思念記録 十一 その3
ノイは、この街が好きだった。特に、この街の日常が大好きだった。
毎日毎日、畑で作業をし、仲間たちと笑い合い、父さんと母さんと、ルッツとミナと一緒に、母さんが作ったご飯を食べる。
そんな退屈で、刺激のない日常が、たまらなく好きだった。
その日常を守るため、今日も荷を積んでいた。
荷を積むのも三回目になったが、なかなかこれは日常にはならなかった。
荷を積み終えると、家に寄り、母さんが作ったご飯を腹いっぱい食べ、余所行きのきれいな服と磨かれた短剣を身に着けて、街を出た。
「ノイ! 今出かけるところ?」
門を出てしばらくした後、後ろからフィア様に声をかけられた。
あれ以来、街の外でノイを見かけると声をかけてくださる。
「はい。そうです」
フィア様が少し小走りでノイに追いついてきて、自然と横に並ぶ。
「昨日、隣街からの品が届いたって聞いたのに、もう出かけるの?」
「少しでも多く運びたいので」
「この調子じゃ、街の肉が全部なくなっちゃうわね」
もしかして、街のためにと思っていたのに、かえって迷惑になっていただろうか。
「冗談よ。お願いして運んでもらってるのに、たくさん運んで悪いわけないじゃない。でも、あんまり無理しちゃダメよ」
そう言って、フィア様が軽く笑う。
少し歩くと、じゃ、フィルを待たせてるから、と言ってフィア様は先に走っていった。
フィア様が、あの時のように、普通の女の子のような顔を見せてくださることが増えた。
ちょっと緊張するが嬉しい、と思うと同時に、少し寂しかった。
街を出ると、村を抜け、川を下り、橋を渡って隣街へ向かった。
慣れたような、慣れないような、そんな道中だ。
「誰か!」
こう聞かれるのももう四度目だ。向こうも、慣れてきたのだろう。そう聞きながらこちらを見るとまだ答えていないのに、
「ああ、君か。この前来たばかりなのにご苦労なことだ」
と言われて門が開く。
門番は二人で交代しているらしく、もうどちらとも顔馴染みだ。
「君のおかげで、俺のところまで肉が回ってくるようになった。久々の肉は美味かったよ」
「こちらの街のお役にも立てているようで、嬉しいです」
そんな雑談をしながら、短剣を手渡し、もう形式的になった武器の確認をし、街に入った。
積み荷の交換をし、いつも泊まっている家で休んでいると、騎士様に声をかけられた。
何でも、この街の領主のクレール様が、食事に招待したいと言っているらしい。
恐れ多いし、緊張したが、断るわけにもいかない。
ノイは騎士様について、クレール様の館に向かった。
とても高い天井から吊り下げられた燭台。
後ろに控える、何人もの使用人。
ノイの家よりも広いかもしれない、細長い机。
目の前に並ぶ、見たこともない料理。
クレール様との食事の場は、この街に何度か来たノイも、見たことのないものばかりだった。
「突然呼び出してしまってすまないね。堅苦しい席ではないから、楽にしてくれたまえ」
そう言って、クレール様は髭のある顔に微笑みを浮かべた。
そう言われても、楽にできるものではない。
ノイは緊張で固まりながらも、何とか答えた。
「はい。ありがとうございます」
「最近は外から客人を迎える機会もなくてな。久々に外の話を聞かせてもらいたくなったのだ。食事をしながら、ゆっくり話せたらと思ってな」
なるほど。
ノイは、ただの交易商をなぜ食事に呼んだのか分からなかったが、それで納得した。
シャンベルの街でも、最近は外から人が来たという話は聞かない。
もし人が来たら、他所ではどうなっているのか、シャンベル様もお聞きになるだろう。
「シャンベル公はお元気かな? 何年か前にこちらへ来られた時以来、お会いしていなくてな」
「はい。この前、僕にもお会いしてくださいました」
「そうか、それは良かった」
そう言って、クレール様はにっこりと笑った。
「話を聞いてばかりでは、食事が進まないな。食べてくれ」
クレール様が先に料理に手をつけた後、勧めてくれたので、ノイも料理を口に運ぶ。
貴族の振る舞い方が全然分からず、クレール様の見よう見まねで、見たことのない道具を使い、見たことのない料理を食べた。
「ところで、この前、うちにそちらの若い騎士が訪ねてきてね。ラガルド家の者のようだったが、知っているかい?」
ラガルド家は、フィア様とフィル様の家の名前だ。
「はい。フィア様とフィル様です」
「若いのに、とても立派だったと思ってね」
「はい。お二人は僕と年も近くて、憧れの騎士様です」
「いやいや、君も若いのに、一人でここまで来るなんて立派だよ」
食事をしながら、和やかに会話が進む。
クレール様が、ノイが話しやすいように、頃合いを見計らって話してくださっている。
それに、騎士ですらないノイに対しても穏やかだ。
シャンベル様もそうだが、領主様は皆、とても優しい方ばかりだ。
「しかし、そんなに若い騎士が来るとなると、少し心配だ。他の騎士たちは無事なのか?」
「詳しくは分かりませんが……街で、何度も騎士様の葬儀がありました」
「そうか……」
クレール様が悲しげな顔を見せる。
「ところで、君はここに来るのにどのくらいかかるんだい?」
暗い話になってしまったところで、クレール様が話題を変えた。
「朝早くに出て、日が暮れるころに着きます」
「それは大変だ。隣街までは、そんなに離れていたかな」
「一番の近道が、魔獣が出て通れないので、遠回りしなくてはならないのです」
「そうか。今度からは、もっと精がつくものを出してやらんとな」
クレール様がそうおっしゃって微笑む。
「はい。ありがとうございます」
その後も、街の話や道中の話をして、食事は終わった。
とても緊張したが、こんな経験はめったにできることじゃない。
家に帰ったら自慢してやろう。
その後は、いつもの家に泊まり、積み荷を持ってシャンベルの街に帰り、家に戻った。




