第39話 デイジー、狩猟祭の舞台へ
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私は貸し馬車で急いで王都に舞い戻った。
そして、そのままセス殿下のタウンハウスの扉を叩く。
いきなり消えたくせに、恥知らずにも程があるだろうけれど、人の命がかかっている。
そんなことを気にしている余裕なんてなかった。
彼の足枷にしかならない私に、なにが出来るのかわからない。
けれど、セス殿下へ情報を伝えることくらいならできる。
王国最高峰の武力を誇る騎士団なら、何とかしてくれるはずだ。
きっと、大丈夫。
そう信じるしかできない。
不意に扉が開き、補佐官の男性がセス殿下のもとへ案内してくれた。
「やあ、おかえり」
部屋の扉を開くと、意外にも、にこやかに迎えてくれた。
いや。
意外でもないか。
ラスティさんをつけてくれたのだから。
「あの、この間は黙って行ってすみませんでした。それと、ラスティさん――回復職の応援も助かりました。それで、実は……!確定じゃなくて、ただの想像でしかないんですが、ワイバーンが逃げて――」
「わかってるから、落ち着いて」
いつの間にか、支離滅裂で早口になっていた。
それをセス殿下に宥められる。
駄目だ、焦りすぎだ。
「ワイバーンの件は、こちらも情報を掴んでいるよ。ギルドも人員を派遣しているし、騎士団も増員予定だ。こちらは、私と義姉上の警護って理由で駆り出す」
もう、対処済み……。
増援まで計画されているなんて……。
「――そうなんですね!……よかった」
殿下の言葉を聞いて、肩の力が抜けた。
張り詰めていた緊張が解けて、膝からガクンと崩れそうになる。
「もう、兄上が動いているみたいだ。きっと今頃は騎士団員が森中を捜索していると思う」
「じゃあ、狩猟祭は……リックは大丈夫でしょうか」
意味のない質問だ。
そんなことは、ここにいるセス殿下にわかるわけがない。
ただ私が安心したいだけだ。
そんなことは、お見通しみたいだけれど。
セス殿下は断言を避け、そのまま話題を変えた。
「そこは私にはどうしようもないけれど……。別のことはできるかな」
「別の、こと?……ルイーズ関連ですか?」
セス殿下がわざわざ私に話すということは、それしかないだろう。
リジーが手に入れた、あのメモを利用するのだろうか。
それとも――。
しかし、彼は私の疑問には答える気がないようだった。
「私だけの問題じゃないからね。まだ内緒だよ。狩猟祭当日、義姉上にも動いてもらう。そのために、少し合図を決めておきたい。君は神話には詳しいかな」
王太子妃?
うわ……それは、確実に何かが起こるのね。
ただでさえ問題が山積みなのに、これ以上は荷が重い。
「いえ、詳しくないです。有名な神様しか知りません。……その合図が出たら、私はどうすれば?」
つい、投げやりになってしまう。
当日の騎士団員の配置の方が気になるくらいだ。
――社交どころじゃないのに。
そんな私の態度にも、彼は少し困ったように笑うだけだった。
ああ……。さすがにこれは失礼だった。
殿下が回りくどいのは今さらだ。
「うーん。流れはこちらで作るから、ぶち壊さないこと」
「……わかりました。妃殿下も関わっているなら気をつけます」
多分、関わるといいことがない話だ。
ここは素直に頷いておくのが一番いい。
「うん。例えば、季節ごとに象徴的な女神がいるんだよね。王太子妃を褒めるときは、今の時期だと、秋の女神ヴェルミアを使うんだよ。ああ、基本的なマナーだから覚えててね」
「豊穣の女神様ですね。わかりました」
そのくらいなら、知っている。
季節ごとにある、女神の名前を冠した祝祭は国民にも大人気で街中で盛り上がる。
「ただ、逆に社交界では春の女神は『奔放』の隠語だから使わないように」
「え、なぜですか??貴族の会話が難しすぎる……」
春の祝祭も大人気なイベントなのに。
しかも、そこで花を贈って告白するのが定番だ。
前世のチョコレートの戦略と、同じ香りがする……と毎年思っている。
「女神エルシアには恋と愛の逸話がいくつもあってね。人間の男に騙されて、最後は追放されたって話もある」
そりゃ、そんな女神に例えられたら失礼か……。
でも神様なのに不思議なものだ。
「……神話ってなんでこういう話が多いのか。わかりました。春の女神は使っちゃ駄目……と」
「必ずしもそうじゃないのが面白いところさ。魅力的だという意味もあるからね。口説き文句の定番だ。ただ、使い場所だね」
彼は、一度考える素振りを見せた後、私を見つめた。
その瞳は見るからに楽しんでいる。
「マーガレットなんて、春の女神に相応しい名前じゃないか。長い冬の終わりを告げる陽光が、まるで君のようだ。その笑顔が人を惑わせる……とかね」
首を傾げて意味ありげに微笑む。
ええ、春生まれに多いでしょうね……。
ふっと、窓の外を見ると夏の日差しが和らいで、秋らしい薄い雲が広がっている。
春は遠い。
「さらに混乱するだけなんですが。で、セス殿下のできることは、女性を女神に例えて褒めるってことですか?」
「ふっ、ふふ!それじゃあ、ただの軽薄な無能って言ってるようなものだよ。興味深い見解だけど、さすがに不敬すぎるんじゃないか?」
おかしそうに笑った顔は、年相応に見えるのに。
寒々しいことを言うからだ。
「うーん。悪気はなかったんですが。この話の流れではこういう感想になってしまったというか……」
「え……!君もそう思うの?」
適当に答えた私の言葉に、彼は意外にも食いついてしまった。
何故だ。殿下の後ろでは補佐官が必死に首を振っている。
どういう意味だろう?
「みんな、私を放蕩者みたいな目で見るんだよね。なんでかな……」
セス殿下は本当に首を傾げて私に聞いてくる。
上目遣いはやめてくれ。
そういう所だと思います。
――答えにくい。
だって、百戦錬磨みたいな顔しているんだもの!
……なんて言えない……。
「えっと……意外と子犬っぽい……からですかね……」
補佐官に、ジェスチャーで叱られた。
これも駄目!?
「……子犬。まあ、いいや。君も少し落ち着けたみたいだからね。とりあえず休んだほうがいい」
「あ……。ありがとうございます」
――私の緊張を解すため、世間話で気を紛らわせてくれたんだ。
リックのことも、狩猟祭のこともあり、イライラしすぎていたみたいだ。
「さて、時間がないから衣装はこちらが用意しよう。狩猟祭の舞台に立ってもらうよ、マーガレット。――兄上とリチャードとは少し趣が違う演目だけれどね」
セスとコンラートは十年以上の付き合いです。
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