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【新章・王都編スタート】転生したら孤児院出身。テンション低いけど頑張ります  作者: しぃ太郎
第三章 ルイーズ、再び現る

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第29話 セス殿下との情報戦

 

 

 翌朝、セス殿下の執務室に突撃した。

 書類に囲まれた彼は、気怠そうな様子で私に着席を促す。

 そのままテーブルに湯気が立ったお茶が注がれた。


(ハーブティー?この世界にもあるんだ……)


「――で?用件を聞こうか」

「王太子妃殿下のお茶会よりも、もっと沢山誘いが来ていますよね?」


 彼の執務机に目をやる。

 そこには手紙らしきものは置かれていないけれど、絶対にあるはずだ。

 あの子が、じっとしているはずがないもの。


「ああ。もちろん。でも、全部には応えられないだろう?」

「ルイーズからの招待状。まずはその一件だけ、受けます」


 きっぱりと、自分の意思だけを伝える。

 そう。

 多分、あまり時間をかけると良くない――そんな気がする。

 ルイーズがリックに何をするかわからない今、優雅に社交なんてやっていられない。


「夜中に訪れた彼に絆されちゃったの?一晩で随分と変わったね」

「それはそうなるでしょう。……本来なら人懐っこくてかわいい人なのに」

「……なるほど。認知が歪んでいるのはわかる」


 セス殿下が興味深そうに私を見た。

 ようやく書類から顔を上げ、応接用のテーブルへ移動してくる。

 ゆったりと座った彼の前にも、そっとお茶が置かれた。


「昨夜の、あの可哀想なリックを見て思ったんですよね。……情報ギルドから狙われたって、賞金首にされたって、私はリックと一緒に戦うべきだったって」

「リチャードの苦労や決心を無駄にしてもか?」

「ええ。妻としては、なんでも勝手に決める旦那と、一度、本気で決着つけるべきだったと後悔してます」


 ――いつもは「デイジーには敵わない」って言うくせに。

 狡い旦那だ。


 セス殿下が背後の人物に、小声で指示を出した。

 その数分後。

 山盛りに積み重なった手紙を乗せたトレーが、テーブルに置かれた。


「うわ……多すぎる」

「だろう?やっぱり大人気だね。おっと、これかな。――下げていいよ」


 色とりどりの招待状は圧巻だった。

 縁取りには、どれも綺麗な模様が描かれている。

 その中でも一際豪華な装飾が施された手紙を、セス殿下がスッと抜き出した。

 使用人は一礼し、トレーを下げて部屋を退出していく。


「エーデルシュタインからの招待状だ。どうするつもりだい?いきなり直接対決かな」

「せっかくのお誘いですし、乗ってあげようかと思いまして。――その前に少しだけ、殿下に言いたいことがあります」


 私はそこで言葉を切って、セス殿下の様子を観察する。

 いつも通りの穏やかな顔は、相変わらず感情が読みにくい。

 これは、下手な交渉より手札を見せちゃったほうがいいかな?


「うちのリックが、結構限界みたいです。暴れる前に何とかしないと……」

「そうみたいだね。私を見る目つきがちょっと怖いよねぇ」

「ええ……。あれはモンスターを斬る時と同じですね……」


 しかも、私を怪我させたモンスターをやる時のリックだ。

 そういう彼を見ると、みんなちょっと引いている。

 彼にはオーバーキルという概念が存在しない。


「そろそろ殿下の本当の目的を教えてください。なぜリックを公爵家へ?」


 今にして思うと、曖昧すぎる理由ばかりだった。

 ルイーズを煽って、失態を引き出したい。

 公爵家に自分の駒を置いておきたい。

 それは確かに本音だろうけれど――。

 動機が薄い。


「……君に話す予定はなかったんだけどね。リチャードがあの状態なら、伏せておく方が損だ」


 そして、そっとソーサーにカップを戻した。


「ルイーズ嬢の“予言”。実際に投資先の危険性を伝えられて、破産を免れた貴族も多い。彼らが彼女の後ろ盾であり、熱烈な信望者でもある。だから彼女の王族入りには支持者が多い」


 そこで、自分の目元を指でトントンと叩く。

 王族特有の、その深い青色が私の中にまで入り込んでくるような錯覚に陥った。

 探られるような、全部見抜かれているような――。


「……でも、私の『天恵』ではね、彼女は“違う”。彼女の予言は本物ではない、と告げているんだよ。そして……彼女を私の妃に迎えれば、彼女の支持者ごとこちらに流れ込む。そうなれば、せっかく安定している王太子殿下の地盤がひっくり返る可能性がある。正直、危険だ」


「……!」


 そこまでわかるなんて。

 リックの直感系とは違う――視覚系だろうか?

 それとも全く違うもの?


「その反応……。やっぱり何か知っているのかな?公爵家が派手に動いて探し回る人物――。そこにヒントがあると思ったんだ。リチャードが鍵だと思っていた」


 そして、セス殿下はさらに身を乗り出して――慌てて引っ込めようとした私の手を素早く掴んだ。

 視線はずっと逸らさないままだ。

 何が――。

 突然の彼らしくない行動に驚いていると、少しだけトーンが上がった声で、何かを確かめるように、ゆっくりと話を再開した。

 そうだった。

 以前にも、触れた相手から何かを読み取れるようなことを言っていたじゃないか。

 うわ……油断していた。

 今まさに、彼の『天恵』を使われているらしい。


「でもマーガレット――いや、デイジー。君だったんだね。彼女の“予言”を暴く本当の天敵は」


 ルイーズの天敵?

 まあ、恨まれているのは確かだろうけれど……。


「――天敵なんでしょうか」

「本来なら、兄上と王太子妃殿下の周辺はもっと順調に行く流れだったんだよね……。でも、変わった。……これは勘でしかないんだけれど、ルイーズ嬢があの二人に関わってからだと思う」


 セス殿下の眼差しが一瞬鋭くなった。

 “王太子殿下の流れが変わった?“

 それは、この世界に物語の強制力のようなものがある――ということだろうか?


「それを……内部から証拠を集めたかったんだ。私の“力”では曖昧すぎる。――確実な証拠が必要だ。……逆に聞くよ、マーガレット。君は何を知っているのかな?」


 一度深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。

 そのまま、セス殿下を見た。

 果たして、こんな荒唐無稽な話を信じてくれるだろうか。


「……知っている理由は色々と複雑なんですが……」


 ――いや、殿下の『天恵』も凄い。そんな力を持った人だから一蹴はしないだろう。


「私が知っていることをお話します。――まず、完全に予言が嘘だとは言えないんですよね。彼女にはここが本のストーリーに見えているんです」


 私は、部屋の片隅にある本棚へ目をやった。

 沢山の本が並んでいる。

 背表紙の色は赤や緑といったものが多いけれど、セス殿下もさすがに全部の内容を把握はしていないだろう。


 いや、王族だからな。

 出来るのかな??……出来そうだな。

 ――まあ、いい。とにかく。


 変な方向へ飛びかけた意識を、慌てて引き戻す。


 こちらは前世の記憶も曖昧なのに、ルイーズはよくもまぁ、前世で読んだ本の内容を覚えていられるものだ。

 これが、ヒロインだからなのか……。

 それとも、他に意味があるのか。


「私の『天恵』に近いのか……? “本のストーリー”。予言書のようなものか?」


 殿下が顎に手を当てて真剣な顔で考えだした。

 彼の『天恵』の内容はわからないけど、“流れ”というからには近いのかもしれない。

 けれど、決定的な違いがある。


「“あったかもしれない未来が書かれた本”。それに近いですね。ただ、本の流れはもうズレている……。あまりにズレてしまったら、役に立たない。だから、殿下から見たルイーズの行動が怪しく見えるんじゃないかな……と」

「……なるほど。本ならば納得だ。今この瞬間に、道を示してくれるものではないんだね?」


 私の言葉を反芻するように数回頷いてから、彼はまた私に向き合った。

 彼の青い瞳が、正面から射抜いてくる。

 ――やりにくい。見極められているのかしら。


「はい。でも、私はその内容を知らないんです……。ただ、揺さぶりはかけられると思います」


(原作。その言葉を持ち出せばいい)

 私もそれを知っているふりをすれば、彼女は動揺するだろう。

 ただ……。

 一つだけ気になる。

 ルイーズと会う前に、なんとなく殿下に聞いてみたかった。


「殿下。――この世界に絶対的な運命があるとして……それは、無理やり元の流れに戻ろうとするものでしょうか」


 彼は一瞬だけ目を瞬かせたあとに、ふっ、と笑った。

 それは、面白いことを聞いた時のような反応だった。


 う……。私は断じてロマンティストじゃない……!

 元の世界では、そういう設定が多かったんだもの!


「ルイーズ嬢の本のとおりに、世界が元に戻る――それを心配しているのかい?」

「……はい」

「私が“見た”ところ、そういう介入はないよ。彼女の行動が強引すぎるしね」


 確かにそうだ。

 ルイーズの都合通りには進んでいない。


「それに。もし仮にそうだとしたら、普通はもっと自然に変わっていくんじゃないか?……私が違和感すら覚えないように、ね」


 肩を竦めた殿下は、少し皮肉げに笑って私の質問に答えてくれた。

 そういった表情をすると、印象がガラリと変わる。

 本人がそういうものを信じていないんだろう。そんな気がした。


 物語の強制力はない。

 それを聞いて少しホッとする。

 しかし――ルイーズに対して、これはかなりの武器になる。


「――それが聞けて心強かったです。……では、ぜひ公爵家へのお返事を」

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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