第十一話 街の命運
俺たちは瓦礫が積み上げられた城壁の前まで来た。
柱、屋根、窓、家具。一つ一つが人々の生活の痕のようで、ただの瓦礫とは思えない。
俺は、必死に考えて練習した交渉シナリオを頭の中で繰り返す。
「誰か!」
しばらくすると、俺たちに気付いて城壁の上から尋ねる声がした。
「シャンベル公のお成りだ! 門を開けろ!」
馬車を引いていたフィアが、響く声で、高らかに答えた。さすが本物の騎士、こういうのもできるのか。
急に領主が来たと言われてどうしたら良いのか分からなくなったらしい相手は、お待ちを、とだけ言って慌てて下がっていった。
待っていると門が開き、鎧を着た騎士が数人現れた。多分、ガルスに錠をかけた連中と同じ奴らだ。
「申し訳ないが、昨今の事情もあり、身辺を調べさせていただきたい」
本物のベルナールさんを見たことがあるのだろう、俺を見て疑っていそうだが、俺が着ている服にはシャンベル家の紋章が描かれている。
邪険に扱うわけにはいかないと判断したのか、ガルスの時よりも口調がずっと丁寧だ。
騎士が歩いて俺の近くに寄ったとき、
「シャンベル様に近寄るな!」
と今度はフィルが声を上げる。同時にフィルの剣が騎士の首元に当たる寸前でピタリと止められる。
いつもの長剣と違い、ラガルド家の紋章が入った剣だ。
子供を連れていても騎士を連れていると思われないかもしれない。あえて紋章が見えるように剣を見せつつ、相手に実力を見せつける。
魔獣と戦わず、壁の中にいる騎士たちは、一対一ならフィアやフィルに敵う実力はないだろう、というのが俺たちの読みだ。
騎士を連れていることを見せつけると同時に、この二人を引き連れている俺の未知数な実力に怯んでくれればという狙いだ。
事前に用意したシナリオに、今のところ沿っている。
「おい、剣を下げろ。事を荒立たせる気は無い」
俺ができるだけ威厳がありそうに言う。声がかすれてないか不安だ。
フィルの剣がゆっくりと下がる。
「クレール公を呼べ。お前たちでは話にならん」
剣が下がったのを見計らい、相手の騎士の方を向いて俺が言う。
「し、しかし、クレール様のところにお招きするためにも身辺を確かめさせていただきたく……」
相手の騎士はしどろもどろになっている。脅しが効いているようだ。
「この状況で中に入れるのに警戒するのは分かる。だが、こちらも事情は同じだ。丸腰で中に入るわけにはいかん。だからここにクレール公を呼べと言っているのだ」
「わ……わかりました。お待ちください」
仰々しくゆっくりと言う俺に、早口で騎士が答えて去っていった。騎士たちが下がり、一度門が閉まる。
まだ見られているかもしれないから油断するわけにはいかないが、内心ほっと一息つく。
何とか第一段階はクリアだ。
余裕が無いと思われないよう、足を組んで、くつろいだように見せながら、内心ではバクバクが止まらない。
フィアやフィルと話して気を紛らわすわけにもいかない。二人とも、直立したまま動かず、領主に随行している騎士としての振る舞いを続けている。
二人は本物の騎士なのだから、小さいころから慣れているのか、俺だけが必死なように感じる。
緊張しているから時間が長く感じるのか、本当に時間が経っているのかも分からない。
時間に追われる度に恨めしかった現代社会の時計が恋しくなる。
長かったのか、短かったのかも分からない待ち時間の後、開門、と声がして門が開いた。
門が開くと、向こうは人ではなく、馬が引く馬車に乗り、左右に十人ほど鎧兜に身を包んだ騎士を並べて現れた。
馬は俺がよく知る馬よりも短足で足が太く、不格好だった。
これは長く感じたんじゃなくて、本当に長かったな。
相手の仰々しさで確信し、ゆったりと体を起こし、膝に肘をつきながら声をかける。
「随分と待たせてくれるじゃないか」
向こうは元領主を殺し、街を訪れたガルスを殺したような人間だ。
俺も似たようなものだと思わせなくてはいけない。練習と、これまで見てきた悪役の記憶を総動員して演技をする。
「しばらく見ないうちにシャンベル公は変わったようだな、代替わりでもしたか?」
礼服なのだろう、ガルスの記憶よりもさらに豪華で、装飾の目立つ服を着て、髭を蓄えた男、現クレール公が言う。
「そんなところだ」
「ベルナールには息子は居なかったはずだが?」
「転移術式で異世界から呼ばれてな、救世主として助けてくれと言うから、お望み通り代わりに統治してやってるってわけだ」
話の流れで、異世界から来たことは言うことにしていた。
より相手に得体の知れなさを感じさせたい。
「異世界から……」
クレール公は少し考え込む。この世界でも異世界は信じにくいのか、不安が急に増してくる。
「ベルナールはどうした?」
深く突っ込まれずに済んだ。一応信じてはくれたのか? とりあえずシナリオを続けるしかない。
「呼んでおいて俺の言うことに逆らってばかりだから消えてもらった」
そのまま少し顔をひねり、首を鳴らして続ける。
「そしたら騎士たちも逆らってきやがったもんで、残ったのはこいつらだけだ。全く大人は頭が固くて困る。ガキの方が頭が柔らかくていい」
演劇と違って、相手が言う台詞は予想できない。なんとか話の流れが合うように、用意していた台詞を少し変えながら話していく。
尊大な台詞とは裏腹に、口の中はカラカラだ。
台詞で尊大さを出すのが難しかったら、態度で見せなさい。あたしの頭を蹴るくらいしてもいいわよ、とフィアが言っていたのを思い出した。
前かがみになっていた体を起こし、背もたれにもたれかかりながら、足を上げた。
足を下ろす直前で、一瞬踏みとどまる。
いや、フィアはまずい。後が怖すぎる。
伸ばした足を軌道修正し、フィルの頭に載せた。
その態度にクレール公は少し怯んだようだ。シャンベル領はクレール領よりも広く、騎士の数も多かった。
そのシャンベル領の大人の騎士たちを全員殺し、残る二人を足蹴にしている異世界から来た男。
信じてもらえたなら、実力があり、頭のネジが外れた危険な奴、そう思われるはずだ。
「そうだな。頭の固い連中は困る」
元領主たちを殺したクレール公とは外れたネジの波長が合ったのか、同意された。
「それで、要件は何だ」
よし、信じてもらえたようだ。これなら交易の話に移れる。
「何、荒事をしに来たわけじゃない。交易の話だ」
そう言いながら、ダメ押しにフィルに載せていた足をどけ、そのまま頭を蹴飛ばした。
「おい、動くなよ! 座り心地が悪いじゃねぇか!」
フィルが前に倒れこんで膝をつき、
「申し訳ありません! シャンベル様!」
と声を震わせて言いながらまた直立に戻る。いいぞ、フィルも迫真の演技だ。
クレール公は顔をこわばらせながら、
「ああ、交易なら問題ない」
と答えた。いいぞ、作戦は成功だ。
「おい、リストを渡せ」
フィアに声をかける。こちらが出せる物と、望む物のリストだ。
フィアが紙を取り出し、相手の一番近い騎士の前までゆっくりと歩いて手渡し、戻ってくる。
受け取った騎士が、また仰々しく傅くようにクレール公に紙を手渡した。
領内ではシャンベル硬貨を通貨として使えるが、街同士の交易は物々交換が基本らしい。
穀物が価値基準なのは同じだが、シャンベル硬貨は領内でしか通じない。
稀に王国が発行するアストレオン金貨が使われることもあるが、ほぼ流通していないそうだ。
フィアが渡したリストには、こちらが出せる物として、主に魔獣から取れる肉から加工した干し肉、錬金素材、鍛冶素材を書き、欲しいものには回復薬の素材と穀物を書いた。
肉や素材が余っているわけでは無いが、壁にこもっている街はさらに不足しているだろうとのベルナールさんの読みだ。
他領とは、大体こうしてお互いに主な交易商品を取り交わしておき、その商品を積んだ商人が街に入ることを許可されるというのが正式な交易だ。
実際には、お互いに商人が勝手に行き来するし、正式な商人も他の積み荷を積んでいたりして体をなしていないものだそうだが、この状況ならまずは形式に則るべきだろう。
クレール公は、ただの交易の話だったことにほっとしたようで、軽く息を吐いた後リストを眺めた。
リストを眺めながら、何か考え込んでいるようだ。
紙を少し下ろし、こちらに顔を向けるとまた紙に目を向ける。
表情がさっきとは違い、ほくそ笑んでいるようで不気味だ。
しかし、次に紙から目を離すと、
「いいだろう」
と答えた。交渉成立だ。
さっきの間と笑みが気になる。何か見落としがあったか、それとも演技に気付かれてしまったか。
だが、成功は成功のはずだ。相手も交易をして特に損になることはないと思う。
何とか交渉を終えて俺も一息つきそうになるが、何とかこらえて演技を続ける。
「よし。だがこの状況で交易するには準備がいる。準備が出来たらまた使いを送る」
「どうするつもりだ?」
この状況で、交易をする手段には興味があるのだろう。食いついてきた。
「いろいろ術式を準備するだけだ。次の使いは殺すなよ? 俺の術式で何かされたらすぐわかる」
向こうからも人を送られたら芝居が台無しだ。方法はぼかして、謎めいた力を示唆しながら脅しをかけた。
「前回は突然のことで警戒していたのだ、悪く思うな。次はせん」
相手の口調に先ほどまでの交渉とは違う余裕を感じる。
気になるが、これ以上会話を続けたら墓穴を掘る可能性の方が高い。
「分かった。この件は水に流すとしよう。それでは、失礼する」
そう言うと、フィアとフィルが揃ってザッと音を立てて足を軽く開き、剣を軽く掲げた。
それに答えるように、相手の騎士たちも同じような所作をする。
この世界の儀礼の一つだったのか、その後、門がゆっくりと閉じていく。
門が閉じ、クレール公の姿が見えなくなってから、俺たちも踵を返し、帰路に就いた。
城壁が遠くなり、もう相手からは確実に見えない距離まで離れてから、やっと俺はふーっと大きく息を吐いた。
「ちょっと怪しいところもあったけど、何とかうまくいったな」
そういうと、少し鼻をすするような音を立てて、
「そうですね」
とフィルが答えた。何かちょっと声が震えているような。
もしかして……フィル、泣いてる?
さっきの迫真の演技、演技じゃなくてほんとに泣いてた?
いや、あれは演技だって。何度も練習したじゃん。
俺は一気に冷や汗がダラダラと流れ始めたのを感じながら、無言のフィアの方を見る。
目が合うと、今まで見たことない刺すような目つきで俺を見てきた。
そのまま、声を出さずにゆっくりと口を動かし始めた。
あ・と・で・コ・ロ・ス。
終わった。街の命運は守られたが、俺の命運は尽きたようだ。




