第30話 失格ヒロインのデイジーは、物語を書き換える
――公爵家に招かれた。
手紙に返信したところ、すぐに返事が来て日程が整えられた。
てっきりお茶会のお誘いだと思っていたが、なんとルイーズと二人きりだった。
(これは……気合を入れなきゃね)
でもなぁ〜。ローラン、ついてくるって言っていたけれど気配がないわ……。大丈夫かしら。
案内された庭園は、華やかに咲き誇る季節の花々が見事だった。
さすがは公爵邸。タウンハウスでこの規模だとは。
事業も成功していて、その資産は計り知れないと聞く。
そういえば、公爵家の事業の一つは――。
「お会いしたかったわ。マーガレット嬢」
「お招き頂きありがとうございます」
見せられた資料を頭に思い浮かべていると、ルイーズが話しかけてきた。
私は急いで頭を下げる。
集中しないと、ここに来た意味がない。
「こちらへどうぞ。お話できるのが楽しみで、張り切って準備させたの」
そうして促された先に、リックがいた。
思わず息を呑む。
動揺して、一瞬だけ足が止まってしまった。
白いガゼボにセットされた、小さなテーブルとお菓子。
可愛らしいサイズの焼き菓子がいくつも並んでいる。
しかし、そんなものよりも、彼女の背後に立っているリックが気になってしまう。
護衛騎士、ということだろうか。
――まるで知らない人みたい。
勧められた椅子に座り、当たり障りのない話をしていると、リジーが茶器を持って現れた。
(リジー……!会えて良かった。久しぶりだわ)
彼女が、ゆっくりと目の前のカップにお茶を注いでくれる。
その瞬間にふわりと香る、独特なハーブの香り。
最近流行っているのかな?
ああ、そういえば、資料には公爵家のお茶事業のことも書いてあった。
ルイーズが主導して始めたのかもしれない。
そんなことを考えていると、ルイーズが単刀直入に切り出した。
「……ねえ、貴女、まだリチャードを想っているんでしょう?」
どきん、と音を立てて心臓が鳴った気がした。
随分といきなりだ。
取り繕う余裕もないのか、または確信しているのか。
「いきなり何の話ですか」
「知ってるのよ?……幼馴染みで初恋同士。あなたたちって本来なら、結ばれるのよね」
ルイーズが彼を自分の隣に呼び寄せる。
――やっぱり、リックは物語に関係していたのね。
しかもマーガレットと結ばれる、か。
ルイーズが私たちを捜し回らなければ、本当に隣に居てくれたのに。
「………」
私が黙っていると、ルイーズは挑発するように笑った。
嫌がらせをする時の彼女の顔は、何年経っても変わらない。
「どうせなら、盛大に振ってあげなさいよ。彼の前で言える?リチャードを捨てて、他の男のもとに行くって」
――否定したいけれどまだ早い。
信じてほしくて、そっとリックを見る。
彼は眉を下げて、答えに窮している私に笑いかけた。
「他の男を選んで、その人の所で幸せになるって……リチャードに言えるのかしら」
これが演技だってことは彼も知っている。
でも、リックだって嫉妬もするし、疑いもする。
今の不安定な彼を傷つけたくない――。
「……それは――」
「答えは要りません。ルイーズ様、本題を。彼女の表情が答えでしょう」
リックが私の言葉を遮る。
そんな彼を見て、ルイーズはおかしそうに笑い声をあげた。
玩具にされているようで腹が立つ。
「やっぱり、これでわかったでしょう?貴方がストーリー通りにS級にならないから、マーガレットが権力者に奪われるのよ。いいえ……ヒロインがこれじゃあ、最初から希望はなかったのかしらね」
苦しげに視線を下げたリックの顎を、ルイーズの指が上向かせる。
彼の首元を晒すと、そこには細くて黒い首輪が掛けられていた。
――それを見た瞬間に血が沸騰するかと思った。
「彼は、これからS級になるために単独討伐に行くの。――あら、この首輪が気になる?端的にいえば、逃亡禁止ね。そして……標的の獲物を狩り終えるまで戻るのも禁止」
それは、隷属に使う魔道具だ。
それが何なのか、噂だけは知っている。
闇市で流れる、命令を刻むための首輪。
けれど、どんな命令が課せられているのかまでは分からない。
国では禁止されているが――公爵家なら手に入るのか。
誓約魔法と違い、合意なしでどんな理不尽な命令も勝手に掛けられる。
「なんてことを……!」
「あら、マーガレット。それを貴女が言うの?彼を捨てた女が今さら……ねぇ?」
首輪に指をかけて、無理やり引っ張った。
リックがルイーズに引き寄せられて顔を顰める。
それを見て、グッと拳を握り込む。
捨ててなんかいない!ずっと私たちは一緒だった――!
「ルイーズ様、単独なんて無理です!せめて誰か、彼にサポートを……!」
「ふふ。S級にならないと、あなたはリチャードに見向きもしないんでしょう?心配しなくても単独討伐ならチャンスはあるわ。――もう、依頼も受けちゃったしね」
ざっ、と血の気が引いた。
違う……!
彼は現実の人間だ。
単独討伐なんて、普通の冒険者は受けない。せめて回復役を用意しないと、それは死にに行くようなものだ。
そこまで――。
ここまで、何も理解していないなんて……!
「ふふ、マーガレット。その表情が見たかったわ。貴女はちゃんとヒロインに戻れるかしら?ねえ、私に教えて。物語は破綻してもやり直せるって証明してくれる?」
ルイーズの声が周囲に響き渡る。
私たちを自分に置き換えているのか、ここからの逆転劇を期待しているのか。
それとも、自分の望みが壊れたように、周りが壊れたら安心するのか。
今のルイーズは感情が入り乱れているらしく、発言が滅茶苦茶だ。
そして、不意にぴたりと動きを止めた。
「そうね、やっぱり全部は奪えないみたい。……変な方に物語の修正が入るのかしら……」
私に話しかけていたはずなのに、突然ぶつぶつと独り言を言い出した。
――揺さぶるなら、今か。
緊張で強張る指を握り込み、お腹に力を込める。
「物語……『原作』のことですか?……貴女のお話はとっくに終わったはずですよね、ルイーズ」
意を決して、彼女が恐れる言葉を言ってあげる。
終わった物語のヒロイン、ルイーズ。
「あなた……!あなたも転生者だったのね!おかしいと思ったのよ」
ハッとしたようにルイーズが顔を上げた。
その青い瞳は、ギラギラと異様な光を帯びて、真っ直ぐ私を睨みつける。
「だから、リチャードを捨てて、第三王子に擦り寄ったんでしょう!?浅ましい女!」
ガシャンとお茶のカップが倒れ、テーブルを汚していく。
こちらのカードを切った。
これからルイーズは、私を警戒して潰しにかかってくるかもしれない。
もう後戻りは出来ない。
――そんな無様な真似をするつもりもないけれど。
「……それをあなたが言いますか?」
不敵な笑みを作って、わざとらしく首を傾げる。
私の言葉に、ルイーズは一瞬言い返そうと口を開いたが、そのままゆっくりと閉じた。
数秒間、嫌な沈黙が下りる。
そして……次の瞬間には、彼女の雰囲気が一変していた。
ぞくり、とした違和感が背筋を這う。
「まあ、いいわ。あんたはリチャードを見捨てる?それとも少しくらいは情があるのかしら。ああ……可哀想ね。……でも、ヒーローはヒロインの為にどこまでしてくれるの、リチャード」
そう告げて席を立ち、そのまま私たちに背を向けた。
その乱暴な動きから、彼女の苛立ちがありありと伝わってくる。
「マーガレット。あんたはヒロインに相応しくない。……リチャード。S級になって、欲しいものは無理やり手に入れなさい」
私には吐き捨てるように。
リックに対しては、煽るような言葉を残して去っていく。
『S級になるために単独討伐に行くのよ』
先ほどのルイーズの言葉が、頭の中で反芻される。
彼の首輪を見た瞬間から、もう私は冷静じゃない。
――でも。
(今回も同じミスを犯すのね、ルイーズ)
私の前で、貴女の作戦をペラペラと喋るなんて。
孤児院のデイジーがマーガレットと名乗ってるなんて気づきもしない。
彼女の姿が完全に見えなくなった後、リックが私の頭を撫でた。
「はは。ちょっと困ったことになったな。……でも何とかするから」
「ねぇ、どんな依頼?」
その優しすぎる手つきが気に食わない。
表情が気に食わない。
まるで、私を記憶に焼き付けるような、そんな瞳が。
「デイジー、大丈夫だ。ポーションも出来るだけ持っていくし、無理はしない」
私の質問は流され、そのまま優しく抱擁された。
そう。抱擁だ。
いつもなら、こちらへの愛情が抑えられないようなリックが、まるで最後みたいに。
何よそれ。
「……リック。ちょっと話があるんだけど」
「悪い。準備があるから……これで」
「お願い、聞いて……!」
「必ず帰ってくるから、心配するなよ」
彼はこちらの返事も聞かずに、そのままガゼボを立ち去った。
まるで怯えるかのように。
何に対してか――。
討伐の不安もあるだろうけれど、一番は私の反応でしょう?
私に引き止められるのも、それに甘えるのも怖いんでしょう。
(どいつもこいつも、本当に私を馬鹿にしてるわ)
静まり返る庭園に、ぽつんと取り残された。
誰もいなくなった後も、彼が去った方向をじっと見つめて拳を握る。
視線の先にある公爵邸は、本当に華やかで美しい。白い壁に絡まる緑の蔦も、整えられた庭園も鮮やかに映えている。
そこに住んでいるのは、あんなに悪趣味な人間だというのに。
こんなの、許せるはずもない。
一人じゃなくてよかった。
不測の事態に備えて、彼も連れてきていたのだ。
最初から待機してもらっていたから、今の怒りを共有できる。
――背後の彼に話しかけた。
「ローラン、そこにいる?」
それに合わせて、葉が揺れる音が耳に届く。
庭園のどこかに隠れていた彼が出てきてくれる。
遠くで、使用人の驚きの声が聞こえたが今さらどうでもいい。
「ねえ、今の話聞いてた?」
「ああ、嫌ってほどな」
きっと、ルイーズは気づかなかっただろう。
リックは元から知っていて、敢えて彼に聞かせた。
本当に私たちを侮っている。
背後の気配に、怒りのこもった声で語りかけた。
「あのさ、私たちって冒険者だよね」
「はっ!今更だな。それに、やられたらやり返すのが俺たちの流儀だろ」
いつも軽口を叩いて、場を和ませてくれる彼からも本気の怒りを感じた。
そうだね、ローラン。
私たちは少し似ている。リックを中心に集まったんだから。
だから、今の状況が納得いかないのはお互い様だ。
「リジーとも連絡を取りたい。今から秘密裏に抜け出せる?」
「いつも言ってただろ。あいつらに、どうやって勝つかって。お綺麗な騎士様の攻略は完璧だ」
――ああ、あの護衛との戦闘シミュレーション。
実戦で役に立つのか……。
ちょっと見直した。
「あの厨二病も無駄じゃなかったのね……」
「なあ、前から気になってたんだが。その『チューニ病』って何だ?」
ローランが首を傾げるのを見て、笑いが込み上げる。
そう。
私だって、堂々とヒロインを名乗ってやる。
失格?
そんなの知るもんか。
ピンク髪のマーガレットが、リチャードを救いに行く話に書き換える。
そして、ローランの疑問の『厨二病』についても。
ふふふ。色々と意味があるだろうけれど、今の私の気分にぴったりな言葉を彼に教えてあげる。
「どんな苦境も乗り越えて、立ち向かうヒーローのことよ」
デイジー(マーガレット)
・髪:明るい茶色(柔らかいブラウン)
→ 現在:ピンク(染色)
・瞳:緑(落ち着いたグリーン)
ちなみに『厨二病』は後にローランの座右の銘になります。 隣でデイジーが頭を抱えるまでがセットです。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
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