなっていく。村の価値が、少しずつ積み上がっていく、そんな感じがした。
これから街に運ぶところだったのだろう。触媒は、荷台にすぐにでも積み込めるように木箱に入れられ、箱の隙間から光を放っていた。
ダリオは、一番端にあった、ふたが閉じられていない箱から、触媒を一つ取り出した。
少し細長く伸ばした玉のような形で、指よりは太いが、手のひらには収まるくらいの大きさ。
片手で包み込むと、なめらかな表面の感触が懐かしかった。
この村の子供は、できた触媒をこっそりと持ち出して、誰が聞き出してきたか分からない魔術の練習をして遊ぶものだった。
しばらく遊んでいると、貴重な商品で遊ぶなと叱られたが、今思うと、少し黙認した後に叱られていたのだろう。
都合よく子供の手が届くところに、少し小さく、出来の悪い触媒がたまたま落ちていて、しばらく遊んだ頃に叱られた。
ダリオは、その頃のことを思い出しながら、工場の外に出て、炎の玉を頭に思い浮かべた。
目の前に、炎の玉が浮かぶところを、強く強く思い浮かべる。
手の中の触媒の光が一瞬強くなり、目の前に炎の玉が出現した。
あの頃にやった魔術より、ずっとうまくいった。
出荷用のきれいな触媒を使い、誰の目も気にせず、集中してできたからだろう。
しかし、あの頃に見た小さい火の玉よりも、色はくすんでいるように感じた。
炎の玉を、しばらく眺めていると、ガサガサ、と音が聞こえた。
そちらを見ると、二本足で、鋭い牙と長い尻尾を持つ魔獣が二匹、遠くから様子をうかがっていた。
光に誘われてきたが、炎を見て近くに来るのは躊躇しているようだ。
ちょうどいい、村の触媒の力を魔獣共に見せつけてやろう。
そう思い、ダリオは短剣を片手に、もう片手に触媒を持ちながら魔獣に向かって歩き出した。
ダリオが離れると、先ほどの炎の玉はそのまま小さくなり、音もなく消え去った。
炎がなくなったことを見た魔獣は、ダリオの方を向きなおす。
ダリオは、また強く強く思い浮かべた。
ダリオと魔獣の間に、吹き上がるように炎が一気に燃え上がってくるところを。
魔獣が、ダリオの方に駆けてくる音が聞こえた。
それでも、目の前に炎が浮かぶところを、強く強く思い続ける。
触媒が強い光を放った後、ボワッと音を立てながら突然何もないところから炎が吹き上がった。
ダリオに向けて突進していた魔獣は、突然現れた炎をよけようとしたが、勢いがついていて止まらない。
二匹とも、思い切り炎の中に突っ込んだ。
「ギィィィィィィ!」
魔獣が炎に焼けて苦しむ叫び声が聞こえる。
のたうち回る魔獣の一匹に近寄り、ダリオは短剣を振り下ろす。
炎から逃げることしかできていなかった魔獣はまともに短剣が突き刺さり、そのまま地面に倒れた。
それを見たもう一匹の魔獣が炎でのたうち回りながらもダリオの方に突進してくる。
「ぐっ……!」
とっさに後ろに避けたが、魔獣の頭がダリオに当たる。
軽く吹っ飛ばされ、家の間の道を転がる。
炎に照らされた魔獣が、よろめきながらもまたこちらに向かって来ようとしている。
ダリオは、吹き上がっている炎が、魔獣を追うように自分の方向へ向かってくるところを、強く思い浮かべる。
手の中の触媒が、光を放つと、パキッと音を立てて細かく崩れ去った。
それと同時に、ダリオの方に炎が迫ってくる。
ダリオは、体を伏せ、炎をやり過ごす。
「ガァァァァ!」
ダリオに迫っていた魔獣は、後ろから炎で焼かれ、また悲鳴を上げる。
炎の元を絶とうと、後ろを振り返って何とか逃れようとのたうち回る。
ダリオは、横に転がって炎から離れ、そのまま短剣を構えて魔獣に突き刺した。
魔獣は、ダリオの刺す勢いに軽く飛ばされるようにふらつき、そのまま倒れて動かなくなった。
「はぁ、はぁ……。見たか」
炎が消え、何の物音もしなくなった夜の村で、ダリオは一人つぶやいた。
魔術をこんなに使ったのは初めてだ。
ひどく消耗したし、魔獣にやられた体も痛む。
持ってきた薬を飲み、ダリオの家に向かった。
家の中も、家を出たときのままのようだった。
またこの家で寝て、朝起きたら元の生活が始まるかのように、あの時のままだった。
少し埃っぽい家の中で、ダリオは以前のように眠った。
朝起きても、やはり人気はなく、村は空っぽのままだった。
家を出ると、村の近くの山が、記憶と全く同じ姿で、悠然と構えている。
何も変わらないのに、村の中身だけがなくなってしまったようだった。
触媒を運ぼう。
ダリオは、工場に行き、置いてあった荷台に、触媒の入った木箱を積んだ。
一度で全て運ぶのは無理だったので、一部だけを積み、村を出た。
村に帰った時とは違い、街へ行く道中では魔獣にも何度か遭遇したが、狩場で出会ったのと同じ、小型の魔獣だけだった。
村の触媒を使って魔術を使って乗り切った。
街に着き、触媒を届けると、シャンベル様自ら出迎えてくださった。
「あの村は、君の出身の村だそうだな。いつも、触媒には助けられている。今回も危ないところをすまなかった」
「ありがとうございます。まだ村には触媒が残っておりますが、必要でしょうか」
「……それは、確かに多いに越したことはないが、無理をする必要はない」
村に残した触媒が、まだ必要とされている。
シャンベル様は無理をするなと言ったが、ダリオは、次の日の朝にすぐまた村へ帰る旅を始めた。
村の触媒の力に助けられ、途中の魔獣を退治しながら、もう一度村に帰り、家で一泊して、触媒を運んだ。
鉱石の段階では大量だが、触媒に加工してしまえば驚くほど小さくなる。
ダリオが二回目に荷台に積んだ時には、もう工場に積んであったほとんどの触媒は荷台に積まれていた。
また村を出て、街へ向かうと、シャンベル様が出迎えて、お言葉をかけてくださった。
しばらくはゆっくり休むようにと言われ、ダリオは街の仮宿に向かった。




