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【新章・王都編スタート】転生したら孤児院出身。テンション低いけど頑張ります  作者: しぃ太郎
第三章 ルイーズ、再び現る

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第28話 リックの弱さとデイジーの覚悟


 強くて抗えない力で後ろから羽交い締めにされる。

 驚きで、一瞬声が出ない。


「……だれか――」

 耳元でささやかれる、低くて懐かしい声。

「デイジー……俺だ」


 その声を聞いて、緊張した身体が一気に脱力する。

 驚いたじゃない、バカ。

 そう言いたいけれど、彼の声があまりにも切羽詰まっていた。


 ――リック。数日ぶりに顔を見た。

 どうやってここまで?

 そんな疑問も湧いたけれど、きっとまた殿下が時間をくれたんだろう、と納得した。


 そっと、その髪を撫でてあげる。

 少し硬くて、まっすぐな髪質はサラサラと指を滑っていく。

 この感触が好きだったな、とふと思い出した。

 まだ一ヶ月も経っていないのに不思議だ。


 それにしても、ここまで弱っている様子を見せるのは初めてかもしれない。

 彼はしばらく黙り込んで、じっとしている。


「……リック。せっかく会えたのにどうしたの?久しぶりだから甘えたくなった?」

「デイジーは?」

「……そこは察してほしいわ」

「聞きたい」

「……この声も、忘れそうで怖かったわよ」

「デイジー!」


 さらに、力強くぎゅうぎゅうと抱きしめられる。

 この彼が、クールで近寄りがたい騎士?

 噂とは全然違うこの姿を見たら、誰もが驚くだろう。

 その話を聞く度に、本当にリックのことだろうか、と笑ってしまう。


「よしよし。うん、私も会いたかった。……随分とルイーズに気に入られてるみたいじゃない」

「嬉しくもない。……ヴァルターがいるから、俺は助かってるな」


 ヴァルター。

 銀髪に灰色の瞳が儚げだと、彼の美貌にうっとりして憧れる女性も多い。

 権力も財力もあり、穏やかな性格で奢ったところもない彼は、社交界での人気はトップクラスだ。

 私は一回しか会ったことがないけれど、確かに目を引く容姿だった。

 しかし、あのルイーズだ。

 逆ハーとか言い出して、リックに手を出す可能性も捨てきれない。

 許すまじ、お花畑め。

 まだ人間を薄っぺらいキャラクターとしてしか見られないんだろうか。

 それでも、ヴァルターという人物を蔑ろにするほど愚かではないと思いたい。


「まぁ……彼にはさすがに敵わないか。ふふ」


 それを思い出して少し安心すると、リックに顔を上向かされた。

 視線の先には、思わず息を呑むほどの真剣な目が私に向けられている。


「デイジーもそう思ってる?ヴァルターより……いや、第三王子には敵わないって?」

「――リック?……ちょっと落ち着いて。リックのほうが好きに決まってるでしょう」


 彼の藍色の瞳を覗き込む。

 翳りを帯びて、いつもよりも光がない。


「不安なんだ……。デイジーはまだ、俺のものなのか。……今すぐ確かめたい」


 こんな場所では無理だ。

 誰が来るかわからない。そんな場面を目撃されたら……!

 周囲は殿下の部下ばかりだというのに。


「リック、ちょっと待って――!」

「いやだ」


 彼を止めようと必死に突っぱねて、さらに距離を取るために後ずさったが、素早く腕を取られてしまった。


「……そこまでだ」


 ――その直後に、リックの首元に短剣が当てられていた。


(……いつの間に!?)


 暗がりで微かに光を反射する、鋭い刃物。

 囁くような声でそれを突きつける目の前の男性は、今までどこにいたのか。

 見慣れた顔なのに、いつもよりも真剣な表情だった。

 驚きすぎて、悲鳴を出しそうになるのを必死に押し止める。


「盛るな馬鹿。そこら中で監視されてるのに、当てつけか?それとも牽制か?」

 リックが目を細めて、彼の名前を呼んだ。

「ローラン」


 二人のただならぬ様子に、一瞬息が止まる。

 ――が。

 慌てて周囲を見回す。

 え、監視だらけだったの!?

 それはさすがに嫌だわ……!


「人が来ればすぐに分かる。先に第三王子がこちらを挑発してきたんだ。このくらい、いいだろうが」


 彼は苛立ち紛れに吐き捨てた。

 夜会のことかな。私にも気持ちはわかる。


 でも。


「リック……。私はそんな目的であなたに触れられたくない」

「デイジー……違うんだ……」


 伸ばされたリックの手が、私の目の前で握られた。

 ――まるで、何かを諦めるように。

 人前で“デイジー”と呼ぶなんて、彼の焦りが伝わってくる。

 本当は甘やかしてあげたくなる。

 手を伸ばしてあげたくなるけれど……。


「お前、俺にマーガレットを任せるって言ってたよな。だから第三王子に手は出させない。お前がリジーを死んでも守るって、俺に言ったからだ」


 ローランの言葉に、リックの瞳が苦しげに揺れた。

 彼の痛い所を的確に突いたからだろう。


「信用できないってなら、こっちもお前を疑うしかねぇな」

「……リジーは守ってる」


 いつもよりも小さく、さらに低い声で発せられた言葉を、ローランは一蹴した。


「はっ、どうだか。だが、ちょっとしたトラブル程度なら、リジーは自分で解決できるしな」

「リックも……ローランも、ちょっと落ち着こう――」


 私が間に入って仲裁しようとすると、ローランは私の名前を呼んだ。

 そこには、僅かに同情心のようなものが混じっていた。


「マーガレット。お前、随分と旦那に疑われてるぞ。ころっ、と他の男に惚れるってさ」

「……なっ!」

「違う……!」


 リックが嫉妬してるのは気づいてたけれど、それを具体的な言葉にされるとショックが大きいわ。


 でも、なるほどね。

 せっかく置いた駒が壊れるのは、殿下も困るのかもしれない。

 だから、すんなりとリックをここに侵入させたとすると……。


 ――このやり取りも、セス殿下に筒抜け、か。

 ……ならいいわ。これを利用させてもらう。


「そんなに心配なら、セス殿下に誓約魔法の追加をお願いするわ。……私が不貞を働いたら、命を絶つ――」

「やめろ!」


 命を絶つほどの痛みを与える――くらいにしておこうと思ったのに。

 さすがに死にたくはないし。

 この発言だって賭けではあったけれど。


 しかし、言い終わる前にリックが私の口元を押さえて黙らせた。

 いや、私だって死ぬのは嫌だしさ。

 今の条件だと、範囲が広すぎるから本当に危険だ。

 ただのブラフだけど、不穏すぎたかな。


「なんで?それが心配なんでしょ?」

「デイジーがそんなことになったら、関係者全員始末してやる……」


 ――うわ、ごめん。悲壮感が凄い。

 騙し討ちみたいで少し胸が痛むけれど、私の覚悟は本物だったし、許してほしい。


(……どうですか、殿下。リックは、貴方が思っているほど従順じゃないわ)

『天恵』の恐ろしさを、一番理解しているのは貴方でしょうに。


 私の意思とリックの危険性を、殿下に考えてもらいたい。

 後で監視の方から報告が行くといいな――そのくらいの保険にしかならないけれど。

 ちょっと狡いやり方だったかもしれない。

 リックに対しては特に。


 でも多分、言葉通りに本当にやっちゃうんだろうな……。

 だからいつも心配なんだ、うちの旦那は。

 殿下には、その可能性があるってわからせるだけでいい。


「本当にリチャードは馬鹿だな。そんなに軽い女なら、すぐに俺に惚れてたに決まってるだろ。こんな身近にいい男が居るのに、見向きもしないで悪態つく女だぞ」

「はあ?お前の自惚れはどこから来るんだ――前から気になってたけど、だいぶ重症だな」


 空気を壊すように、馬鹿な言葉でローランが茶化し、すぐさまそれに噛み付くリック。


 意外と空気も読めるよね、ローラン。

 そういう所は本当に頼りになる。


 彼らのやり取りを見て、私は一つだけ決心した。

 昔から、誰かを蔑ろにする人間が嫌いだったじゃない、デイジー。

 今の私に必要なものは何か、もう一度噛み締める。


(私が守りたいのは大切な人たちがいる、この空気だ)


 王宮のお茶会?

 王太子妃の後ろ盾?


 ――いいえ。


 今、私が本当に会うべき人は――、誰だと思いますかセス殿下?


 

デイジーの覚悟が見えてきました。


ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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