表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
24/60

思念記録 十五

 何故俺だけ、生き残ってしまったんだ。


 農作業の手を止めた途端、いつもの考えがダリオにまとわりついた。

 考えないために、朝からずっと体を動かしていた。


 何やら最近、魔獣に遭遇する事故が多い。それだけのはずだった。

 念のため、状況を報告に行ってくれないか、そう頼まれて、村を出た。

 それ以来、一度も村に戻ったことはない。

 一度も、村の人を見たこともない。


 とにかく、何かしていたかった。

 引き受けた内職の材料を受け取り、家に帰る。

 この街に来た当初は宿に案内されていたが、長くなるにつれて、場所を何度も移された。

 移るたびにどんどん狭い部屋になり、今は建て増しされ壁に仕切られた狭い部屋だ。

 街に逃げてきた人が日に日に増えていったからだろう。ダリオの知っている顔は、一人も増えなかったけれど。


 人は増えていた。

 それなのに、街は日に日に暗く、がらんとしていった。

 けれど最近になって、少しずつ賑わいを取り戻し始めている。

 何でも、隣街との交易で食料が手に入るようになったらしい。

 ダリオの周りでは、考えずに済む仕事が増えたくらいで、何も変わらなかった。


 魔獣退治の話を聞き、いつも引き受ける仕事と同じ感覚で、志願した。

 これに関しては何も音沙汰もない、そう思っていたところに、呼び出しがかかった。


 シャンベル様の館に行くと、身ぎれいなお嬢様が依頼の説明をしてくれた。

 きっと騎士家の方だろう。

 ダリオの村を治める騎士様にも同じくらいの年のお子様がいた。

 以前話した時、街にも、同い年の騎士の子がいる、と話していたのを思い出す。

 きっとその子だろう。

 そのことを思い出しながら、ぼーっと話を聞いていると、話の中に出てきた言葉で急にダリオの頭が覚醒した。


 火の魔術の触媒。領内でも街から離れた村でしか取れず、今は手に入らない。

 ダリオの村の特産品だ。

 ダリオが村を出る前、鉱山から取った素材を使える形に加工しているところだったはずだ。

 普通の村では収穫祭をする代わりに、ダリオの村では触媒の完成を村全体で祝う。それが間近に迫っていた。


 街を救うために、あの触媒が求められている。

 なくなったと思っていた故郷に、まだ求められるものが残っている。

 あの村を覚えているのは、自分だけだ。

 あの村のどこで触媒を加工して、どこに保存していたのか、ダリオは全て知っている。

 これを街に届けるために、俺は生き残ったんだ。これをやるのは、俺しかいない。

 そう思った瞬間、ダリオは初めて顔を上げた。


 不思議と体が軽い。

 今なら、いくらでも動いていられそうだ。

 そのまま、狩場へ向かった。

 魔獣に出会っても、初めての魔獣との戦いの恐怖は何もなかった。

 その状態のダリオにとって、狩場での狩りは一種の作業のようだった。

 魔獣の死骸を集め、シャンベル硬貨に替え、村へ旅するための装備と回復薬を買い揃える。

 途中、何度か怪我をしたが、薬を使えば魔法のように次の日には治っていた。

 準備には思ったよりも時間はかかったが、着実に前に進んでいるような楽しさを感じた。


 回復薬が五本集まった時点で、ダリオは十分と判断し、村へ向けて出発した。

 故郷の村は、街の南西にある。

 一番近い道は、街の南の街道を通る道だが、その道は魔獣が多い森に近く、危険らしい。

 ダリオが以前村を離れたときは、他の村にも状況を伝えるために西回りの街道を通っていた。 


 報告のためにと、たまたま遠回りをしたから、自分だけ助かったのか。

 一人だけ生き残ってしまった理由は分かったが、それで気が晴れるわけでもない。

 今は、村に残された触媒だ。ダリオは街を西に向けて出発した。


 赤みを帯びた黄金色の穂がほとんど刈り取られた農地を抜けて、街道を進む。

 しばらく進むと、街の西にある村、ダリオの村から見て北の村に着いた。

 村には、ダリオが以前に見たときの面影はほとんど残っていなかった。

 家の多くは柱から折られて倒れており、中身を吐き出すようにして横たわっていた。

 たまたま残っていた家を見ると、一つは建てられたばかりのようなのにぽっかりと穴が開いていて、それが余計に物悲しさを誘った。


 ダリオは、村の中心にある騎士家の家の前に来た。

 故郷の村から、報告に寄った家だ。

 その時はきれいな柵に囲まれ、装飾のある門が威厳を示していた。

 報告を受けた騎士様は、悠長に、どこか遠い世界の話を聞くように、魔獣の事故が増えているのは気になるな、シャンベル様にも報告したまえ。と言っていた。


 今はその余裕は見る影もない。

 今は柵の大半はひしゃげて穴が開いており、それなのに中央に門だけが立ち続けていた。


 門の中にある家も崩れていたが、家の前に騎士家の紋章が描かれた旗が刺さっており、最後の矜持を示すようだった。

 ダリオが街に来てしばらくしてから、この家の葬式があった。それでも、住民の多くは街に避難できたようだ。

 村がこれだけのことがあっても、確かに最後の矜持は示したらしい。


 この村がこの分だと、ダリオの村も荒れ果てているかもしれない。

 触媒も、そのまま残っているだろうか。

 不安になり、足を急いだ。


 不思議と、道中は魔獣に出会わなかった。

 管理して魔獣が少ないと言っていた狩場の方が、魔獣が多かったんじゃないかと思うくらいだ。


 一日でつけるかどうか不安だったが、まだ完全に陽が落ちる前に村に着いた。

 ダリオが村に着くと、さっきの村とは異なり、ダリオが村を出たときのままの様子で家が全て残っていた。


 もしかして、単にこの村には情報が伝わっていなかっただけなんじゃないか。

 皆は今でも、普通に暮らしているんじゃないか。

 村に帰ったら、お前はこんなに長く、何をやっていたんだ、と怒鳴りつけられるんじゃないか。


 ダリオは、急いで村に入ったが、人気を感じない。

 目についた一番近くの家の扉を開ける。

 真っ暗で、何も見えず、人気が全くない。何かが腐ったような臭いがする。


「おい! 誰か! 誰かいないのか!」

 その家から出て、隣の家の扉を開け、また隣の家の扉を開け、それを何度も何度も繰り返した。

 ダリオがどの扉を開けても、急に人の家の扉を開けるなと怒る声も、何事だと訝しげな声も、何も聞こえない。

 どの家も、真っ暗で、誰もいなかった。


 やっぱりもう、誰もいないのか。

 どうして。またあの考えがまとわりつく。

 さっきの村のように、荒れ果てていないということは、村が襲われたわけではない。

 皆は、この村から逃げたはずだ。

 ダリオがここまで来るのに、一回も魔獣に出会わなかった。

 村の人も、北の道から逃げたら、全員とは言わない、半分、いや一人くらいは助かったんじゃないのか。

 何故俺だけ……


 いつもの考えがまとわりついてきた時に、ふといつもと違う考えも紛れ込んだ。

 そうだ、触媒。


 ダリオは、村の触媒加工の工場に向かった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ