思念記録 六
また無駄に歩かされた。そう毒づきながら、貴族たちが住む街の中心からそう遠くない家にガルスは帰宅した。
以前、領内の街と農村を行き来して交易をしていた頃は商品を仕入れる時に便利だった立地も、農村へ行く必要がなくなった今は無意味だ。
仕事がなくなったガルスにあてがわれた土地は、周縁部の土地。
家からの距離を考えたら、もっと近くにするべきなのに、やはり騎士たちは無能だ。
農村を守れなかったのもそう、無能だからだ。
騎士たちが有能だったら、農村も守れていたし、ミラも死なずに済んだのに。
たまたま仕事に出られなかったガルスに代わって、ミラと親父が農村へ出た時、魔獣たちが現れた。
領内でも近くの、簡単な仕事のはずだった。
あの一件以来、ガルスは以前のようにシャンベル家と騎士家を信じることができなくなった。
街の連中は騎士たちの葬儀で、最後まで戦ったと感激していたが、最後まで戦おうが、守れなかったら意味がない。
家に帰って食事をしていると、いつもより外が騒がしい。
外へ出て聞いてみると、領民から魔獣退治の志願者を募っているらしい。
無能な自分たちじゃ解決できないことをついに認めたか。
代わりに俺がやってやる。
ミラを殺した魔獣共を、俺の手で殺してやる。
そう考えて、ガルスはすぐに志願した。
報酬では、失った土地の半分をもらえるらしい。
報酬をもらったら、ミラの墓を建ててやろう。
シャンベル家のどの墓よりも立派なやつだ。
志願してしばらくは何の音沙汰もなかったが、選ばれなかったかと思い始めたころに選ばれたことを知らされた。
館では、ラガルド家のフィアに説明をされた。
小娘が、やたらとしつこく地図について説明してきやがった。
街と農村を行き来していたのに、地図が読めないはずがないだろう。
自分たちの無能を棚に上げて、馬鹿にしてやがる。
その次は、シャンベル家のアリシアに術式をかけられた。
街では、アリシアの日焼けしていないきれいな肌がもてはやされているが、ガルスからすれば無能の証だ。
何もせず、館に引きこもっているから日焼けもしないだけじゃないか。
こんなガキより、ミラの方が何倍も魅力的だった。
アリシアの術式で、ガルスが見たことや考えたことがアリシアに伝わるようになるらしい。
そりゃあいい。
自分たちの無能さと、俺の恨みをたっぷり味わわせてやる。
そう思いながら、ガルスは館を後にした。
フィアに教わった狩場に行き、狼のような魔獣を狩ると、久々にスッキリしたような感覚があった。
こいつがミラの仇かもしれない。
そう思って、一瞬心が軽くなったような気がしたが、またすぐに鬱屈とした気分に戻った。
ガルスは、魔獣を狩り、もう使わなくなっていた仕事用の荷車で死骸を運ぶことを繰り返し、隣街へ行く準備を整えた。
隣街へ向かう街道を歩いていると、横に森がある場所に差し掛かった。
フィアが、森の近くまで来たら川が見えるまで走り抜けろと、何度も何度もしつこく言っていた場所だ。
一度言えば分かるものを、つくづく馬鹿にしてやがる。
とはいえ、無視する理由もないので、ガルスは街道を走り始めた。
何故か街道の真ん中に放置されていた荷車の横を抜け、森を抜け、川にたどり着いた。
特に何も起きなかった。
無能な連中がした警告だ。無意味な警告だったのかもしれない。
川に架かった所々崩れた橋を越え、街道が二つに分かれたところで左に進んだ。
しばらくすると、街の城壁が見えてきた。
途中、何度か魔獣に出くわしたが、狩場で鍛えたガルスに狩れないような魔獣ではなかった。
何箇所か怪我をしたが、かすり傷程度で、動けなくなるようなものではない。
ガルスが城壁に近づくと、周辺の様子がおかしいことに気が付いた。
街の周りにあるはずの農地に、作物が植えられていない。
畑だったような痕跡はある。
もしかして、この街は魔獣にやられてしまったのか。
人の背丈の倍ほどの城壁の周りには、瓦礫が積み重なっていた。
よく見ると、家に使う柱や、石のようなものが見える。
城壁の周りに家があり、それが魔獣に壊されたのか。
それにしては、城壁のすぐ近くに積み上がりすぎている。
とにかく街の様子を確認しようと、門の前に立つ。
門は閉じていて、魔獣に突破されたような様子はない。
しばらく立って様子を見ていると、
「誰か!」
と誰何する人の声が聞こえた。
街が滅びたわけではないらしい。
「シャンベル領から来た者だ。街に入れてくれないか?」
そう言うと、城壁の上から覗いていた人は驚くような顔をし、少し待て、と言って下がっていった。
シャンベルの街でも最近他から人が来たなんて聞いたことがない。
ここでもそうで、驚いていたのだろう。
そのまま待っていると、
「動かずに待て!」
と声がかかり、城門が開いた。
鎧で身を固めた騎士が、数人出てくる。
「悪いが、この状況では、警戒しないわけにはいかない。調べさせてもらうぞ」
俺の近くに来た騎士に、そう言われる。
ちっ、こっちの騎士も偉そうだな。
心の中で毒づくが、仕方ない。
言われるがままに手を後ろにして立つ。
二人の騎士が、俺の体を触って何かを調べている。
と、その時、突然手足に錠をはめられた。
「おい! 何しやがる!」
ガルスは叫んで手を動かそうとするが、錠をはめられた手は動かない。
「歩け!」
ガルスの抗議は無視され、錠をされて歩幅が短くなった状態で歩かされ、街の中に入る。
街の中も、不思議な光景だった。
壁の中に農地があり、作物が育てられていた。
シャンベルの街と農村しか知らないガルスにも、普通でないことは分かる。
壁で街を囲うのは、楽なことではない。
だから、広い農地は壁の外にあり、家々だけ壁で囲うのだ。
そのまま歩かされていると、突然、農地が途切れて家が並び始めた。
街の中心が近いらしい。
その中でも一回り大きい屋敷に連れていかれ、豪奢な服に身を包み、偉そうな髭を蓄えた男の前に転がされた。
「何か紋章は身に着けていたか?」
「いえ、何も」
「なら、貴族ではないか」
「しかし、武装はしておりました」
「シャンベルでは、貴族以外も武装させているのか。ふむ、とにかくできるだけ情報を吐かせろ」
「はっ!」
男と、ガルスを連れていた騎士がそう会話した後、またガルスは無理やり立たされ、今度は牢のような場所に転がされた。
牢に鍵をかけ、騎士が離れていく。
何だこれは。
ミラの仇の魔獣を狩りに出かけたはずなのに、魔獣ではなく、人に殺されるのか。
魔獣に殺されるならまだいい。
ガルスに仇を取るだけの力がなかっただけだ。
でも、こんな仕打ちはないだろう。
どれもこれも、無能なシャンベル家と騎士たちのせいだ。
奴らが無能だから、ガルスがこんな目に遭っている。
違う……。
ガルスは馬鹿ではないので、本当は分かっていた。
ガルスに周縁の農地があてがわれたのは、騎士たちが無能で距離が分からないからではない。
後からあてがわれた者に街の近くの一等地を分け与えたら、ただでさえ土地が減って不満が多い農民の不満が爆発するからだ。
その調整にベルナール様もアリシア様も苦労していることを知っている。
ミラが死んだのも、騎士が無能で守れなかったからではない。
本当は逃げられたのに、一人でも多く農民を守るため、騎士と一緒に最後まで残っていたからだ。
村から逃げてきた人に聞かされて知った。
馬鹿な奴だ。
騎士でも何でもないのだから、一目散に逃げて帰ってきてくれれば良かったのに。
あの日、ミラが代わりに仕事に行ったのは、ガルスが仕事に行けなかったからではない。
仕事に行かなかったからだ。
何となく急に行くのが億劫になって、足が痛いと嘘をついたのだ。
ミラは疑いもせずに、心配そうにしながら出かけて行った。
本当に馬鹿な奴だ。
だから、ミラが死んだのも、騎士が無能なせいではない。
ミラが優しいせいでもない。
本当は自分のせいだ。
本当は分かっている。
騎士が無能なんじゃない。
俺が無能で、怠け者だから、ミラは死んだんだ。
今のこの状況も、その報いが来たんだ。
仇討ちすらできない、無能な俺にふさわしい。
その時、ガルスはアリシア様の言葉を思い出した。
ガルスの思念がアリシア様に伝わる。
自分が見たことも、何かアリシア様の、街を救うのに役に立つのだろうか。
分からない。
無能なガルスは祈るしかなかった。
「アリシア様、俺の見たことを街のために役立ててください……。そして、もし街が救えたら、あの村に、そんなに立派じゃなくていい、小さくてもいいので、ミラの墓を作ってやってください……」
無能で、怠け者で、何もできないガルスが祈りを終えると、さっきの騎士が何かを持って戻ってきた。
いきなりガルスを殴りつけ、情報を吐けと怒鳴りつける。
激痛に耐えながら、絶対に何も言うもんかと固く誓う。
ここで何か言って、ミラのためになるわけがない。
無能なガルスにもそれくらいは分かった。
痛いはずなのに、ミラのことを考えたら不思議と楽になってきた。
ミラ……




