第42話 第三王子と悪辣な共犯者
本日は二話投稿です。
前話が表なら、こちらは裏。
よくある「実はこういうことでした」回ですね。
リアクション、ブックマーク、評価が本当に励みになっています。 一つひとつの反応に力をいただいています。
――第三王子セス視点――
「義姉上、今日の装いも素晴らしいですね。まるで女神エルシアのようだ」
私は、王太子妃――クラウディアに声をかけた。
隣で私の腕を掴んでいるマーガレットも、驚きで身体に力が入ったようだ。
周囲で、ざわりと囁きが広がっていく。
第三王子が、この場において相応しくない挨拶をしたから当然だろう。
クラウディアと目が合う。
そして、その瞳は一瞬たりとも揺らいでいない。
「今日の女神は他の方に譲るわ」
「では、うちの義妹に是非。きっと喜ぶでしょう」
後ろから、ヴァルターが胸に手を当てて頭を下げる。
さらに緊張感が高まった。
――普通なら、ここで口出しをするなんて不敬だ。
そう、そんな失態をヴァルターは犯さない……。
勘の鋭い者ならば、既にこの違和感に気づいているだろう。
クラウディアも私もヴァルターも、誰もが普段とは様子が違う。
しかし、それは当然のことだった。
これが三人で作り上げた舞台だから。
権力者たちが作り上げる物語は、辛辣で痛快で、残酷だ。
そして、しばらく後。
その幕が今、目の前で下りていく。
「あらあら……。今日の女神エルシアは恐ろしいわね……。ああ、でも……愛に狂って恐ろしい男に騙され、最後にはすべてを失う。……なんて逸話もありましたね」
クラウディアが扇子で口元を隠して、クスリと笑った。
その足元には、騎士に拘束されているルイーズがいる。
睥睨する姿は、まさに“王太子妃”の貫禄だ。
「ヴァルター!!助けて……!」
ルイーズが必死に呼ぶが、ヴァルターは答えない。
なにせ、この舞台の脚本家は彼だからだ。
そのまま、引きずられるように連行されていく。
「その“悪い男”が誰なのか、少し考えたらわかるでしょうに。やはり純粋なのね」
クラウディアは、彼女を憐れんだ様子を見せているが――。
内心はどうなのか。
(女性は怖いね……)
これで、ルイーズは退場だ。
二度と表舞台には立てない。
人知れず消えていき、そして忘れ去られるだけだ。
「詳しい話を聞こう。関係者をすぐに別の場所へ!他の者は一か所に集まって待機するように」
女神エルシア。
今日の日のために用意してきた、私たち三人が共犯者だという証明だ――。
◇◇◇
一週間前。
公爵家の献上品。
それを彼の前に置いた。
ヴァルター・フォン・エーデルシュタイン。
午後の柔らかな光が差す王宮の一室に、彼と二人で向き合って座る。
不穏な空気が漂う組み合わせだ、と私は自嘲した。
使用人を全員下がらせて、早々に本題に入る。
「呼び出して悪かったねヴァルター。君の所のお茶、随分と義姉上が気に入ってるみたいじゃないか」
「ええ。ありがたいことです」
彼は目元を緩めて、穏やかに笑う。
不審に思っているはずなのに、そんな素振りすら見せない。
「私も大切な人へプレゼントしたいんだ。全く同じ物をくれるかい?このメモの通りに。効能も書いてあるね。未婚の私からしたら、こちらこそありがたい」
「それは……」
一枚の紙をひらひらと揺らす。
さて、ここからが本番かな。逆に食われないようにしないとね。
「知ってるよね。直接的なものじゃなくても悪意さえあれば――」
「ええ。知っております。うちの猫は、すぐにこうやって爪痕を残すんですよ」
困ったように眉を寄せて微笑む顔に、やはり隙はない。
会話の中で探るしかないらしい。
「へぇ……。飼い主の自覚があるのかい?その猫は、すっかり王宮に住み着いた気になってるみたいだけれど」
「ええ。ご迷惑をおかけしました。お詫びに、殿下の望むものを差し出しましょう」
すぐに主導権を取りに来る。
しかも、自然な形に見えるように……だ。
気に食わない。
「それは私が決めるべきじゃないか?」
「ですが、殿下はスムーズに事を運ぶことがお好きでしょう」
わざとだな。
会話運びが巧妙すぎる。
こちらの選択肢を奪っているのにも関わらず、選ばせる。
これは、私ひとりで抱えるには重いかな。
「……ふーん。聞こうか」
「その前に……王太子妃殿下にも、謝罪の場を設けてくださいますか?」
「いいだろう」
早速、交渉相手を変えてきた。
私では、彼の欲しいものを与えられないということか。
まあ、妥当だな。
「……なるほどね。公爵家の献上品にこんな物が。許しがたいわね」
「ですが……王宮医が“問題ない”と判断した物ですから。公爵家としてお詫び致しますが、責任はないと申し上げます」
「随分と厚顔なのね」
だが、実際にその通りだ。
悔しいが、彼の言い分にも穴はない。
ハーブや薬草の効能は、毒ほど明確に裁けるものではない。
「妃殿下のお悩みが全てこれのせい……とは断言できないのでは?」
「ヴァルター公子!その物言いは不敬だぞ」
こちらの弱みを的確に突いてくる。
証拠が弱すぎて、私としては大袈裟にしたくない問題だ。
王家全体の判断も同様だろう。
――だが、義姉上にとっては違う。
「……いえ、その通りね。悔しいことに」
「わざわざ義姉上を呼び出した目的と――さっきの交渉が繋がっているんだろう?早く話したほうがいいよ。前口上が長すぎると席を立ちたくなる」
これ以上、彼女を煽られても困ることになりそうだ。
ただの揺さぶりだったはずが、とんだ方向に話が向かっていく。
「証拠を差し出します」
「ふふ。それだけですか?」
「公の場で、ルイーズを捕縛する――そんな証拠を、私が用意しましょう」
クラウディアが静かにヴァルターに噛みついた。
その笑みの奥にあるものは、私にも計り知れない。
「このまま、彼女を消すくらいできるわ」
この流れがどこに行き着くのか。
ヴァルターの望みが段々と見えてくる。
「それはそうでしょう――。ですが、彼女に影響力を持たせたまま実行するのですか?それはそれは……しばらく社交界が賑やかそうだ」
クラウディアとルイーズの確執は有名だ。
証拠もなく彼女を消せば、いくらでも噂は作れる。
――いや。作る、と脅しているのか。
パチン、とクラウディアが扇子を閉じた。
「今までずっとルイーズ嬢を溺愛していると話題だったのに……。そもそも、貴方は信じるに値するの?」
「私では、これ以上証明できません。そちらのご判断に任せます」
数秒の間――彼を探るように黙り込んでいたクラウディアは、ゆっくりと頷いた。
「いいでしょう。それで手を打ちます。ヴァルター公子――そちらの要求は何かしら?」
「捕縛されたルイーズの身柄、それだけです。若い女性が罠にかけられて毒杯――そんなことは忍びないのです」
沈痛そうに目を伏せ、胸に手を当てるその姿はまさに詐欺師そのものだ。
完璧だね、ヴァルター。
「いいわ。私としても社交界から追放されればそれで満足よ。彼女の死までは望まない」
「……ありがとうございます、妃殿下」
クラウディアが、侍女と共に退出していく。
扉が閉まった数秒後――。
私は思わず小声で笑ってしまった。
「ははは。ようやく分かったよヴァルター。君の望むものが」
つまり、彼女を王家に処分させたくない。
罪人として社交界から消し、その上で自分の手元に置くつもりか。
……なるほど。
ようやく、この男の望みが見えた。
「意外と単純でしょう?」
「ああ。……思っていた以上に、純粋で悪辣だ」
◇◇◇
今の騒動に、会場がざわついている。
ルイーズは騎士に連行されて、護送用の馬車に乗せられていくところだった。
それを黙って見送り、森に視線を向ける。
こちらとは対照的に、やけに静かだ。
「王子サマ。ちょっとうちのリーダーの様子を見てきます」
ローランが深い森の奥を睨みつけながら、私に話しかけてきた。
彼が向かった方が、リチャードの生存率は上がるだろう。
しかし……。
「こっちの防衛も必要なんだよね。君の大切な女性もここにいるんだろう?」
ローランの視線が、一瞬だけリジーの首元へ落ちた。
先ほどまでそこにあった首輪の跡を、忘れたわけではないらしい。
そして、殺気の籠もった目で私を見る。
誤解だ。
いや、下手に弁明すると藪蛇か。
「あ~くそ。……死ぬなよ、リチャード」
ローランの呟くような声が、森の静寂に吸い込まれていくようだった。
ヴァルターはヤバいです。
作者もちょっと引いております。
なお、ルイーズのその後はエピローグ後です。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
もし物語を楽しんでいただけましたら、
★やブックマークで応援していただけると励みになります。




