第40話 リジーとデイジーの決戦前夜
ラストスパートに入ってきました。
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いつも読んでくださって、本当にありがとうございます。
――リジー視点――
日が落ちて暗くなった部屋に、甲高い女の声が響く。
耳障りだわ。
またルイーズがヒステリーを起こしている。
私は、そっと溜め息をついた。
「王太子妃が……あの女が妊娠ですって……。ねぇ、ヴァルター。許せない……!」
彼女はヴァルターの胸を何度も叩いて、怒りを露わにしている。毎度のことだ。
私は壁際に立って、二人のやり取りを眺めた。
(王太子妃の妊娠……ね。やっぱり狙いはそっちだったわけだ)
第三王子は予備か、足掛かりだったんだろう。
王太子の側妃。
さすがだわ、ルイーズ。
こちらの想像以上に、随分と大物狙いだった。
「……いいのですか?これを使ったら――」
「普通の検査では証拠は残らない薬なんでしょう?ヴァルターが言うなら間違いないわ」
テーブルに置いてある瓶の中には、よくわからない液体が入っている。
これは絶対にヤバいやつだ。
「ええ。ではそのようにしましょう。私の女神」
「どうやって仕込めばいいかしら……」
「茶葉に仕込んでもいいかと。一晩、浸けておきましょう。味も香りも変化するところが、ブレンドやハーブティーの魅力ですからね」
一瞬、ヴァルターがこちらに目をやった。
ぎくり、と身体がこわばる。
その視線の意味って、まさか……。
「……今度こそ取り戻せるかしら」
ルイーズは先程の癇癪が嘘のように、弱々しい声で呟いた。
沈黙がおりる。
ヴァルターが、そっとルイーズの顔を上向かせた。
「『原作』を失うのが怖いのですか? それとも、本来なら与えられるはずだったものが欲しい?」
「もう……わからないわ。だって……奪われて奪われて……。ねぇ、私って本当にヒロインなのかしら。本当は私のほうが――」
王太子妃の懐妊は、相当なダメージだったようだ。
そして、薬。
ハーブティー。
嫌な予感が、背筋を凍らせる。
「ルイーズ、貴女は間違いなく“ヒロイン”です。……大丈夫です」
ヴァルターが、ルイーズを抱き寄せてから数分後。
彼はその液体を、隣に置いてある茶葉にかけ始めた。
茶葉は、ゆっくりと何かを吸い込むように色を濃くしていく。
――逃げたい。
私の前でこんなことをする理由は一つしかない。
しばらくすると、いつもの様子に戻ったルイーズが私を呼び寄せた。
「リジー。お願いがあるんだけど。見て、これ。新しい茶葉よ。ヴァルターが用意してくれたわ。明日の狩猟祭には、これを使いましょう」
瓶を手に取り、私の方へ預けてくる。
内心の動揺を必死に隠して、それを受け取った。
ずっしりと重く感じる。
「……ですが、王室ですでに用意しているかと思いま――」
「黙りなさい!そんなのわかっているわ。だから、私が話題にして興味を引くから。あなたはいつも通りにお茶を淹れなさい」
私の言葉は、ルイーズの鋭い声で遮られた。
一介のメイドが、王族に出すお茶を淹れる?
無茶苦茶だ。
そんなことが、できるはずもない……けれどヴァルターがいる。
王族も無下にはできない、公爵家の人間だ。
これは、詰んだかしら……。
「……新しいハーブティーですか?」
「ただ香りを強くしただけよ。あなたは言われたとおりにすればいいだけ。わかった?」
「……わかりました」
(絶対にヤバいじゃないの、これ……)
茶葉を抱えて、ルイーズの前から逃げるように部屋をあとにする。
手元に目をやる。
駄目だ。こんなことに巻き込まれたくない。
――その時、肩を軽く叩かれた。
驚きのあまり、身体が大きく震えた。
いつの間に!?
すぐ背後にヴァルターが立って、こちらを見下ろしている。
慌てて頭を下げると、ヴァルターが顔を寄せて耳元で囁いた。
「彼女の言うとおりにしなさい。……これは、私が預かっておく。中身をすり替えられると困るからね。明日、彼女から改めて君に渡させるよ」
まずい。逃げられない。
ヴァルターが、私から茶葉の瓶を取り上げて、それを掲げた。
この場から逃げ出したい気持ちを必死に抑える。
まだ駄目だ。
逃げるなら、深夜にしないと――。
「ああ……逃げないようにね。君の本当のご主人様も今は忙しそうだよ。だから、これを君にあげよう」
ぐいっと腕を強く引かれた。
その瞬間に首元でカチリ、と音を立てて何かを嵌められる。
まさか――!
「新しい首輪をあげよう。命令は一つだけだ。“明日の狩猟祭で王太子妃にこのお茶を淹れるように”。簡単だろう?」
(……最悪だ!この、頭のおかしい変態野郎!!)
ヴァルターが命令を口にした、その瞬間。
首元が光ったのがわかった。
それを絶望的な気分で見るしかない。
リチャードと同じように、隷属の首輪が私にもつけられてしまった。
ローラン!
しくじったわ……。
◇◇◇
「……殿下。動きにくいです。これじゃあ、いざという時に戦えません」
(私は前世の女児向けアニメの主人公じゃないんですよ!)
試着させられた、明日の狩猟祭の衣装。
それ自体はいいんだけれど……。
薄い緑色の、たいへん可愛らしいドレスだった。
レースやアクセサリー、さらにはリボンまで添えられていて、動きやすさとは無縁に見える。
「うん、ぴったりだ。若々しくていい。新緑のような色合いが、君の瑞々しく輝く瞳を引き立てている」
うわ……。
また歯の浮くようなことを。
「気障ったらしいです……。そういうところが……多分、そこが駄目……」
後ろで補佐官が拳を振り上げて私を殴るジェスチャーをしているけれど。
でも、誰かが言ってあげたほうがいいんじゃないかな……。
「……え!」
セス殿下が目を丸くして驚いている。
気づいていなかったのか。
ほら、誰かが教えてあげないからだ。
「殿下!大丈夫です……!顔で全部持っていけます!その顔さえあれば大丈夫!」
「コンラート。君、前から思ってたけど失礼だよね?」
補佐官が慌てて、全身でフォローしてくれている。
あ、コンラートさんって名前なのか。
初めて知った。
「……なるほど。もういいよ、コンラート。そうだな……うーん。今日から君は、ずっと『補佐官』だ。君の名前は忘れたことにするよ」
「殿下ーー!そんな記号みたいなのはさすがに嫌です……!」
(……不憫だ)
そんなやり取りを見て、くすりと笑った。
明日が本番だ。
セス殿下が言っていた、王太子妃の動きも気になるけれど。
――リック。
王太子を動かしたんだってね。
本当に無茶をする。
私、足手まといにならない。
精いっぱい頑張るから。
だから……また、貴方の隣に立ちたい。
リジー、しくじりました。でも、彼女には頼れる……はずのヒーローがいます。
ローラン、頑張れ。次回、狩猟祭です。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
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