第35話 ワイバーン討伐戦――リック
バトルです……。
反省しています。
王都から外れた深い森。
ここで、近くに住む村人が巨大なモンスターに攫われていくという。
目撃証言では、空からの襲撃だったらしい。
ギルドでの予想は、ワイバーン。
こんな場所に住み着いていいヤツじゃない。
放置すれば、いずれ騎士団が投入される大物だ。
だが、今回ギルドに出された依頼は、あくまでも情報収集だった。
――本来なら、巣の位置と種類を確認して引き返せばいい。
だが――。
(俺の目的は“討伐”だ)
そいつをやらないと、この忌々しい首輪は外れない。
森に入ってすぐ、異変に気がついた。
「……確かに、小型のモンスターが少ないな」
小動物も、ほぼ見かけなかった。
森全体が息を潜めているようだ。
ワイバーンの巣を探すため、さらに奥へ進む。
巣があるなら、崖か、それに近い開けた場所のはずだ。
森に入ってから三日目。
他のモンスターに遭遇する危険が少ないなら、夜中に動いたほうがいい。
(逃亡禁止の命令が厄介だな……)
ターゲットを見つけたら、そのまま戦闘になるしかない。
一回引いて、立て直すことも出来ない。
頭が痛い枷をつけてくれるものだ。
空が白み始めた時に、身を隠す場所を見つけ剣を磨く。
万端の準備で挑まなければ……。
その時。
森の静寂を引き裂くような咆哮が、頭上から響いた。
反射的に顔を上げる。
大きな翼竜が空を横切っていた。
そして、その鋭い爪には、人間が捕らえられている。
翼を広げたワイバーンは、思った以上に巨体だった。
餌を持ち帰る途中らしいが、ここからでは遠すぎる。
(くそ……!あれじゃあ、生きてるのかわからないな)
だが巣に戻ったら、どちらにしろあの人の命はない。
そして、ヤツの巣を見つける絶好のチャンスでもある。
できれば夜の奇襲が一番良かった――が。
「……見捨てるわけにはいかない……か」
剣を握る。持ち慣れた柄は、よく手に馴染む。
あの距離に届くには?
ここから投げても無駄だろう。
ならば――。
その影を追いかけ、地形を把握していく。
ワイバーンが一直線に目指す先に高い岩壁があった。
(あそこか……!)
姿が消える前に、何とかしなければ。
投擲用のナイフを握る。
「ったく!こっちだって、毎日毎日ウザいやつから、押し付けがましく教え込まれたんだよ!」
的は大きいが飛ぶスピードが速い。
木の枝に飛び乗り、そこから思い切りナイフを投げる。
軌道上の少し先を狙った。
――くそ……ダメか!?
それはギリギリ当たったが、肝心の爪には届かなかった。
ワイバーンの足から、血だけが散る。
それでも、獲物を掴んだ足は緩まない。
簡単には離さないか……!
その瞬間、別方向から風切り音が響いた。
この投げナイフは。
「ローラン!?」
それは見事に、俺が届かせられなかった場所を撃ち抜き――。
その直後。
ワイバーンの爪が緩み、掴んでいた人物が宙に投げ出された。
――落ちる!
そのまま木から飛び降りて、落下地点まで走った。
間に合うか――!
「氷の足場を作りなさい!フロストステップ!」
独特な詠唱とともに、目の前に氷の足場ができる。
この声は――。
(デイジーまで来たのかよ……!)
目の前に生まれた氷の足場を蹴る。
一段、二段。
無理やり高度を稼ぎ、落下してきた人物を抱きとめた。
その衝撃で腕に負荷がかかり、足元の氷が軋んだ音を立てる。
若い男性だ。まだ温かい。
だが、出血が酷すぎる。
「脳筋ども、まずは赤髪が敵を引きつけろ!そこのお前は怪我人を早くこちらに連れてこい!トロトロするな」
さらには知らない人物までいる。
だが、その男はローランとデイジーに的確に指示を出していた。
まるで意味がわからないが、“それが正解”だと思った。
まだ息のある被害者を、指示通り連れて走る。
背後では、電撃が弾ける轟音が何度も響いていた。
――さすが、デイジー。
高出力の魔法を連発している。
ワイバーンの咆哮とともに、地面が振動していた。
「お前が『天恵』持ちのリチャードだな。俺が治療にあたるから、暴れてこい」
「あんたは?」
意識のない怪我人を横たえながら、目の前の人物に質問する。
黒髪で隈が酷く、青白い。
長すぎる前髪のせいで表情は読み取りにくいが、やはり初めて見る顔だ。
「ラスティ。――お前と同じでリーガルさんの弟子だ」
「……!」
その一言で十分だった。
ラスティが言い終わるより早く、俺の身体が光に包まれる。
驚いて自分の手のひらを見ると、その光がじわりと身体の中に溶け込んでいった。
「身体強化だ。二十分も保たないから早くいけ、怪我人が優先だ。治療中は邪魔するなよ」
「リーガルさんの知り合いなら信用できるな。……頼んだ」
立ち上がって、愛用の長剣を構えながら走った。
なるほど。
いつもより身体が軽い。
「ローラン!まずは翼を削るぞ!タイミング合わせろ!」
「おう!」
いつもなら、もっと敵に踏み込むところだ。
だが、この身体なら――いける。
脚に力を込めて、一瞬で飛びかかった。
(はは、凄いなこれ……!)
跳び上がった勢いのまま、上から翼を叩き斬る。
それでも、切断するまでには至らなかった。
流石に硬い。
同時に反対側の翼には、ローランの投げナイフが刺さっていた。
まだまだ致命傷じゃない。
ワイバーンは悲鳴のような声を上げ、暴れまわる。
さらなる追撃を加えようと、ローランが走り込んでくるのに合わせ、剣を振りかぶる。
――しかし、一瞬目が合った。
爬虫類独特の、縦の瞳孔がこちらに向けられる。
まずい。これは……。
ワイバーンが大きく口を開けたのを見た瞬間に叫んだ。
「ローラン、下がれ!……デイジー離れろ!」
自分も走り出しながら、デイジーの方へ向かう。
驚きで目を丸くする彼女を抱えて、横に飛び退いた。
その直後。
ヤツの口から吐き出された炎が、扇状に地面を舐めた。
「これが火炎ブレスってやつか……!」
「リック……!水魔法使う!?」
「いや、水蒸気がヤバいだろ!……いや、待てよ。むしろ、それがいいか」
デイジーの言葉に反論しようとして、止めた。
彼女の魔法頼みになるが、やってみるしかない。
駄目なら、逃げられない俺が囮になればいい。
「ローラン、生きてるか!?」
「ギリギリな!でも近づけねぇ」
「デイジーが水魔法使うから、息を止めて遠ざかれ!そのまま離脱!」
ローランの足は速い。
まあ、指示は雑でも離脱の言葉が出れば察するだろ。
「よくわかんねぇけど了解!」
「デイジー……任せた――」
「了解。最大級の……水魔法ーー!」
あ、そこはいつもの変な呪文じゃないんだな。
そんなことを考えてデイジーの頭を抱き抱え込む。
自分の袖で、彼女の口元を覆った。
高温の炎に大量の水が叩きつけられ、真っ白な水蒸気が一気に周囲へ広がった。
その熱気に肌が焼かれるようだ。
背中を向けていてもこれか……!
断末魔のようなワイバーンの悲鳴が、水蒸気の中心部から聞こえてくる。
――今か。
手負いで逃げられても困る。
シルエットが薄っすらと浮かび上がり始めたタイミングで、デイジーを地面に下ろし、走った。
(しぶといな!蒸し鳥になっときゃ楽なのに――!)
しかし、ダメージが大きいらしく、こちらに見向きもしない。
目がやられたか?
どっちにしろ、こんなチャンスを逃す手はない。
そのまま、ワイバーンの頭部へ剣を突き立てた。
断末魔の声が響き渡り、それが段々と小さくなっていく。
やがて完全に途切れた瞬間、巨体が地響きとともに倒れ伏した。
念のために、もう一度剣を振るうが反応はなかった。
やった……。
本当に倒せた。
ローランもデイジーも無事だ。
足元の感触を確かめる。
ワイバーンの硬いウロコが、靴底から感じられる。
これで、忌々しい命令ともおさらばだ……!
屈辱的な首輪からも解放される――!
荒い呼吸を吐き出す。
全身が火傷だらけで、今にも膝から崩れ落ちそうだった。
そして、駆けつけてくれたデイジーとローランを見て、思わず目元が熱くなる。
「リック……!やった!良かった、倒せたんだ!」
デイジーの喜びの声が上がり、こちらに駆け寄ってくる気配がする。
「はぁ~。かなりの大物だったな。ちょっと焦げそうになったわ」
ローランの脱力した声も聞こえた。
振り返って、彼らに応えようとした――その瞬間。
――全身の毛が逆立つような悪寒がした。
咄嗟に叫ぶ。
本能が告げてくる。まだ終わっていない……!
「伏せろ!顔を上げるな!」
崖から大きな影が覗いている。
今まさに倒したばかりのワイバーンよりも、小型だがこいつは――!
倒れたワイバーンを見下ろし、それから俺を見た。
その視線で、嫌でもわかる。
「……番かよ。くそ、仕方ない……」
他のメンバーが狙われるよりはマシだ。
そいつに見えるように、剣を振り上げて声を張る。
「こいつをやったのは俺だ!」
ワイバーンの死体にもう一度剣を突き刺す。
目が合った。
――確実に、俺だけを映している不気味な瞳。
厄介だ。
これは、今度こそ死ぬかもな……。
せめて他の人は――デイジーは逃さないと。
そのためなら、時間でもなんでも稼いでやる。
身構えて剣を握る。
一瞬の間が、最大限に緊張を高めていく。
額から滲んだ汗が伝って落ちていった。
……なぜ来ない?
――しかし、そんな俺を置き去りにして、そいつは翼を広げ飛び去っていった。
ようやく静寂が訪れるが、まだ心臓が暴れている。
「……リック、首輪……」
自分が思っていた以上に、気が張り詰めていたらしい。
デイジーが側に来ても気づかないほどだった。
彼女は、俺の首元にそっと指を伸ばした。
まさか。
討伐対象は、一体だけじゃなかったのか。
そして、あいつは間違いなく俺を覚えた。
番を殺した男として。
デイジーの瞳に映る俺の姿。
そこにはまだ、革製の首輪が鈍く光を反射していた。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
たまに、少年漫画を読んでいた頃の自分が目覚めます……。
バトル回でした。 異世界恋愛のはずなのに、ワイバーンと戦っております。 反省はしています。
次回も、まだ少しだけ落ち着きません。 もう少しだけお付き合いいただけると嬉しいです。




