第44話 デイジーは、愛する人の元へ走る
デイジー走ります。
セスの視線がきっと爽やかです。
リアクション、ブックマーク、評価が本当に励みになっています。 一つひとつの反応に力をいただいています。
天幕を出ると、セス殿下が森から帰還した騎士から報告を受けているところだった。
少し離れたところで聞き耳を立てる。
「殿下……ワイバーン討伐は成功しました。ですが、リチャードが崖下へ――」
「……嘘よ!」
セス殿下が私の声に振り返った。
しかし、そんなことはどうでもいい。
私は、その騎士の鎧に縋りついた。
「もっと詳しい話を……!」
「マーガレット、落ち着いて……」
騎士は困ったように視線を彷徨わせて、周囲を見渡した。
駄目だ。
箝口令でも出ているのかもしれない。
周りを気にした様子で、彼は口を噤んでしまう。
これ以上粘っても無駄だろう。
仕方がない。
こうしてはいられない。
自分で無事を確かめに行かないと――!
「ちょっと行ってきます!……殿下、失礼します!」
「ちょ、君!どこへ!?」
私はドレスをたくし上げ、森へ向かって走り出した。
それを見たセス殿下の慌てた声が、背中にかかる。
「マーガレット、落ち着け……!まだ詳細な情報が入っていない……!」
……リック。
リック!大丈夫でしょう!?
いつもみたいに、笑って帰ってくるでしょう!?
編み上げブーツがキツイ。
泥を跳ね上げて、ドレスの裾は無残に汚れているだろう。
異様な目でこちらを見ている人もいる。
でも。
そんなのどうだっていい!
森に入ってすぐに異常を感じた。
騎士の数が多い。
そして、本来なら楽しんでいるはずの貴族やその子息たちの顔が少し硬い。
何かしらの雰囲気で察しているみたいだ。
鳥の声もしない。
暗い森はやけに静かで、生き物の気配が薄かった。
森の奥から、騎士たちが続々と帰ってくる。
――さらに奥か……!
「お嬢さん!?そっちは危ない……!」
「待て!立ち入り禁止だ!」
騎士たちが私の前を阻む。
私の進路を遮り、引き留めようとする手を次々とかわして前に進む。
「どいてください……!これでも一応、B級なの!邪魔しないでください……!」
「……なっ!こら待て!」
どこへ向かえばいい?
リック!
「リック!どこよ……!」
さっきの騎士は崖から落ちたと言っていた。
きっと、もっと深い場所だ。
怪我をしているかも。
いや、回復役もいるはずだ。
でも、引き上げられない場所に落ちていたら?
――リック。無事な姿を見せないと、承知しないんだから!
◇◇◇
――セス視点――
「……やっぱり、憧れちゃうね。私は誰かの為にあんな風に走れない」
走り去るマーガレットの背中を見送りながら、思わず小さく呟いた。
私が懐から取り出した魔道具を握りしめると、指の隙間から微かな光が漏れて、空へ溶け込んでいく。
「殿下……。今何を……?」
「ちょっとした祝福だよ。ふふ……彼にとっては嫌味になっちゃうかな?」
私は、手のひらで小さな印章を転がした。
王族が魔法契約に使うための、特別な魔道具だ。
――これで彼らの誓約魔法が解けただろう。
タイミングは、ちょうどいいはずだ。
彼女が、彼のところへ走っていった今なら。
「……リチャードの顔が見られないのが残念だね」
「また、何か嫌がらせを?」
背後で、補佐官のコンラートが溜め息をついている。
本当に、私のことをなんだと思っているんだろうね。
「祝福だって言っただろう」
「ええ。そして、嫌味だとも言ってましたね」
「まったく。ただ、できるなら感動的な再会にしてあげたかっただけだよ」
思わず肩をすくめる。ひどい評価だ。
彼は、私の善意をすぐに曲解する。
きっと他人に対しても、こんな態度のはずだ。
なるほど。結婚できない理由が少しわかった気がする。
「……そういうところです、殿下」
「……え!」
つい、驚きの声をあげてしまった。
コンラートの、世の中を知ったかぶったような態度が癪に障る。
いつもいつも、生意気なやつだ。
しかし、問題はまだある。
少し離れた所から、不穏な視線を感じるのだ。
「それよりも。彼――ローランのことだ。コンラート、君が何とかしてくれないかな」
「……私は文官です」
「あの目……見覚えがあるんだけどさ。あの時よりもさらに物騒だよね」
以前マーガレットが言っていた、恋人を傷つけたモンスターを見る目……らしい。
今回は完全な濡れ衣だ。
「……ええ。前にマーガレット嬢が言っていたモンスターを狩る目ってやつですかね。なんでもオーバーキルだとかなんとか」
「……王族をオーバーキルってさ。……晒し首?」
笑えない。
まあ、私の冗談で笑ってくれる人はあまりいないが。
だが、この誤解はちょっと弁明させてほしいかな……。
「縁起でもないですね」
「本当にね。でも大丈夫だ、私には身も心も捧げてくれる補佐官がついている。きっと盾になってくれるはずだ」
「……そんな人材がいたら、殿下は幸せ者ですね」
柔らかく笑いかけると、補佐官はびくりと身体を強張らせる。
わざとらしい。
いざとなったら、彼の忠義を疑いはしないというのに。
「そうだろう?だから私はこうして幸せを噛み締めているよ。……側にいるように、コンラート」
「はい、殿下」
しかし、ワイバーン二体の討伐に、この狩猟祭での活躍。
これは新たな“S級冒険者”の登場にぴったりだ。
兄上が、今回の王家の失態を隠すのに使うだろう。
それが政治だ。
「本当に“予言”が当たった。そして――」
その瞬間。私の『天恵』が発動した。
こうやって、勝手に流れを見る時もあるから厄介だ。
だが、歪んでいない。
ようやく正常に戻ったみたいだ。
「これで、表向きは一件落着かな」
私は息をついて、秋空を見上げた。
今日は雲一つない。
この晴天の下で起きた、様々なことを知る者は少ないだろう。
しかし、それでいいのだ。
「事態の収束とフォローに回ろうか、ついておいで。忙しくなるよ」
「はい」
デイジーも作者も走ります。
エピローグまで走り切ります!
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
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