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岩鳴岳の鬼神  作者: 山田猿彦
第二話 神の勅命 
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第二話 ①

 常闇に覆われた深夜2時。


 岩鳴神社の程近く、県内を縦断する私鉄路線の踏切を、仕事帰りの軽自動車が横断しようとしていた。最終電車はとうに過ぎ去っているため、一時停止を律儀に遵守する義理もあるまいと、家路を急いだ。

 運転していたのは28歳の会社員、杉本という男である。営業係の残業時間は時期によっては絶望的に長引く。秋が深まるにつれて寝不足が慢性化し、目の下には明確な隈が完成されていた。今からこの調子では、歳末はどうなってしまうやら。今も気を緩めれば頭がカクンと垂れてしまいかねない。

 眠気に耐えながら踏切に進入したその直後、カンカンカンと電車の接近を知らせる警報音が鳴り始め、同時に警告灯の赤いランプが交互に点滅した。おっと、と思った直後には黄と黒の遮断桿が出入り口を塞いでしまった。


「――え?」


 この時間でもまだ電車は残っていたのかと一瞬思ったが、いや、それより遮断桿が降ろされるのがいくら何でも早すぎる。数秒もしないうちに出入り口が塞がれ、踏切内に完全に取り残されてしまった。

 出口を塞いだ遮断桿の先が、帳を降ろしたように漆黒の闇になった。向かいに見えていたはずの街灯の灯りが、1つも見えない。いくら夜中でも暗すぎる。まるで現実世界から隔絶されたような錯覚を覚えた。

 しかし杉本の脳はまだ冷静な思考が残っていた。踏切の遮断桿は車で容易に押し上げることが出来る。急いで脱出するため、アクセルを踏み込んだ。 

しかし、軽自動車はその場で停止したまま、エンジンの空ぶかし音だけがブオオンと鳴り響いた。


「あ、あれ?あれ?」


 いくらアクセルペダルを踏み込めど、車体は一ミリも進まない。シフトレバーをがしがしと乱暴に動かし、ペダルを何度も踏みつけたが、どう足掻いてもニュートラルのようにエンジンが空転するのみで、軽自動車は完全に静止していた。

 そのまま1秒2秒と過ぎる度に、焦燥感が増していった。こうしている間にも、警報音はカンカンと鳴り響き、冷静さを徐々に削ぎ落していった。


 やがて、線路の先の暗闇から、2つの丸い光が猛スピードで近付いて来た。電車が来たのだ。近付いてくる電車から耳をつんざく警笛音が鳴らされ、杉本の危機感は絶望感へと転換された。

 完全に頭が真っ白になっていた。電車はあっという間に近くまで来ていた。車を飛び降りるという判断など下せる精神状態ではなかったのだ。


 電車から放たれる照明が、杉本の顔面を白く照らしたその時である。


「――白火(びゃっか)」


 硬質な金属同士が激しくぶつかり合う、強烈な衝突音が鳴り響いた。

恐る恐る目を開けると、その電車は運転席から1メートル程の隙間を空けてそこに静止していた。なぜか前面部分が高度に変形している。


「危ねえ、間に合った。燈源、そのまま壊せるか」

「へへっ。この燈源さまに壊せねえ物なんざ無えよ。少しジジイの神威を借りたいとこだがな」


 いつの間にか、忽然と車の外に1人の男がいた。見れば10代後半から20代前半の若い青年である。うっすらと白煙を上げる電車の前に悠然と立ち塞がり、右手には白く火影のように光る何かを乗せていた。

 目の前の状況が全く理解できない。一体何が起きた。こいつは一体何者だ。


「―――浄炎(じょうえん)」


 青年の右手にある何かが、今度は青く火光を放った。

 直後、有り得ない現象が発生した。重圧な金属音が鳴り響くと同時に、電車の変形が更に深く、急激に凹んだ。かと思えば次の瞬間、1両の車体が垂直に立ち上がり、一瞬にして遥か遠くに勢いよく飛んで行った。重さ30トンの車体が軽々と空中を翻(ひるがえ)り、暗闇の中へ消えていったのだ。


 まるで「見えない何者か」が車両を丸ごと持ち上げ、そのまま投げ飛ばしたかのようだ。説明などつかぬ超常現象を目の当たりにした。


「凪、他の行方不明者はどこだ!」


「馬鹿野郎!あの電車の中だ!」


「なぬ!壊せって言ったじゃねえか」


「怪異を壊せるかと言ったんだ!丸ごとぶん投げる奴がいるか!」


 目の前の出来事が理解できず、呆然とするしかなかった。その時、車の窓ガラスを誰かにコツコツと叩かれ、我に返った。窓の外には、年若い青年が腰をかがめてこちらを窺っていた。


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