第十話 領主様と馬代わり
俺は、歴史の教科書に描かれた絵でしか見たことのないような、豪華な服を身にまとっていた。
ベルナールさんの外交用の服を、俺の丈に合わせて調整してもらったものだ。
着方も分からないので、館のメイドさんに着せてもらった。というより、そもそも自分で身に着けられるような服ではないらしい。
俺がそんな大層な服を着ているのは、隣街に領主だと偽って交渉に行くためだ。
今この街では、特に回復薬と、アリシアの術式に使う触媒が足りていない。
どちらも錬金術で作るものらしいが、多くの素材を使い、何度も段階を踏んで作る必要があるらしい。
最後の仕上げはこの街の錬金術師にもできるらしいが、中間素材は作ることができず、以前は隣街から仕入れていた。
今回の交渉では、交易を再開し、その素材を手に入れることが最優先だ。
隣街に錬金術師が残っていてくれれば良いが。
準備を終えると、館の庭に出た。
そこには、一人乗りの馬車が用意されている。
この世界にも馬のような動物がいるらしく、普通、領主が出かける時は馬車に乗るらしい。
俺の知識だと、人力車に似ている。
座席の左右には大きな車輪があり、前に引き手がついている。
ただ、魔獣だらけの今、馬に引かせるわけにはいかない。
魔獣が現れたとき、暴れられてしまって手が付けられなくなる。
しかし、歩いて行くのは領主としての演出が弱い。
そこで代わりに引くことになったのは――
「最悪……。これまでで一番ひどい作戦よ」
馬車の陰から、馬代わりのフィアが悪態をつきながら姿を見せた。
この前、馬代わりになったことを少しいじったら若干本気で睨まれたので、さすがにいじるのはもうやめておこう。
ベルナールさんと話して方針が決まった後、細かい作戦は俺、アリシア、フィア、フィルの四人で話して決めた。
悪態はついているが、フィアも納得はしている。
俺が領主として騎士を引き連れて隣街に行く。
だが、他の騎士たちは隣街の貴族や騎士と面識がある者ばかりだった。
消去法で、フィアとフィルしか残っていない。
護衛兼馬車引きとして、フィアとフィルと一緒に行くことになった。
「もう、さっさと乗んなさい」
フィアにそう言われたが、馬車なんて乗ったことがなくて乗り方が分からない。
戸惑っていると、横で見ていたフィルが手を貸して乗せてくれた。
悪態もつかずに素直にやってくれる方が、何だか申し訳なくなってくる。
「それにしても、あんなにダメだって言われたのに、結局行くことになるとはね。あたしが最初から行っていれば……」
出発し、街を出たあたりで、フィアが馬車を引きながら独り言ちた。
「説明しただろ。今回も何も危険がないわけじゃないけど、人間同士の交渉だから行かない訳にはいかない。それに、何も情報なしで最初から行ったらもっと危険だった」
「分かってるわよ。あたし一人だったら、いや、フィルと一緒に行ったとしても、あの森を無傷で乗り越えられたか分からない。それに、街にたどり着けたとしても、きっと捕まって殺されてた。でも、どうしても考えちゃうってだけ」
「そうだな……」
簡単に割り切れるものではない。
こんなやり方をせずとも、もっと良い方法は無かったのか。
俺も何度も考えたが、その都度、他に道は無かったと押し殺していた。
フィアは力がある分、その思いがもっと強いのだろう。
農地を抜け、俺たちが準備した狩場を抜け、森に差し掛かった。
街道に放置された荷車が見えた。
「走るわよ」
フィアの合図に、フィルも頷き返す。
そして、一気に加速した。
俺は落ちないように、できるだけ深く腰掛けて馬車に乗っていた。
荷車の横を通り過ぎる時、フィアが何かをすっと投げた。
振り返って見ると、白い花が数本、荷車に載っているのが見えた。
森を抜け、川を越え、街道を左に曲がり、しばらくすると城壁が見えてきた。
途中で魔獣に何度か出くわしたが、二人の敵ではなかった。
ここからは、俺の出番だ。
改めて気を引き締めた。




