第十二話 交易路
「だ・れ・が、フィルにやっていいって言ったのよ!」
俺の襟をつかむと、フィアが思い切り俺を投げ飛ばした。
「ふべはふぁ!」
情けない声を出しながら俺の体が宙に浮き、ゴロゴロ転がってやっと止まった。
最近世界に認知されるようになったらしい日本最強の謝罪、DOGEZAを決めたのだが、ここは異世界だった。
「いやほら、さすがに女の子を蹴るわけにはいかないじゃん!」
八割はフィアにやったらヤバいと思ったからだけど、残り二割はこれもあった、はずだ。
「こんな時だけ紳士面してんじゃないわよ!」
そう言ってもう一度投げられそうになったところで、
「姉さん、演技なのは分かってるから大丈夫だって」
とフィルが止めてくれた。
そして転がったままの俺の方をちらっと見ると、
「でも、ちょっと怖かったけど」
と付け足した。
俺は心に追加ダメージを受け、そのままドサッと倒れ込んだ。
「ほら、さっさと報告に行くわよ」
倒れたままの俺に、フィアが声をかけてきた。
どうやら、本当に俺を殺すつもりはないらしい。助かった。
シャンベル家の館の前でこの一顛末を経た後、俺たちはアリシアに報告へ向かった。
アリシアは俺たちを見るなり、無事でよかったと呟き、ほっとして脱力したようだった。
その後、微笑んで俺たちを迎え入れてくれた。
ずっと心配してくれていたのだろう。
交渉の結果を報告すると、やはり相手の反応に少し引っ掛かりながらも、ひとまず交易ができるようになったのは成功、という結論になった。
何か裏があるのかもしれないが、とりあえずはお互いに利害が一致したならそれでいい。
次のことは後で話しましょう、今はゆっくり休んで、とアリシアに言われたので、お言葉に甘えて部屋に戻ってきた。
休もうと横になったが、どうしても今後のことを考えてしまう。
貴重な戦力であるフィアとフィルを俺の作戦に回しているのもあり、街の状況は悪化していた。
回復薬は残り六個になり、戦力となる騎士も負傷して残り十三人に減っていた。
重傷を負った騎士に優先して薬を回すのが本来だが、ある程度傷が深いと、薬を使ってもすぐには回復しきれないし、何本も必要になるらしい。
とにかく今動ける人数を減らさないため、すぐに治る軽傷を治したり、疲労の蓄積を回復したりするために薬が使われていた。
それとは別に、ずっと付きまとっている食料問題もある。
この世界では、大体一年が六百日ほどあるらしい。
さらにその一年が、二百日ごとに二種類の穀物を育てる時期と、穀物が植えられない寒期に分かれるそうだ。
穀物の名前を取って、ラナ期、バルム期、寒期と呼ばれている。
今はバルム期の終盤で、残り五十日ほどで収穫され、寒期に入る。
その後は次の収穫まで四百日は耐えしのがないといけない。
しかし、街の人口と収穫量を単純計算すると、寒期を越せるかも怪しい状況だった。
隣街との交易が始まれば、どちらも少しはマシになるはずだ。
ただ、その障壁になっているのが、安全な交易路の確保だった。
今のところ、森の横を通る道は走って通り抜ける分には通れそうだ。
ただ、荷車を引いて物資を運ぶときは、走ることはできない。
エルンたちのように、襲われてしまう可能性が高く、危険すぎる。
悶々と考えていたが、いつの間にか疲労が勝ったのか、眠りに落ちた。
あくる日、俺とアリシアは交易路をどう開くか考えていた。
「そもそも、途中にある森の魔獣を退治するのは難しいかな?」
「討伐隊を組めば、できるとは思いますが……。負傷者が出るのは避けられないでしょう」
これ以上騎士の数が減ってしまえば、街の警備もままならなくなってしまう。
それに、負傷で済む保証もない。
一瞬、勇者募集で繰り返し討伐に行かせることも頭によぎったが、成功までに何人犠牲になるか分からない。
改めて地図を見る。森は、街道の東側に広がっていて、西側には広がっていない。
西の方から迂回すれば、そう思って地図を見ると、北西の方に進んだ先にも、川を渡る橋があるようだ。
「真っ直ぐ北に行かずに、こっちから回ったらどうだ?」
「それは、私も考えましたが、北西にある村の先は調査したことがなく、安全かどうかは……」
そこまで言ってアリシアが言いよどんだ。
安全かどうか分からない道を確認しに行って、もし危険だったら無事では済まない。
隣街への道を最初に向かった時と同じ状況だ。となれば、結論も必然的に同じになる。
二人とも黙り込み、静かな時間が流れる。
俺が唾を飲み込み、口を開いた。
「勇者募集を再開する」
「はい。わかりました」
俺たちの無事を喜んでくれた時のアリシアの微笑みはもうどこにもなく、領主の娘の、覚悟を決めた顔があった。
勇者募集を再開すると、今回も多数の応募があった。
そして、今回もクジで勇者が選ばれた。




