第27話 真夜中の侵入者?もちろん彼です
夜会から数日後。
「で、ついにお茶会に呼ばれましたよ。……ご満足ですか?」
私は、一枚の手紙をセス殿下に差し出した。
優雅な仕草でカップを傾ける彼は、ちらりとそれに視線を向けた。
彼の別邸の応接室だ。
側妃だった母君から受け継いだらしい。
意外にも、王宮にいるよりもここで過ごすことが多い。
(王子様って、ずっと宮殿住まいだと思ってたんだよね)
私とローランも引き続き、このタウンハウスに滞在中だ。
男性の使用人は警護も兼ねているらしく、通り過ぎるたびにローランが戦闘シミュレーションをして語ってくるから、若干ウザい。
彼は永遠の厨二病だ。
窓際のカーテンが揺れるのを観ながらそんなことを考える。
「ようやく私と話してくれる気になったのかな?ずっとツンツンして逃げ回ってたのに」
「逃げ回ってません……!殿下がそうやって――」
“性格が悪いからだ“、とは言えずに言葉を切る。
先日の夜会での意地悪には、若干怒っていた。
確かに、どこに人目があるかわからない所で、リックと手を握り合おうとするなんて私が悪い。
でも――。
わかっていても割り切れない。
――『計画を丸潰しにするつもりかな』。
耳元で囁かれた言葉に、あの時は返す言葉もなかったけれど。
なぜか、あの時のリックの様子に胸騒ぎがする。
敵陣に入り込んでるんだもの。
ローランの下世話で酷い妄想を、毎日毎日聞かされていたから不安になってしまう。
「失礼な振る舞いをしてすみませんでした。――本題に入りましょう。これなんですが、中身はわかってますよね……どうしましょうか?」
重厚なテーブルに置かれた、青と白に金の模様の封筒。
送り主が誰なのかは一目瞭然だ。
届けてくれたのが彼の部下なんだから、きっと中身も報告済みだろう。
殿下の後ろの補佐官さん――いつも思うけれど、眼鏡がピカピカだなぁ……。
「まぁね。事前に選別させているし。しかし、義理姉上が主催か。これは荷が重いな。社交界でも中枢にいる参加者たちだ。――いわゆる吊し上げかなぁ?それとも見極めかな」
優雅に笑いながらネチネチ、チクチク、あまつさえお茶でも掛けられて笑いものにされるのだろうか……。
そんな話を読んだことがある。
気が重い。
「うわぁ~……。逃げていいですか……」
尻込みをして、自然とソファの背もたれに寄りかかる。
マナー教師に叱られる仕草だ。
ずっと笑顔を作り続けるのすら向いていないのに、つらい。
「でも、いつも通りのメンバーなら、内心ルイーズ嬢をよく思っていなかったご婦人が多いね」
「そうなんですか……。というか、詳しいですね」
「有名な話だしね」
セス殿下は、侍従に耳打ちして机から一枚の紙を持ってこさせた。
女性の名前が書いてある。
察するにお茶会の招待客だろう。
「ハワード伯爵夫人なんて、随分見下されていたみたいだ。あとは長年ヴァルターを想い続けて敗れた、ヨーク侯爵夫人とか……。今は嫁いでいるし、彼女の内心はわからないけれどね」
リストの人物を教えてくれる――が、“それは目の敵にされるでしょうねぇ”って感想しか出てこない。
もう一度、ハーブティーに口をつける。
――この感じ、癒されるわぁ。
「じゃあ、王太子妃殿下はどうなんでしょうか。王太子殿下は明らかに迷惑がっていましたね」
「それは、婚約者時代にかなり目の敵にされていたからね。今は手のひら返しで擦り寄っているけれど……。私なら好きにはならないな」
なるほど。
王太子が結婚する前は、奪え返そうと散々絡んだようだ。
何をしたのやら……。
「さすがに、身の危険――みたいな過激なことはなかったんですよね?」
「兄上が、いつからか護衛を増やしていたね」
ルイーズ。
そりゃ王太子殿下が嫌がるわけだよ。
逆効果で好感度マイナスだわ。
むしろ、地で悪役令嬢になってるじゃない。
「……ルイーズってどんな立ち位置なんですか?」
「主に下位貴族のご令嬢の支持があるかな。普通の慣例を無視して、男爵家や子爵家のご令嬢だけを招いてサロンを開いている。我先にと彼女の取り巻きになる娘が多い」
ルイーズらしい。
昔のように、自分の派閥を作るのが上手い――けれど、代わりに反感も買っているのね。
「私は、どう立ち回りましょうか」
「別に君は本格的な婚約者じゃないからね。それに……。社交界の猛者たちだ。もう身分は割れているだろう。……敵対する意思がないことさえ見せればいい」
正面からは普通の茶葉の香りが漂ってくる。
ハーブティーは女性に人気なのかな?
「おとなしく、いびられて来いってことですか」
にこにこと笑って答えない殿下を見て溜め息が出る。
人の気も知らないで――。
これだから権力者は。
「……やっぱり、逃げていいですかねぇ」
「エーデルシュタイン家の派閥もあるからね。ここは王太子妃殿下の庇護を得たいところだよね。非公式に会う機会が作れないか聞いてみるよ」
非公式で王太子妃と会う?
こういう所がセス殿下も王族だ。
庶民を理解していないわ……。
「その場には、殿下もいてくれるんですよねぇ!?」
「もちろんだ――と言いたいけど、向こう次第だし……」
「嘘でも……!嘘でもいいから安心くらいさせてください!」
私の叫びは、どうやら届かないようだ。
わかっているわ。すべて思い通りには行かないわよね。
事前に話す機会があった方が、きっとやりやすい。
そして……。
女同士のやりとりに、男性は必要ないのよ――。
(彼らとは戦う場所も違うしね)
すでに胃が痛い私は、素直に諦めた。
殿下を好きでもないし、仮の身分の私がそこまで頑張る必要もないわ。
もーー!どうにでもなれ!
そんな気分でカップの残りを一気に飲み干した。
◇◇◇
夜中、少し夜風を浴びるために、外に出ようとテラスの鍵を開けた。
その瞬間、強くて抗えない力で後ろから羽交い締めにされる。
驚きで、一瞬声が出ない。
無理矢理出した、か細い声で助けを求めようと声を上げた。
「……だれか――」
私の口を押さえて、無理矢理に部屋へ入り込んだ人物が、耳元で囁いた。
「デイジー……俺だ」
――それは、ずっと聞きたいと願っていた声だった。
なぜ、ここに?
どうやって?
そんな疑問も忘れて、恋しい彼に抱きついた。
慣れ親しんでいた彼の香りと、体温が私を包みこんでくれる。
「リック……!」




