第十五話 正面突破
バン、と扉を蹴る音がした。
直後、シュル、とフィアが短剣を抜く音がする。
「何者だ!」
クレール公の怒鳴り声。
続いて、ギン、と金属同士がぶつかり合う音が響いた。
やっぱり、思いっ切り戦闘になってるじゃねーか!
でも、もうこうなってしまったら、フィアに勝ってもらうしかない。
本来の手はずでは、フィアが先に部屋へ入り、クレール公を取り押さえる。
そのあと、俺が悠然と姿を現す。
突然部屋に現れた、得体の知れない異世界人。
そう見せるための作戦だった。
だから俺は、扉の陰から少しずつ部屋に入り、壁際でできるだけ気配を殺した。
今飛び出したところで、俺にできることは何もない。
下手に動けば、フィアの邪魔になるだけだ。
「ラガルド家の娘か……!夜這いにしてはずいぶんと手荒だな」
剣を打ち合って離れた合間に、クレール公が余裕を見せる。
「っ……!いつまでそんな減らず口を叩けるかしらね!」
そう言って、フィアが一気に踏み込んだ。
まずい、挑発に乗せられてないか?
そう思った瞬間、フィアはクレール公の間合いに入る直前で横に跳んだ。
視界から、姿が消える。
ガキン、と音がした方を見ると、いつの間にか斜め後ろに回り込んだフィアの短剣と、クレール公の剣が再び交わっていた。
その後も、フィアは横に回り、身を沈め、方向を変えながら素早く攻め続ける。
速度はフィアが上だ。
押しているように見える。
だが、決定打が入らない。
クレール公はフィアの動きに振り回されながらも、要所だけは確実に剣で受けていた。
タン、と床を蹴り、フィアが上へ跳んだ。
その勢いのまま、短剣を振り下ろす。
クレール公は剣で受け止めた。
一瞬、フィアの体が宙で止まったように見えた。
次の瞬間、クレール公がそのまま剣を振り上げる。
「うっ……!」
フィアの体が弾き飛ばされた。
窓際で戦っていたはずのフィアが、一気に部屋の中央付近まで転がる。
短剣を構えたまま、受け身を取りきれずに床に落ちた。
速度では勝っていても、力では相手の方が上だ。
クレール公が距離を取ったまま、何かをつぶやいた。
剣を片手に持ち替え、空いた手をフィアへ向ける。
何をしているのか、一瞬分からなかった。
次の瞬間、フィアの頭上に、つららのように鋭い氷が数本現れた。
魔法!?
驚く間もなく、氷が勢いよく降り注ぐ。
「あぁっ!」
フィアは転がって避けた。
だが、完全には避けきれなかったらしい。
氷がフィアの肩口と脇腹をかすめ、赤い血が散った。
クレール公はすかさず追撃しようと、距離を詰める。
まずい。
このままじゃ、やられる。
俺は何かないかとあたりを見回した。
天井近くには、鎖で吊られた燭台が揺れている。
その下の壁際には、花瓶が置かれた小さな台があった。
考えるより先に、体が動いた。
俺は近くにあった花瓶をつかみ、フィアとは反対側の壁に向かって投げつける。
ガシャン!
勢いよく音を立てて、花瓶が割れた。
一瞬、クレール公の視線がフィアから離れる。
その隙に、フィアが投げナイフを抜いた。
床すれすれの低い位置から、目の前に迫っていたクレール公へ投げつける。
いけるか。
そう思ったが、クレール公は即座に顔をそらした。
ナイフが頬の横を抜けていく。
もう一本、投げナイフが飛ぶ。
それも、首をひねるだけでかわされた。
「何か小細工をしたようだが、残念だったな」
クレール公が笑う。
クレール公が剣を振り上げる。
フィアへ、突き立てようとする。
その瞬間だった。
ガッシャーン!
先ほどの花瓶よりも大きな音を立てて、天井近くから燭台が落ちてきた。
落ちてきた燭台が、クレール公の頭に直撃する。
「ぐっ……!」
クレール公の体がよろめいた。
俺はそこで、ようやく気づいた。
フィアの投げナイフは、クレール公を外したんじゃない。
クレール公に避けさせたうえで、その後ろにある燭台の鎖を狙っていたのだ。
俺の花瓶は、ただの目くらまし。
その目くらましを、本命の一手に変えたのはフィアだった。
クレール公はよろめきながらも、振り下ろしかけた剣を止めない。
ガリッ、と床を削る音がした。
だが、フィアには当たっていない。
「残念だったわね」
フィアの声がした。
いつの間にか、彼女はクレール公の懐に潜り込んでいた。
その短剣が、クレール公の首元にぴたりと当てられる。
「小細工は、まだ終わってなかったの」
クレール公は、しばらく動かなかった。
やがて、ゆっくりと両手を上げる。
剣が、床に落ちた。
「……降参だ」
よし、やっと手はず通りになった。
ここからが、俺の出番だ。
「やれやれ。一人でやれるって言うから任せてやったのに、結局俺の手を煩わせやがって」
俺は、不敵に、仰々しく声を上げた。
フィアが、クレール公の首に短剣を当てたまま体をずらし、俺の方を向かせる。
「貴様……!どうしてここに」
暗闇の中、戦いに集中していたクレール公は、俺の存在に気づいていなかったらしい。
驚愕の表情で俺を見る。
「フィアがここにいる時点で察しろよ。言っただろ、俺は異世界から転移してきたんだ。同じ世界の中で転移するくらい、わけはない」
今度は完全に俺が優勢な状況だ。
余裕を持って嘘をつく。
「くそ……。嘘ではなかったのか」
「俺の話の一部が嘘だったからといって、全部が嘘とは限らないだろう?ノイから情報を取って、いろいろバレたようだからな。もう一度話し合いに来てやったってわけさ」
「なぜそれを!」
「俺の術式を甘く見ないことだ」
この状況なら、俺の力が嘘だとは思わないだろう。
「確かに前回は嘘をついた。だが、ついた嘘は一つだけだ。本当はシャンベルの連中とは仲良くやっている。お前と違って、人殺しの趣味はない」
向こうがやったこともバレている。
改めてそう教えてやると、クレール公の目が見開かれた。
「何が目的だ。私を殺すつもりか」
「話し合いに来たと言っただろ? 俺はお前とも仲良くやりたいだけさ。俺の要求を聞けば、殺しはしない」
「こちらに選択権はないな。それが話し合いか?」
「ああ。俺の話し合いのやり方だ」
「要求を言え」
「一つ、シャンベル領を攻めるな。二つ、交易路は開拓してやった。そちらからも人を出して、交易量を増やせ」
「……ずいぶんと一方的だな」
クレール公は、こんな状況でも笑おうとした。
だが、フィアの短剣が首筋に少し食い込むと、その笑みはすぐに消える。
「勘違いするなよ。俺はお願いしてるんじゃない。命令してるんだ」
「……分かった」
「言う通りにしていれば、シャンベルではお前を正式なクレール公として扱う。俺はお前と違って人殺しの趣味はないが、お前と同じで嘘つきだからな。悪い話じゃないだろう?」
「ああ……そうだな」
「よし、話し合いは終わりだ」
俺はクレール公を見下ろしたまま、声を低くする。
「殺しの趣味はない。だが、今後、お前が約束を破ったと俺がみなしたら、次は話し合いの機会はないかもしれない」
そう言い残して、俺は踵を返し、部屋を出る。
クレール公に戦意がないのを確認した後、フィアも短剣を離して俺についてきた。
扉を閉める。
ここからは、転移したように見せかけるために、またこっそりと館を出る必要がある。
……さっきまでの威厳はどこへ行ったんだろうな。
そんなことを考えながら館を抜け出すと、隣を歩くフィアの息が荒いことに気づいた。
「おい、大丈夫か?」
見ると、さっき氷でやられた肩口と脇腹から、血が滴っていた。
「はぁ、はぁ……平気よ。これくらい」
フィアはそう言いながらも、軽くふらついている。
どう考えても平気ではない。
「おい、それで平気なわけないだろ。俺につかまれ」
「そんなの、絶対に、嫌よ」
こんな時まで意地を張ってやがる。
しかし、本当に限界だったのだろう。
フィアは伸ばした手を、肩を貸すつもりだった俺の肩ではなく、俺の背中に回した。
覆いかぶさるように、体重がかかる。
「おい、フィア」
「……少しだけ。支えなさい」
これは相当だぞ。
俺は急いでフィアを背負い、ノイの待つ家に戻った。
家に戻ると、ノイが血を流すフィアを見て顔色を変え、急いで薬を持ってきてくれた。
傷が深かったため、薬を二本飲ませ、フィアを寝かせた。
翌日。
起きてきたフィアは、
「最悪……一生の不覚よ」
と、辛そうに言った。
昨日の傷が痛むのかと思っていたら、
「途中で歩けなくなって、あんたに背負われるなんて……」
と続けた。
そっちかよ。
どれだけ嫌だったんだよ。
しかし、その後。
不満そうにしていたフィアが、少し照れ臭そうに目をそらし、微かに笑った。
「でも、昨日は助かったわ。ありがと」




