第十四話 天国と地獄の狭間
この作戦……想像以上に危険だった……!
俺の作戦には、重大な見落としがあった。
普通の荷物も載せておかないと、積み荷の交換で作戦がバレる。
その結果、荷台の中で、俺とフィアは干し肉や布袋の隙間に無理やり体を押し込むことになった。
俺の目の前には、薄暗い中でもフィアの顔が見える。
体を少し浮かせ、間には魔獣の皮を挟んでいる。
それでも、フィアの体は俺のすぐ上にあった。
ガタッ。
荷台が石か何かを踏んだ弾みに、少し跳ねた。
「ちょっと! 何触ってるのよ!」
その弾みで、フィアの体に少し触れてしまった。
「いやいや! 今のは動いちゃうの仕方ないじゃん!」
「それでもダメ」
んな無茶な……。
それでも、今度は本当に何をされるか分からない。
俺は何とか動かないように、全身に力を入れた。
ただでさえ狭い荷台で痛くなっていた体が、さらに痛くなる。
異世界で女の子と二人きり。
しかも、かなり近い。
状況だけ考えれば、完全に異世界もの主人公の役得シーンだ。
でも、これ以上役得が発生するようなことがあったら、俺の命はないかもしれない。
天国と地獄は紙一重。
絶対に使わないと思っていた言葉が、頭をよぎった。
しばらく天国と地獄の狭間をさまよっていると、荷台が止まった。
「ん? ああ、君か。今日も来たのか」
「はい。少しでも荷を多く運びたくて」
話し声がし、門が開く音がする。
門の前に着いたようだ。
「それじゃ、いつも通り武器を」
「はい、お願いします」
「しかし、今日はいつにも増して荷が多いな」
その声に反応して、俺の体にフィアの手が触れた。
そちらに目を向けると、その手は短剣へ伸びている。
フィアが、静かに短剣を抜こうとしていた。
ダメだ。
こらえろ!
心の中で叫び、俺はとっさにフィアの腕ごと体を押さえた。
「っ……!」
押さえられたフィアが、軽く息を詰まらせてこちらを見る。
俺は顔を横に振りながら、だめだ、と声に出さずに口だけ動かした。
フィアは俺の意図を察したらしく、短剣を抜く手を止めた。
「はい! この前持って帰った物で街の人にすごく喜ばれて、嬉しくなっていつもよりたくさん積んでしまいました!」
ノイが、驚くほど自然に嬉しそうな声で応答している。
「そうか。精が出るな。こちらも助かってるよ」
門番の声とともに、足音が遠ざかる。
どうやら、荷を調べられずに済んだようだ。
また荷台がゴトゴトと進み始めた。
「助かった……」
俺が小声で言うと、
「いい加減、離しなさい」
険しい声が返ってきた。
ん?
ふと気づくと、何やら体に柔らかい感触が……。
とっさに押さえたせいで、俺はフィアを抱き止めるような形になっていた。
「うわ!」
俺は慌てて離す。
「さっき言ったこと、忘れてないわよね?」
ゆっくりと、険しい声が聞こえてきた。
終わった。
敵に見つかった方が、まだマシだったかもしれない。
ノイがいつも泊まっている家に着くと、俺たちは急いで、使っていない部屋に隠れた。
今回は、荷台とは違って広くて助かった。
この後は深夜までここに潜み、クレール公の館に忍び込む予定だ。
俺を殺さないでいてくれたフィアと、作戦会議をする。
「ノイの思念で他の騎士が出てこなかったから大丈夫だろうって読みだけど、本当に行ったら騎士に囲まれたりしないかな」
不安を口にすると、フィアは呆れたようにため息をついた。
「あんたが言い出しておいて、何弱気になってるのよ」
「それはそうだけど、あの日にたまたま騎士がいなかっただけかもしれないし」
「これに関しては大丈夫だと思うわ。考えてみて。現クレール公は、元領主を殺して今の地位にいる。街の外からは誰も来ていないと思っている。じゃあ一番怖いのは誰?」
「この街にいる、他の騎士ってわけか。確かにそれなら、下手に騎士を集めて裏切りを画策される方を恐れるか」
「それに、もう一つ理由があるわ」
「何だ?」
「現クレール公は、元々かなり実力のある騎士よ。自分の腕が、一番の守りってわけ」
それを聞いて、安心しかかった俺がまた不安になる。
「おい、それじゃこの作戦、かなりまずいんじゃ」
「平気よ。こっちも、フィルの代わりに来た理由がもう一つあるわ」
「それは?」
「大型魔獣相手ではフィルに抜かれちゃったけど、対人ならまだまだあたしの方が上よ」
そう言って、フィアは笑みを浮かべた。
頼もしすぎる。
というか、もしかしてこいつ、なんかちょっと楽しみにしてないか?
夜更け。
俺とフィアは、音を立てないようにひっそりと家を抜け出し、中心にあるクレール公の館へ向かった。
周囲に灯りはなく、街は寝静まっているようだ。
節約のためか、それとも夜に集まって何か企てられるのを防ぐために、夜の行動が禁じられているのか。
館の敷地に入ると、フィアは庭に生えていた木に登り、クレール公の寝室を探した。
俺はそんな芸当はできないので、情けなく木の後ろに隠れて待つ。
スタッ、と木から降りる音がして、フィアが近づいてくる。
「見つけたわ。二階の一番奥の部屋ね」
うなずき、庭を通って、その部屋の隣の一階部分へ向かう。
隣の部屋の二階によじ登って忍び込み、そこから回ってクレール公の部屋に行く作戦だ。
作戦は分かった。
でも、どうやって。
そう思っていると、フィアがそのままジャンプしてバルコニーの柵をつかみ、ひょいと上に上がった。
いや、そんなの無理だって。
上に行ったフィアに、無理無理、と仕草で伝える。
するとフィアは呆れたような仕草をし、また柵をまたいでこちら側に来ると、手で柵をつかんだまま、ぶら下がるように足を下ろしてきた。
どうやら、つかまれ、ということらしい。
俺のことを吊るしながら腕の力でよじ登るって、さすがに無理じゃないか。
そう思いながらつかまると、意外とすんなり上に上がった。
嘘だろ。
体力化け物恐るべし。
さっき荷台で妙に柔らかかった体のどこに、こんな力があるっていうんだ。
いや、今のは忘れろ。
せっかく助かった命を無駄にしてどうする。
俺とフィアは隣の部屋から館に入った。
そこは誰も使っていない部屋のようだった。
部屋を出て、クレール公の部屋の扉の前に立つ。
フィアが先に入ってクレール公を取り押さえる。
その間に俺が入り、取り押さえられたクレール公に対して、俺が転移で現れたと宣言して力を見せる。
そういう作戦だ。
どうやって入れば、一番バレずにクレール公を取り押さえられるだろうか。
そんなことを考えていると、フィアが思い切り扉を蹴り開いた。
え、正面突破!?
完全に戦う気満々じゃねーか!




