第36話 私は足手まといじゃない
今回は甘くありません。
リック、お前……という回です。
「……デイジー。なんで来ちゃったんだよ」
彼の、少しだけ掠れて震えている声に気づかないわけがない。
バカなリック。
来るに決まっているでしょう。
一番大切な、大好きな人のために動けなかったら、意味がない。何のために魔法を覚えたと思ってるのよ。
冒険者になってから、本当に頑張ったんだから。
「助かったでしょ?」
いつもの優しい笑顔を期待していたのに、何故か切ない顔をさせてしまった。
「ああ。それがつらい。……やっぱり、こんな無茶なことに巻き込みたくなかった――」
慌てて、彼の言葉をさえぎる。
違う。勘違いしないで欲しい。これは私の選択だ。
「私が!……私がリックとケンカをしに来たの。何を勝手に一人で決めちゃってるのよ。これからも、一緒に進むんでしょう?だから、家出した旦那を殴りに来たのよ」
「………そうか。やっぱりデイジーはいい女だ」
ちょっと困ったように眉を寄せて笑う。
その言葉も笑顔も、彼が無事だったことも。
嬉しいはずなのに――
その表情に、何故か胸が落ち着かない。
「巣の状態を確認して来る」
そう言って、ローランは岩肌に手をかけて上がっていった。
凄いな……。
命綱なしのロッククライミングだ。
そして、私を一度思いきり抱きしめてから、リックも後に続いていく。
「脳筋は、この崖を素手で登るのか……。やはり頭がおかしい……。僕には一生理解できない………」
――うわっ、びっくりした!
いつの間にか、同じように崖を見上げている人がいた。
セス殿下が派遣してくれたラスティさん。
昨日森で会ってから、ずっとボソボソと喋る人だと思っていたけれど、戦闘では性格が変わるようだ。
戦闘中の鋭い口調は引っ込み、今はまた小声で独り言を呟いている。
不思議な人だ。
いや、専門家というのはオタク集団だ。私は理解も耐性もあるし平気だ。
……そう考えていたが、彼がじーっと私を見ている。
なぜ。
「……君は、リチャードの恋人……?」
突然話を振られ、つい肩が跳ねた。
驚きのあまり声を上げそうになる。
てっきりコミュ障……いやいや、人と話すのが嫌いだと思っていた。
「いえ、妻ですが」
「……人妻!?……君、だめだ。そのワードは軽々しく男の前で言うものではない」
驚かれることはあるが、こんな反応は初めてだ。
やっぱり変わっている。
「……じゃあ、どこで言えばいいと?」
「女性と子どもの前だけだ」
「……なぜ」
さらに理由のわからないことを言われる。
頭に、はてなマークが浮かんでしまう。
謎だ。
「君は、筋肉マッチョの話題を知らないから……。こんな女性が話のネタにされるのは耐えられん……!あの脳筋どもめ……」
いや、これでも冒険者なんだから、酒場の話題を聞いていればわかる。
なるほど、心配していたのか……。
やっぱり悪い人ではなさそうだ。
そこに、別の声が交ざる。
「キモいおっさんだな」
「ローラン!」
彼のあんまりな物言いに、反射的に注意をする。
いつの間にか、リックとローランが戻ってきていた。
「どうだった?」
二人に駆け寄って声をかけるが、表情が暗い。
リックの首元が気になる……。
やっぱり、もう一体の方も倒すしかないのかもしれない。
「もぬけの殻だったな」
「……そっか。じゃあ……」
――“これからどうする?”
そう聞こうとした時、今まで黙っていたリックが口を開いた。
「パーティを解散する。反論はなしだ」
一瞬、場が静まり返る。
頭が追いつかない私は、もう一度聞き返した。
「え……今なんて」
「おいおいおいおい!ちょっと待て!」
ローランも、目の前で慌てている。
それに答える声は、聞いたこともないほど冷徹に響いた。
「パーティ解散だと言った。おとなしく帰ってくれ」
「ちょっと待って!」
すでに背中を向けている彼を止めたくて手を伸ばした。
だが、それは簡単に払い除けられる。
「え……」
ジンジンと痛む手の甲を見た。
信じられない。
――リックに手を振り払われた。
「お前が一番足手まといだ、マーガレット」
「でも、魔法使いがいたほうがいいでしょう!?」
「あいつが狙うとしたら、番を殺した俺だ。次は奇襲で来るはずだ。ローランならまだしも、マーガレットはその一発で殺されるだろ。……どうだ、ローラン。お前の意見は?」
リックの視線がローランを射抜く。
向けられたのは私じゃない。
それなのに、思わずたじろいで、視線が下に落ちる。
言っていることは、わかる。
わかってしまうのが、余計につらい。
「いや、まあ……そう……。いや、でも言い方!言い方考えろ、お前!」
「事実だろ」
……ローランが庇ってくれなくてもわかる。
上からの襲撃は、多分避けられない。
毎回彼に庇われることになるって、そんなことくらい理解できる。
「でも……でも……。空中戦なら……こっちも奇襲なら……」
「お前が、奇襲をかけられるって?気配すらまともに読めないのに?」
嘲るような――そんな言葉に、カッとなって言い返した。
「………馬鹿!バカバカ脳筋!ヘタレな〇〇野郎ーー!」
それ以上は、何も言い返せなかった。
悔しいのに。
腹が立つのに。
リックの言葉が間違っていないと、わかってしまったから。
彼が追いかけてくる気配はない。
(……きっと、このまま私を置いて行くつもりなんだわ)
バカ。
リックの大馬鹿。
大嫌い……!
でも、それだけは……口が避けても言えなかった。
◇◇◇
とはいえ、彼らが見えない位置で立ち止まるしかない。
その場でしゃがみ込んで膝を抱える。
拗ねて意地を張る子供みたいだ。
「……本当、私ってば情けないわね」
「おい、大丈夫か」
そんな私に、ローランが気まずそうに話しかけてくる。
マイペースな彼にも心配されるほどなんて。
思わず空を仰いだ。
あ~、ワイバーンも飛んでいない平和な景色だ。
夏も終わって、秋の涼しい風が木の葉を揺らしている。
空だって、もうあんなに高い。
(食欲の秋だし……。やけ食いしてやろうかしら。それとも運動?)
――ん?
「……なあ、おい。あいつ馬鹿だけど……」
必死にフォローしようとしているローランの言葉を遮って、頭の中で、さっき考えたことをまとめる。
「ねえ、ローラン。さっきのワイバーンの巣に卵はなかったんだよね?」
「……あ、ああ。だがいきなり何――」
彼は戸惑った声で、それでも質問には答えてくれる。
「でも番だった。なら、もうこの森には戻れない。あのワイバーンにとって、ここは危険な場所になったのよ」
「だろうな」
“番”の言葉に、ローランの表情が締まる。
巣に餌を運び帰る意味。
卵もない巣。
そして、私たちを襲わずに飛び去ったワイバーン。
「……きっと出産間際なのよ。だから、まずは逃げた。それなら遠くまでいかない……かも」
独り言のように、仮定を並べていく。
でも、あながち間違いじゃない気がする。
ただ、すべては想像でしかない……。
だからこそ、当たったときが怖い。
「ねえ、覚えてる?近々ある、王家主催のイベント」
「――狩猟祭か!確かにそう遠くない場所だったな」
「そう。空から見れば、きっともっと近く見えるはずね。逃げ込みたくなるほどに」
王家所有の森だ。
地図で見ると広大だった。
今頃は、狩猟祭のために獲物まで放たれた時期だろう。
「そして、新しい出産場所を見つけて安心した頃に、大勢の人間が森へ入ってくる。自分の鼻先にね」
六日後。
狩猟祭の日だ。
いや、逆か?
“お腹をすかせた子どものため”かもしれないが。
どちらにしろ、出産前後は危険だろう。
(役立たずはおとなしく去ってあげる)
「リックにこの情報を伝えて。ちなみに私もこれに参加するってね」
「わかった。……けどお前、このまま……」
それには答えずに立ち上がる。
ローランに伝言を託し、王都までの帰りの日数を計算する。
ギリギリだ。
「……私の居場所はここじゃないみたい。先に王都に戻るね」
ここまで読んでくださってありがとうございます。
甘くなりませんでした。 リック、お前……という回です。
でも、デイジーはデイジーで考えて動きます。 終盤までもう少し、お付き合いいただけると嬉しいです。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
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