第26話 “隷属”の首輪――リック
作者、ヤバい趣味ないです多分(笑)
「いいわ、リチャード。貴方はあの子を手に入れなさい」
ルイーズが俺の喉元に指を突きつける。
その整った爪が肌に食い込んで、チクリとした痛みとともに血が伝う感触がした。
(全部お前のせいなのに、くそ……。デイジーが見初められた?嘘だろ。いや……あの王子の性格を考えろよ……。演技に決まってる)
わかっているはずなのに……あの時見上げたバルコニーの距離が遠すぎる。
……あともう少しだった。
でも、それすらも錯覚かもしれない。
所詮はお膳立てされた舞台だったのだから。
デイジーが第三王子に抱き寄せられた瞬間、二度と手が届かないように感じた。
あの無力感が、どうしようもなく胸の奥を傷つけていく。
「――それで、どうします?第三王子は諦めますか?」
今までずっと黙っていたヴァルターが静かな声で、ルイーズに質問する。
その口調はあまりにも自然で、二人の関係をよく表しているようだった。
ルイーズは、それに反発するように彼に噛み付いた。
「そんなこと許せないわ!あんな気弱そうな女に負けてたまるものですか!」
「ならばどうします?第三王子と彼女は、我が公爵家に泥を塗ってくれたんです。――私の可愛い義妹をコケにされました。ぜひとも協力しますよ」
机を叩こうとしたルイーズの腕をそっと包み、ヴァルターが穏やかな声で落ち着かせていた。
政治絡みのゾッとする内容なのに、彼が言うと甘く聞こえるのはなぜか。
そしてさらに言葉を重ねた。
「今までのやり方でいいんじゃないでしょうか。……気弱そうな女性なら特に効果がありますし」
「そうね……。すぐに泣いて逃げそうだわ」
ヴァルターはルイーズを後ろから抱き込んだ。
そのまま、彼女の視線をこちらへ向けさせる。
「理不尽と現実に泣かされる可哀想な女性。そして、彼女は直後に慰めてくれる、懐かしい男性に再会するんです。簡単な演出と場面を与えてあげればいい」
ヴァルターは部屋に飾られていた花に、上から酒をかけていった。
何故か目が離せない。
流れ落ちる液体が、ゆっくりと花の色を変えていく。
俺は、それを黙って見つめていた。
「蕩けるような甘い恋を、彼女に与えてあげるんです。そして……」
美しく小振りな白い花が、琥珀色に染められていく。
「――王族に相応しくない女性になってしまえばいい」
その言葉に、ルイーズがぱっと目を見開く。次の瞬間には興奮した様子で話し始めた。
「そうね。それなら、こっちは悪者にもならない。勝手に向こうが浮気するんだもの。――で、その役がリチャードなの?ヴァルターはやらないの?」
「……さすがに私は目立ちますから。お気に入りの彼を渡すのは惜しいですか?」
ルイーズとヴァルターの視線が自分に向けられる。
「正直、惜しいわ……」
「ですが……」
迷うように、ルイーズが爪を噛む。
この会話を聞いているだけで気分が悪くなった。
こいつの愛人なんて絶対に御免だ。
「ふふ。あまり私を嫉妬させないでください」
ヴァルターがルイーズの顎を掴んだ。
このタイミングで声を上げる。
ここでルイーズを落胆させよう。
自分には無理だ。
「俺は……女性が得意じゃありません」
「あら?そっかぁ、リチャードって本当に一途なキャラなのね……。やっぱり手放すのは惜しいわ」
しかし、逆にルイーズの興味を煽ってしまった。
――くそ。
「ルイーズ。その男で満足ですか?それならば、すべてを諦めましょうか」
「――わかってるわ。冗談よ。私のものに手を出すなんて、あの女を許すわけないでしょう?リチャードの元サヤなら、まだ我慢できるもの……」
意味のわからないことを言うルイーズに、理由のわからない執着を見せるヴァルター。
おかしい。
狂っている……。
そう思うのに、ヴァルターの提案に惹かれてしまう。
「それに……」
ルイーズが、おかしそうに笑った。
いやらしく口元が歪み、醜悪な本性が顔に表れる。
「まともな嫁ぎ先もなくしてやるから。そうなったら悲惨よね。あら、いいこと思いついた。リチャードが要らないなら、私が相手を探してあげてもいいわね」
「――やめてくれ……!」
思わず声を荒げてルイーズの言葉を遮った。
聞いていられない。
が、彼女の思う壺だったらしい。
「ならリチャード。貴方が奪って、大切に大切に閉じ込めないと。そうでしょう?」
返事はできなかった。
ただ、否定もできずに拳を握る。
知らずに、自分の喉が上下していた――それだけはわかった。
「でも、そうね……。貴方、まだA級なんだっけ。そこがそもそもの間違いかもしれないわ」
A級?いきなり冒険者ギルドの階級を持ち出されて思考が止まる。
毎回、話が飛びすぎてついていけない。
例の“予言”もどきか?
「そうよ!そこから間違えていたんだわ」
ルイーズは自分で納得したように頷いてから、急に笑顔になって手を叩いた。
「だって、結婚を強制されたマーガレットは、S級になったリチャードが迎えに来てくれるってエンドなんだもの。これから、他の男のものになりそうな彼女を攫っていくんだわ」
「何か思いつきましたか。今度はどうする気です?」
ヴァルターの視線は、面白いものでも見ているようだ。
イヤな予感がひしひしと背中を覆っていく。
「リチャードをすぐにS級にしましょう!出来れば一発でS級になる方がいいわ。ここからが彼の英雄譚の始まりよ」
狂ってやがる。
一発でS級クラスの依頼?
パーティメンバーが揃っていてもそんな危険は冒さない。
「じゃあ……これをプレゼントしましょう。簡単な命令しかできませんから、討伐に特化したものだけに絞りましょうか」
黒くて細い革製の物を取り出したヴァルターはルイーズに笑いかけた。
あれは――。
それを目に入れた瞬間に、思わず喉が鳴る。
「何よ、これ?」
「いわゆる、隷属の首輪ですよ」
――そう。
裏社会でよく見かけるものだ。
貴族や裕福層が、秘密裏に人間を道具にしやがる魔道具――!
(……ヴァルターの野郎。準備万端だな、おい)
「まあ、なんて便利なの……!じゃあ、S級になるまで帰ってきちゃ駄目、とか?」
「もう少し単純な命令しかできません。“討伐目標を探し続けること”。“遭遇したら逃げることは許さない”このくらいが限度でしょう」
「いいわね、そうしましょう!」
デイジー。
避けようとしたその一瞬、彼女の顔が過ぎった。
何のためにここに来た。全部彼女の為だ。
――そうして、俺の首に黒い首輪がかけられた。
反撃ターンまだー!?って回ですね。
もうしばらくお付き合いして下さると嬉しいです……。
ローラン、君が癒しだ。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
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