第31話 ハーブティーの秘密――リジー
公爵邸をあとにする。
もちろん見送りは使用人だけだった。
馬車に乗り込む寸前で、私たちは頷き合い、二手に分かれた。
ローランには、この公爵邸でリジーに接触してもらう。
リジーがいれば心強いが、強制はしたくない。
でも。
――私はリックについて行く。
もう、私の中では決定事項だ。
セス殿下に反対されても知らない。これは譲れない。
隷属の首輪?
S級になるための単独依頼?
そんなことを許せるわけがない。
リックをそんな場所へ、たった一人では行かせない。
胸元からチェーンにかけた指輪を取り出し、そのまま指に嵌める。
ギュッと自分の左手を握り込んで、薬指にキスをする。
その瞬間、薬指の蔦模様の装飾品が、眩い光を放った。
自分の中に、大量の魔力が充満して溢れていくのがわかる。
この指輪は、魔力を溜めておける魔道具だ。
人よりも魔力量が多い私は、色々と目をつけられやすい。
それを心配して、リックが贈ってくれたものだ。
――本当に高価なものだった。
魔道具なんて、平民は持たないから当然かもしれないけれど。
(それを……私に贈ってくれたんだよね。しかも、左手の薬指になんて)
この世界に、結婚指輪なんて文化はなかったから、欲しいとは言えなかったけれど。
でも、そんな私の様子を見て、何かに気づいたのだろうか。
リックが薬指のサイズに合わせて、贈ってくれたのが指輪型の魔道具だった。
まったく、勘がいいのか、『天恵』のお陰なのか。
リックは狡い。
――孤児院時代からずっと守ってくれている。
それなのに、自分は助けを求めないんだから。
ううん。
彼が嫌がったって知るもんか。
そんなの関係なく、今度は私が勝手に貴方のために動く。
私を甘やかしてばかりで、自分だけ背負うなんて。
絶対に、認めてあげない。
◇◇◇
――リジー視点――
今日もハーブティーを入れた。
怪しい。
怪しすぎる。
他の女に、「美容にいい」だなんて、わざわざ勧める女じゃない。
ルイーズ自身は一度も飲んだことがないのに。
それに、このハーブティーはルイーズの発案だったという話だ。
来客には、毎回効能と共に勧めている。
美容効果や安眠効果を謳われた茶葉は、公爵家の名前もあって、貴族女性の間で瞬く間に流行った。
王宮への献上品にもなっていて、確執が噂されている王太子妃も、ハーブティーを気に入ったらしい。
(胡散臭いわよねぇ?)
茶葉が切れたことをメイド長に伝えて、管理室へ向かった。
ルイーズが普段飲むのは、普通の茶葉。
そして――。
来客用に出すのは、流通していない様々なハーブをブレンドした特別な茶葉だ。
この特別感が人気みたいだ。
「あ!そこ、気をつけて……!まだ完全に乾燥しきれていないから!」
新しく建てられたハーブ専用の建物。その脇にある温室の陰から、若い男の声が聞こえた。
日の当たらない場所に、様々な種類の植物が並べられていた。
花まで陰干しされている。
その中の一つが、やけに記憶を刺激した。
(なーんか見たことあるんだよね……。でも、お茶に使うようなものを知ってるはずないし)
「もう、わかってるわよ。ダニエル、ブレンドの茶葉を貰いに来たの。今度のお茶会も若い女性だからよろしく」
「ああ……なるほど。若い女性なら……これとこれは避けたほうがいいかな……。あとは」
いつもなら黙って茶葉を渡してくるのに、今日はぶつぶつと独り言を呟いている。
――聞き捨てならない言葉が聞こえたわね……。
何かに集中しているのか、私への警戒がおざなりになっているようだ。
建物の奥の保管庫までついて行き、わざと優しい声を掛ける。
「ねぇ、無理してない?貴方一人で大変よね」
ダニエルは一瞬、瓶を持つ手の動きを止めた。
そして、ゆっくりと息を吐き出して肩を下げる。
棚にある茶葉を数種類テーブルに並べてから、また溜め息をついた。
「ああ……。大変だ。もっと効果を高めろってお嬢様に言われててね」
「それは、お疲れさま。今でも大人気なのに……」
ゆっくりと周囲の棚を眺める。
乾燥された花、見慣れない葉、細かくラベル分けされた瓶。
私も、さっきの彼と同じように溜め息をついた。
「実は私ってメイドの仕事は初めてなのよ。でも、ハーブティーのお陰で助かったわ。紅茶みたいに淹れるのが難しくないんだもの。貴方の仕事は本当に素晴らしいわ」
研究熱心な男ほど、自分の成果を認められると口が軽くなる。
行き詰まっている様子の今がチャンスかもしれない。
「まあ、本当ならそうなんだけどね……。ハーブをここまでお茶に合うように作れるのは僕だけだ。それなのに理解されない……」
彼は思いきり肩を落とした。
「薬のような効果を出すには、相当入れないといけないんだ……。抽出するにも限度があるのに……」
「なんか凄そうなのね。私も貰ってもいい?」
ダニエルが目を瞬く。
興味深そうに私を観察しているようだ。
その瞳に、彼にしては珍しい熱が宿った気がした。
男の、欲の入り混じった目で見られるのは気分が良くない。
その反応は、やっぱり――。
「……君も妊娠したくないの?」
直後の言葉に、胸が激しく暴れまわる。
これこそが最後のピースだった。
セス殿下に報告しないと……。
ルイーズの狙いが、これで暴かれるはず――。
「……ええ、そうなのよ」
「へぇ……。意外だな。君って結構……」
そっと、近づいてくる男の腕に手を添えて目を伏せる。
――普段は荒くれ者を相手しているのよ。
こんなへなちょろ男をあしらうなんて簡単だわ。
「ルイーズ様の仰る通りの強力な奴が欲しいの。――でも、よくわからない成分だと怖いわね……」
ダニエルは、私の言葉に考える素振りを見せて、一瞬だけ戸棚の奥を見た。
しかし、すぐに頭を振る。
「……あれは見せられないな。でも、安全性は保証する――」
その瞬間、目の前でダニエルが崩れ落ちた。
――どさり。
ダニエルが白目を剥いて床に倒れている。
その背後にはローランの姿だ。
深みのある赤い髪。
なんだか、ひどく懐かしい。
本当にもう。
相変わらず後先考えないんだから。
「リジー。お前、浮気現場を見られてんのに、何笑ってんだよ」
「っ、ふふ……!もう、笑わせないで」
……今?タイミングが良すぎでしょう。
やり返せる自信があっても、ちょっとは怖かったのに。
「うるさい、ローラン。これが浮気に見えるなら、絵本でも読んでなさいよ」
駄目だ。驚きすぎて情緒がおかしい。
久しぶりの顔を見て、つい軽口が飛び出る。
そんな私の反応がお気に召さなかったみたいだ。
「……なんか違う。もうちょい感動の再会をだなぁ」
「会いたかったわぁ、ローラン!――とりあえず、そこのソファにこいつを運んで」
ぶつぶつ文句を言いながらも手伝ってくれるローランの背中を見る。
馬鹿ね。
そんなことしちゃったら、寄りかかりたくなるじゃない。
「あそこの戸棚にレシピがあるはず。時間がないから急ぐわよ。ついでに状況を整理していきましょ」
リジーとローランの、あの空気感も結構お気に入りです。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
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