第一話「白夜叉」
春。
桜が舞う季節。
天女学院へ続く道を、一人の少女が歩いていた。
白い長髪。
透き通るような白い肌。
紅い瞳。
その姿は、まるで雪の精。
しかし。
その正体は――少年。
一ノ瀬雪音。
五条会直系、一ノ瀬組若頭。
裏の世界では。
その白い髪と刀の腕から。
――「一ノ瀬の白夜叉」
そう呼ばれる存在だった。
だが。
今日から彼は違う顔を持つ。
母方の旧姓。
千夜雪音。
天女学院の生徒として。
⸻
「雪音様」
屋敷を出る前。
専属メイドの十六夜冥亜が声を掛ける。
「今日から学院生活ですね」
「はい」
雪音は淡々と答える。
「問題ありません」
「勉強、家事、その他全て対応できます」
冥亜はため息をつく。
「そういうところですよ」
「何がですか?」
「自分のことを後回しにするところです」
雪音は黙った。
否定しない。
昔からそうだった。
強くなるため。
認められるため。
誰かを超えるため。
自分自身を削り続けてきた。
五条真昼。
その名前。
幼い頃から何度も聞かされた。
「真昼ならできる」
「真昼はもっと強い」
その言葉が。
雪音の心に残っている。
⸻
学院へ向かう道。
「ねぇ、お嬢さん」
声を掛けられる。
雪音が振り返る。
数人の男。
「一人?」
「綺麗だね」
「少し付き合わない?」
雪音は冷静に頭を下げる。
「申し訳ありませんが、お断りいたします」
そのまま歩こうとした。
しかし。
男の一人が腕を掴もうとする。
その瞬間。
「やめなさい」
声が響いた。
黒髪の少女が間に入る。
「嫌がっているでしょう」
「なんだよ、お前」
「関係ないだろ」
少女は怯まない。
「困っている人を助けるのに理由はありません」
男達は舌打ちした。
「面倒だな」
しかし。
雪音が一歩前へ出る。
「もう十分です」
その声。
その目。
男達は本能的に危険を感じた。
「……行くぞ」
男達は去っていった。
少女が振り返る。
「大丈夫?」
「はい」
「ありがとうございます」
「私は西ノ宮輝夜」
「あなたは?」
少し間。
「千夜雪音と申します」
「雪音さん!それじゃ!」
その笑顔に。
雪音は少し戸惑った。
⸻
天女学院。
教室。
担任の宮里蘭が黒板の前に立つ。
「今日から新しい生徒を紹介します」
「千夜雪音さん」
雪音は前へ出る。
「皆様、初めまして」
「千夜雪音と申します」
「よろしくお願いいたします」
完璧なお嬢様言葉。
教室がざわつく。
「綺麗……」
「すごい雰囲気」
「そういえば……昔ここに有名な先輩がいたよね」
「月夜真昼さん?」
その名前。
雪音の表情が一瞬だけ止まる。
月夜真昼。
学院ではそう呼ばれていた人物。
しかし。
雪音は知っている。
その本当の名を。
五条真昼。
「……」
静かに笑う。
「そうですか」
「有名な方なのですね」
だが。
胸の奥では。
違う感情が渦巻いていた。
(あなたを超える)
(五条真昼)
⸻
放課後。
寮。
「雪音さん!」
振り返る。
輝夜だった。
「同じ寮だったんだね」
「そうですね」
「何か困ったら言ってね?」
「ありがとうございます」
雪音は少しだけ驚いた。
この人は。
自分を知らない。
白夜叉でも。
一ノ瀬の若頭でもない。
ただの生徒として接している。
⸻
夜。
雪音は部屋でバイオリンを手に取った。
曲は。
ヴィヴァルディ。
四季――冬。
静かな音色が寮に響く。
そして。
雪音は窓の外を見る。
「真昼……」
小さく呟く。
「いつか必ず」
「あなたを超える」
⸻
一ノ瀬家。
雪影は報告を聞いていた。
「雪音は学院へ入りました」
「そうか」
雪影は笑う。
「五条真昼がいた場所」
「そこで何かを得ろ」
「そして」
「一ノ瀬が頂点へ立つために」
月明かりの下。
白夜叉の学院生活が始まった。
だが。
その先に待つものは。
平穏な日々ではなかった。




