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第十三話 潜伏作戦

 イネスの思念を読んだ後、フィアが、回復薬を落としたと言ってきた。


 俺も、アリシアも、ベルナールさんも、貴重な薬を落とすなんて何を考えているんだと、表面的には怒った。

 でも、誰も本気で怒っているようには見えなかった。


 フィアがどこで薬を落としたのかは、聞かなくても分かっていたからだ。


 ノイのおかげで、交易はできるようになった。

 薬の素材も、術式の触媒に使う素材も、少しずつだが手に入るようになる。

 薬が作れるようになれば、やっと状況は改善に向かうはずだった。


 思念記録の術式には制約がある。


 触媒は残り少なく、術式をかけている間は他の人に使えない。

 そんな制約もあり、交易路の開拓に成功した後、ノイの術式は解除した。


 ただ、アリシアの術式は、電気のスイッチのように、切ったらすぐ途切れるものではないらしい。

 しばらくは余韻のように残る。

 今回は、それのおかげで助かった。


 前にクレール公の前で見せた俺の芝居は、やはり完全には信じられていなかったようだ。

 ガルスの時のように殺す前提ではないことを、上手く利用された。

 クレール公はやり方を変え、ノイから情報を取ったのだ。


 ノイにすべてを話すわけにもいかないし、一人で演技して相手を騙せと言っても無茶な話だ。

 ノイは悪くない。

 俺の策の穴を、相手に突かれた。


 ベルナールさんと話すと、もしかしたら戦になるかもしれないから準備を進めると言っていた。


 騎士同士の戦いに、俺の出る幕はない。

 俺たちは、いつもの四人で、戦を避ける方法はないか話すことになっていた。


 コンコンとノックをすると、どうぞ、とアリシアの声がした。

 けれど、扉を開けたのはフィルだった。


 二人は先に来ていたようだ。

 俺の部屋では四人で話すには狭いので、アリシアの部屋に集まることになっていた。



 女の子の部屋に行く、ということでちょっとドキドキしていたが、入ってみると想像していたものとは全然違った。

 幕の閉じられた天蓋付きベッドに、書き物や術式をする机、来客と会うためのテーブルと椅子。

 かなり実務的というか、歴史的というか、全然かわいい感じはしなかった。


 よく考えると、アリシアは本物の貴族で、この部屋も使用人が整えているのだから当然か。


「ジロジロ見てないで、さっさと座りなさいよ」


 やばい。

 部屋を見ていたのがバレた。


 フィアに言われて、俺は急いで椅子に座った。


「それで、ラクト様。戦を避けるための策を思いついたと言っておりましたが……」


「ああ。要は、演技がバレて情報が漏れたことが問題なわけだろ。交易路は通ることができて、この街の騎士の数が残り少ないことも知られてしまった」


 そう言うと、三人ともうなずいた。


「向こうとしては、俺たちが弱いから、この街を攻めて、口封じをしたり乗っ取ったりしたいと考えるわけだ。だったら、この街が強いと思わせればいい」


「だから、それをどうやるのよ。騎士が少ないのは事実なのよ」


「前回ついた嘘のうち、俺が騎士を全員殺したというのは、嘘だとバレた。でも、俺の力は向こうには未知数なままだ」


「もう一度、隣街にラクト様が行き、交渉するということでしょうか。以前の嘘がバレた以上、それは難しいかと思いますが……」


「前と同じように言ったら、確かにそうだな。今回は、俺が謎の力で奴の前に突然現れ、話をする」


 三人の視線が、一斉に俺へ向いた。

 自分で言っていても、だいぶ怪しい。


「ラクトさん、異世界の力が使えるようになったんですか?」


 フィルが尊敬のまなざしで俺を見てくる。

 本当に素直な子だ。


「バカ、そんなわけないでしょ。そんなのあるなら、とっくに見せびらかしてるわよ」


 せっかくの尊敬を、フィアに一瞬で打ち消された。

 いや、確かにそうなんだけど。


「まあ……俺の力はないんだけど、あるように見せるって話だ。クレールの街に忍び込んで、突然奴の前に現れる」


「どうやって?」


「ノイの思念をよく読んでくれ。門番の警備が、おざなりになってるだろ。これなら、荷台に忍び込めば中に入れる」


 俺の言葉で、三人が机の上の思念記録を読み返す。


「確かに、荷台は調べられてはいないようですが……。危険です。もし途中で見つかったら、演技だけで乗り切るわけにはいかないでしょう」


 アリシアの声には、はっきりと心配が滲んでいた。


「そうだ。俺だけだとまったく戦力にならない! だから護衛として一人ついてきてほしい!」


「何堂々と言ってるのよ。誰を連れてく気?」


「フィルだ」


「えっ、僕ですか?」


 驚いたように声を出して、フィルは自分を指さしながらこちらを見てくる。


「ダメよ」


 横からフィアが鋭い声で遮ってきた。


「何でフィルなのよ」


「いやそりゃ、男の子だし、強いし、落ち着いてるし、俺の話を素直に聞いてくれるし」


「最後が一番本音でしょ!」


 そう突っ込まれて、俺は目をそらす。

 図星だけど、他も本当だし……。


「とにかくダメよ」


「それこそ何でだよ」


「フィルは、お父様が前の討伐で負傷して動けなくなった今、実質的なラガルド家の当主よ。ラガルド家は、シャンベル家に仕える騎士の筆頭。今この街で、ベルナール叔父様とアリシアの次に失ってはいけない駒だわ」


 こいつ、いつの間にか正論攻撃を覚えやがった……!


「それに、あんたとフィルを二人で行かせたら、また何されるか分からないでしょ」


「いや、それが本音だろ!」


 ツッコミはしたが、本音の前に正論攻撃をされたら反撃できない。


「じゃあ、誰と行けって言うんだよ」


 答えが分かっているような気がしたが、一応聞く。

 俺がよく知っている騎士は二人しかいなくて、フィルがダメなら……。


「あたしが行くわ」


 やっぱり。

 嫌な予感しかしないが、自分から言い出したなら大丈夫だろう。

 多分。


「ふふっ。ラクト様とフィアの二人なら、なんだか大丈夫な気がしてきました」


 まさかのアリシアから追加攻撃を食らった。


 そんなこんなで、荷台潜伏作戦が決定された。

 ……本当に大丈夫なのか、この組み合わせ。


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