第41話 さようなら、“ヒロイン”だったルイーズ
リジーがピンチです。
※コピペミスで、狩猟祭の前半部分を丸ごと載せ忘れていました……! 読みづらくなってしまい申し訳ありません。修正しております。
リアクション、ブックマーク、評価が本当に励みになっています。 一つひとつの反応に力をいただいています。
――狩猟祭当日――
見事な秋晴れだった。
華やかに着飾った女性たちや、仕立てのいい上等な狩猟服を着た紳士たちの、賑やかな声が聞こえてくる。
こんなに穏やかな日なのに。
今日、私たちの戦いが始まる。
「準備はいいかい?」
先に馬車を降りたセス殿下が、私に手を差し伸べる。
「もちろんです。……今度こそ、逃がしません」
「ん?何をかな。物騒なんだけれど?」
「大丈夫ですよ。……狩猟祭ですから、逃げた獲物を仕留めるだけです」
そっと、薬指の指輪に触れる。
そして殿下の手を取って、地面へ降り立った。
少し離れた場所では、王太子妃クラウディア殿下が静かにこちらを見ていた。
その表情は穏やかだけれど、扇子の奥の瞳は少しも笑っていない。
「じゃあ、狩場に向かおうか。きっと上等な獲物が待ってるよ」
◇◇◇
森の入口から少し離れた芝生の上に、白い天幕がいくつも張られていた。
一際大きな天幕の中には、王太子妃殿下を中心とした女性たちのお茶会の席がすでに整えられている。
「義姉上、今日の装いも素晴らしいですね。まるで女神エルシアのようだ」
セス殿下が、王太子妃殿下を春の女神に例えた。
ざわりと周囲が騒がしくなる。
――これが合図?
けれど、セス殿下は私に言っていたはずだ。
社交界では、春の女神の名前は使いどころを間違えると危うい、と。
ルイーズは、そんな空気にも気づかないように、王太子妃に声をかける。
一見無邪気そうなその態度が、私の不安と疑心を煽っていった。
「特別にエーデルシュタイン家から皆様に振る舞いたいと持ってきました。是非どうぞ。ね、ヴァルター?」
ルイーズが小首を傾げて、ヴァルターの同意を求めている……が、怪しい。
突然の好意なんてありえない。
ヴァルターは、ルイーズの瞳を数秒見たあとにゆっくりと頷いた。
「はい。妃殿下のお求めのものです」
そして彼は、王太子妃に向かって深く頭を下げた。
「……そう。さすがはヴァルター公子。私の要望にしっかり応えてくれて、頼もしいわ」
王太子妃殿下が、扇子を広げて嫣然と微笑む。
こちらからはよく見えないが……。
目が笑っていない気がするのは気のせいなのか。
政治は怖い。
「では、我々はそろそろ失礼いたします。女性方のお茶会に、いつまでも男が居座るものではありませんから」
セス殿下とヴァルター公子が、一瞬だけ視線を合わせて、お互いに頷きあった。
「そうだね。私たちがいては、せっかくのお茶も味気ないだろうし」
セス殿下も、彼の言葉に乗って天幕を出るようだ。
是非とも私もついていきたい。
リックの現状が気になるわ。
じりじりとした気持ちで時間をやり過ごす。
その時、すっと天幕が開いた。
(リジーだ……!)
思わず声を上げそうになって、慌てて口を閉じる。
侍女の格好をしたリジーが、茶器の乗ったワゴンを押して入ってきた。
よかった。無事だった。
そう思ったのに――。
リジーは、一度もこちらを見なかった。
首元まで隠された侍女服の上から、リジーが喉元にそっと触れた。
不安げに瞳が揺れて、一点を見た。
ローランだ。
気づかなかった。
ここの警備にまわっていたんだ――。
いや、それよりも。
私とローランの視線も、同時にリジーの首元に落ちる。
――まさか。
その瞬間、ローランの目の奥が燃えるように光った気がした。
――やる。ローランなら動く。
どうしよう。
どうすれば、リジーと妃殿下を助けられる?
末席から順に、リジーがお茶を淹れていく。
私の前にも、温かい湯気が立った。
リジーと視線を合わせる。
彼女は眉を寄せて、ちょっと切なそうに微笑んだ。
そして、王太子妃のカップにも注いでいく。
時間がない。
やってやる。
私の仲間に手を出したんだ。
責任は取ってもらう。
そうでしょう、ローラン!
「わぁ……! これが有名なハーブティーなんですね。美味しそう!」
カップを持ち上げた瞬間、離れた場所にいる彼に視線を送る。
彼なら大丈夫だ。
走る馬車を止めた時だって、外さなかった。
的は、わかっているでしょう?
――来い!
カップをゆっくりと口元に運ぶ瞬間。
白い陶器が目の前で弾けた。
欠片が頬を掠める。
ちくりとした痛みが走ったけれど、そんなのはどうでもいい。
やった!
その瞬間、リジーの首元が光った。
けれど、彼女は倒れなかった。
光は、すぐに弱まっていく。
やっぱり。
首輪の命令は、“王太子妃にお茶を淹れる”ことだったんだ……!
「なんだ!?」
「なんで、カップが!?」
周囲がざわめきに包まれる。
そんな中、茶器を放り出して私に駆け寄ってくる人影があった。
「大丈夫!?」
リジーが、素の表情で私に駆け寄ってきた。
バカ。
リジー本人が一番つらかったくせに。
人の心配なんてしないでよ。
割れたカップの近くで、ローランの投げナイフが鈍く煌めいている。
――やるじゃん。
今回ばかりは、本当に見直した。
本当、いざとなれば頼りになるんだから。
以前、彼に言った言葉を思い出す。
“どんな苦境も乗り越えて、立ち向かうヒーローのことよ”。
ローラン。
今回は、あなたがヒーローだわ。
阿鼻叫喚する女性たち。
その中で、凛とした声がその場を制した。
「落ち着きなさい!」
王太子妃クラウディア殿下だった。
扇子を閉じた彼女の瞳は、少しも揺れていない。
「状況を整理します。そこの侍女と、床のナイフを調べなさい」
待って。
違う。
リジーの意思じゃない。
「……待って……!」
私が声を上げた、その瞬間だった。
天幕の入口が大きく開かれる。
「毒の疑いがあると、こちらで判断した。咄嗟の対応だ。落ち着け!」
セス殿下の声だった。
「………!」
その場の視線が、私の割れたカップの欠片と、床に刺さったナイフの間を揺れ動く。
ルイーズは、周囲を見渡して甲高い声を上げた。
「違うわ……!ちゃんと調べてみなさいよ!毒なんて入れてないんだから!」
騎士の一人が、王太子妃殿下の前に置かれたカップに近づいた。
そして小声で彼女の許可を取っている。
彼の手元には、毒を検知する魔道具があった。
頷いた王太子妃のカップに、その魔道具をつけた瞬間。
――色が変わった。
「反応があります……! 毒物、あるいはそれに準じるものかと」
その瞬間、リジーが崩れ落ちた。
「ああ……助かりました。直前に、ルイーズ様から怪しいものを渡されたんです。香り付けだと言われましたが……どうしても怖くて。私の首元を確認してください」
リジーが襟元を開いて、それを露わにした。
やっぱり。
リックと同じ、あの忌々しい隷属の首輪だった。
セス殿下が一瞬、その首輪を見た。
そして、何かを悟ったように表情を曇らせる。
……この違和感は一体なに?
私は、何を見落としているの……。
いつの間にか、殿下が苦々しげにヴァルターを睨んでいた。
「……やっぱり君は、私の手には負えないね」
そんな殿下の視線さえ気にしない様子で、ヴァルターはルイーズだけを見つめていた。
彼は息を呑み、悲しげに唇を震わせた。
まるで本気で傷ついているかのように。
血の気の失せた顔は、壮絶に美しい。
「ルイーズ、まさか……。私に用意させたものを、そのように使おうとしたのですか」
セス殿下に続いて天幕へ戻ってきたヴァルターが、ルイーズに声をかける。
その姿は、悲痛に眉を寄せて心を痛める青年そのものだった。
――リックにも同じことをしたくせに……!
「まさか、こんなことをルイーズがするなんて」
「……ヴァルター。もういい。君の忠誠心は今まさに証明されている。その首輪は主の意向通りに使われた、そうだろう?」
セス殿下の声が聞こえないかのように、ヴァルターはさらに言葉を続けて、どろりとした物を積み上げていく。
「……殿下。甘いですね。義妹にはもっと罪を突きつけ、罰を与えなければ……」
ヴァルターを止めようと、ルイーズの悲鳴に近い抗議の声が上がる。
「違うわ!私のせいじゃない……!毒なんて盛ってない!」
クラウディアが、再びゆっくりと扇子を開いた。
薄い笑みを隠すように、口元へ添える。
「……じゃあ、何を盛ったのかしら。この魔道具の反応の説明を、貴女がしてくれるのでしょう?私が危険だと判断したのよ?……異論は挟ませないわ」
その仕草は優雅だった。
だからこそ、瞳の奥から感情が引いていくのが、ひどく恐ろしかった。
「詳しく聞かせてもらおうか。ルイーズ嬢、侍女、それからヴァルター公子を別室へ。残りの者は落ち着いて別の場所で待機するように」
セス殿下が私に視線を寄こし、微かに頷いた。
ええ。ルイーズには言ってやりたいことがたくさんある。
機会をもらえるなら、遠慮はしないわ。
◇◇◇
人目を避けるように張られた、小さな天幕に連れて行かれた後も、ルイーズはずっと悲鳴に近い声を上げていた。
私のリックにあんな首輪をつけて、仲間のリジーまで傷つけて。
見て見ぬふりを続けるルイーズに、イライラした気持ちが抑えきれない。
どうしても、彼女に一言だけ言ってやりたくなった。
いや、一言じゃ足りない。
やっぱり、私は大切な人を傷つけられるのが許せない。
騒いで暴れるルイーズの前にしゃがみ込む。
二人の騎士に抑え込まれている彼女と同じ目線に立った。
怒りに満ちた、青い瞳が私を睨みつけている。
「ルイーズ。私、本当の名前はデイジーなの。同じ孤児院出身だったでしょう」
「あ、あんたがデイジーですって!?でも……!リチャードのマーガレットでしょう!?」
「モブ扱いだから忘れちゃったかしら。彼も同じ孤児院のリックよ」
彼女が息を呑む気配がした。
そう。
子供の頃、ずっと彼女が“モブ”だと馬鹿にしていたリックなんだ。
「どう? あなたって、本当に人を見る目がないのよ。リチャードは昔から変わっていない。もちろん、私もね。あなたの『原作』なんて、少しも役に立たなかったじゃない」
物語の英雄かどうかは、私にはわからない。
けれど、彼の価値を一ミリも理解できない女に好き勝手言われたくない。
私の隣にヴァルターが並んだ。
思わず身を引いたが、彼の言葉が耳に届いてしまう。
「ようやく手に入れました。私のヒロイン」
「……!」
「あれ……。ヴァルターは闇落ちしていないのに……。そのはずでしょう? ……なんで」
ルイーズが呆然とした声を上げる。
そんな彼女に、ヴァルターがうっとりと微笑んだ。
その瞬間。
ゾワッとしたものが背筋を這っていった。
――怖いわ、この人。
ルイーズは、こんな人を簡単に扱えると思っていたの……?
「な……なんで原作と同じ台詞を……」
「ああ……。原作の私も、こんな気持ちだったのでしょうか。ルイーズ、大丈夫ですよ。ちゃんと貴女の家へ帰りましょう。すべて手配済みですから」
熱の籠もったその声に、私は震えてしまう。
彼は、ルイーズの物語ではどんな役割だったの……?
もしかして――。
「嘘。嘘よ。ヴァルターは……。ヴァルターは……?……悪役のまま、変わっていないの?」
ヴァルターの手には、黒い首輪があった。
あれは……リックとリジーを縛ったものと同じだ。
ルイーズの顔から血の気が失せていく。
「いやよ……やめて……!」
私は、すっと目を逸らした。
やはり気分がいいものではない。
でも、リックとリジーも同じ気分を味わったのよ。
――怖いわね。
この先、彼女がどうなるかわからないけれど……。
それは、決して幸せではないだろう。
馬鹿で、純粋で、悪辣なルイーズ。
これで……あなたと会うのも終わり、ね。
「……さようなら」
私はそのまま周囲の人へお辞儀をして、その場をあとにした。
そして、森を見る。
私の意識は、もう次の戦場へ向かっていた。
セス殿下とヴァルターが怪しい……と思った方。
正解です。次話、舞台裏です。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
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