第九話 遺された情報
俺は、これまでの思念記録を読み返していた。
隣街との交易を目的に切り替えてから、五人目のガルスでようやくたどり着いた。
勇者の仲間を含めて、犠牲になったのは計六人。
一人だけ途中で引き返して辞退してきたが、残りは助からなかった。
エルンの記録を読み返し、複数人でのパーティを許可したことが裏目に出たのだと痛感する。
一人旅は危険すぎると判断したが、逆に一度での犠牲を増やす結果となってしまった。
単純に戦闘力で考えれば一人旅よりも良いはずだが、負傷者が出た場合はそれも一概には言えないし、何よりも失敗した時の代償が数倍だ。
一人を三回送り出すのと、三人を一回送り出すのと、どちらが効率的か。
数だけで考えたらそれだけの話だが、答えは出るわけもない。
そして、隣街にたどり着いたガルスの記録が衝撃的だった。
隣街が滅んでしまっている可能性は考えていたが、人間に殺されるとは思っていなかった。
隣街に対してこれからどうするか、俺のゲーム知識からは何もヒントが出てこない。
街全体の判断にも関わることだし、ベルナールさんの知恵を借り、アリシアと三人で議論することになった。
今までは大人が口を挟むとかえって議論の幅を狭めると言って、直接議論に加わることはなかったが、この世界の人間同士のやり取りに関しては、やはり大人の知恵が必要だ。
約束の時間になったので、読み返していた思念記録をまとめ、ベルナールさんの執務室に向かった。
部屋には、書き物ができる大きな机があり、壁際には棚が並んでいた。
棚には、本と見たことのない道具がいろいろ収まっている。
机の向こうにベルナールさんが座り、手前に俺とアリシアが座った。
「ガルスの思念記録、読みましたか?」
この世界では救世主という扱いだったので、敬語を使わずに過ごしてきてしまった俺だが、さすがにベルナールさんに対しては口調が硬かった。
親ほども年の離れた、威厳ある貴族の男性に向かって、ため口で話すことはさすがにできない。
最初はラクト様と呼ばれたが、さすがにやめてくれとお願いした。
「あぁ……。彼の妻の墓を建ててやらねばな」
ベルナールさんが神妙につぶやくように答えた。
俺とアリシアもそれに頷く。
「そのためにも、彼の情報を役立てなければならん。彼のもたらした情報は大きい」
そうだ。
ガルスの願いは、ただミラの墓を建てるだけではない。
魔獣から取り戻した村に、ミラの墓を建てることだ。
ベルナールさんは、ガルスの情報から何か分かったらしい。
街の中の農地、城壁に積み上がった瓦礫。
よく読んだが、俺には何を意味しているのかいまいち分からなかった。
「何か、分かりましたか?」
「隣街は、城壁の外をすべて放棄し、城壁の中だけですべてを完結させる作戦を取ったようだ。街の中の家を取り壊し、壁の外に瓦礫を捨て、空いた場所を農地にしたのだろう」
なるほど。
それで、城壁の近くに瓦礫が積み上がっていたのか。
危険な外に出ないように、壁の中から捨てようとすると、壁の上からすぐ近くに捨てるしかない。
「しかし、お父様。取り壊した家に住んでいた方は、何とか残りの家に移動するとして、街の中の農地だけでは、到底食料は足りません」
「そうだな……。街の人が全員残っていれば、足りるわけがない」
ベルナールさんは、答えは分かっているが、言いにくそうな様子だ。
残っていれば、ということは、今はいないということだ。
今のこの状況で、となれば答えは一つしかない。
「魔獣にやられてしまった、と」
俺がそう言うと、ベルナールさんは軽く首を横に振り、
「それも可能性としてゼロではない。しかし、おそらくは違う」
と言った。
魔獣にやられていないのに、どういうことだろう。
飢え死にしてしまったということか?
「殺したのだよ」
「なっ……!」
信じられない。
街の大半は農地になっていたようだった。
それを全部、殺した、だって?
「私は隣領を訪れて、領主に会ったことがある。あの男は、そんなことをするような男ではない。それに、ガルスの思念記録に出てきた今の領主と思われる男の特徴は、領主に仕える騎士の特徴だった」
「えっと、つまり、領主を殺して街を乗っ取ったということですか?」
「恐らくな。魔獣が現れ、その対応で揉めたのだろう。生き残る人を選別し、壁の中に閉じこもるか、全員を助ける方法を考えるか」
ベルナールさんはそう言って言葉を切ると、また少しためらった後、口を開いた。
「その選択が、間違っていたとは言い切れない。全員を助けようとして全滅するよりもマシ、という考え方もある」
直接は言わなかったが、きっと、ベルナールさんも考えたことがあるのだろう。
でも、その道は選ばなかった。
送り出した勇者たちや、農村で果てた騎士たち。
犠牲がないとは到底言えないが、隣街に比べれば平穏が保たれている。
「それで、ガルスも殺したのですね。外の世界に、街を乗っ取ったことが気づかれないように」
ずっと黙って考え込んでいたアリシアが、声を震わせながら言った。
街の中ならば、元領主や反対する人を殺してしまったから乗っ取りはうまくいっている。
だが、元のように交易が復活して、街の外に知られたらどうなるか。
今の領主は、正統性を失い、その座を追われるかもしれない。
「だとすると、交易を復活させるのは厳しいか……」
「いや、そうでもない。ガルスがこの街のことを何も言わないでいてくれたおかげだ」
「どういうことですか?」
「向こうは、この街のことを何も知らないのだ。こちらも向こうと同じような状況だと言えば、交易もできる可能性がある」
なるほど。
でも、その状況でも隣街の領主が別人だとバレるのは嫌だろう。
こちらも誰かに乗っ取られていることにして、しかも相手を正統な領主だとして接する。
それが一番良さそうだ。
ふっと軽く笑いが漏れた。
適任がいるじゃないか。
「それなら、貴族でも騎士でもない奴が領主だと言って、騎士を引き連れて行ったらどうですか?」
「それは確かに良いと思うが、一体誰を?」
「俺が行きます」




