第25話 “リチャードのヒロイン”
リック視点です。
公爵家の控え室に戻ると、ルイーズの罵声が聞こえてきた。
廊下に出ると色々と耳に入る。
今日の夜会は、第三王子が連れてきた恋人の話題で、どこも持ちきりだった。
――まさか……それが、デイジーだったとは。
セスが寄越した連絡役に案内された後でしばらく待たされた。
やがて扉が開き、デイジーが外に出てくる。
見たこともないほど着飾って、別人のようだった。
あまりの眩しさに、息を呑んだ。
(あと少しで……手が届きそうだったのに)
バルコニーでの二人を思い返す。
他の男に抱き寄せられる彼女を、ただ見ていることしかできない自分。
惨めだった。
去り際の、あいつの視線。
あれは、明らかにこちらを挑発していた。
――ちくしょう。
まだ遠くから音楽が聞こえる。
夜会はこれからが本番だ。
王宮のホールは、きっと彼女をもっと綺麗に見せる。
降り注ぐ光の中で、誰もがデイジーを見るのだろう。
「お嬢様、おやめください……!」
気づけば、ルイーズがメイド服のリジーに茶器を投げつけようとしていた。
「なんて女……!恥知らずにも程があるわ。どうせ身体を使って殿下を籠絡したのよ――」
黙って前に歩を進め、二人の間に割り込んだ。リジーの代わりに、それを浴びる。
とっさに慌てた様子を見せるリジーを、視線で黙らせた。
わざわざ騒ぐほどのことでもない。
どちらにしろ、冷めたお茶は、ただ服を汚すだけにとどまった。
リジーを守るのはローランとの約束だった。
しかし、すぐに暴れるルイーズから彼女を守るのは本当に難しい。
「……落ち着いてください」
「……リチャード。ねえ、あの女。まさかとは思うけど“貴方のマーガレット”なの?」
ルイーズが俺に詰め寄ってくる。
標的が俺に変わったようだ。
彼女の背後では、ヴァルターが優雅な仕草で酒を飲んでいた。
こういう所だ。
別にルイーズを慰めるでも宥めているわけでもない。
この男への違和感が積み重なっていく。
そして、ルイーズの視線が、早く答えるように、と俺を追い詰めてくる。
胸の奥に広がる黒いものが、痛みを鈍らせてくれる気がした。
苦し紛れに出した言葉は、どこか虚しい。
「……違います。違う。あれは俺のマーガレットじゃない」
苦々しいものを無理やり飲み込んで答える。
観察されているのが分かっているのに、どうしても平気な振りはできなかった。
「本当に?――でもまぁ、そうよね……。珍しい名前じゃないし……。でも、欲しくなったのかしら。貴方の物にしたくなった?」
「………」
「男って単純ね。もう新しい女が欲しくなるなんて。しかも偽物。でも、手垢がついたものよりよく見えるのかしらね……」
ルイーズが溜め息をつき、俺の肩に触れる。
そして、小声で囁いた。
ねっとりとした――絡みつくような声の中に混じる愉悦と怒り。
まるで毒のようだ。
「王族だから、ギリギリ貞操は守られてるでしょ。……でも、同じ名前の女を欲しがるなんて――。ベッドで呼びやすいから?」
……そんな下世話な会話も、わざと甚振る様な口調も気に障る。
「ただ、取り戻したい……それだけです」
本心はもっと、暴力的な感情が暴れ回ってる。
ただ、この女の玩具になるつもりはない、それだけだった。
「その気持ちならよくわかるわ。本当なら自分のものなのに――奪われる気持ちはよくわかる。そして……代わりでも何でもいいから奪ってやりたい気持ちもね」
――よく知りもしないくせに。
言い返したいのをぐっと堪える。
「……ふっ」
そこで、ヴァルターが笑いを堪えきれない様子で声を漏らした。
不愉快そうに、ルイーズが眉を寄せて振り向く。
「なに、ヴァルター」
「いえ……。後でネタばらしするつもりだったんですが。お求めの“マーガレット”は、どうやら貴女の予言とは違うお方に見初められたようですね。本人に間違いありません」
彼女にとっても、今な話は想定外だったらしい。
ルイーズが取り乱して、ヴァルターを問い詰める。
――こいつ。
知っているとは思っていたが、ルイーズを煽るために隠していたのか。
「じゃあ、なに!?商人って話はどうしたのよ……!」
「……どうやら、あの方が身分を偽っていたらしく。大切にタウンハウスに囲っているのは本当ですよ。毎日のように通っているのも」
ヴァルターはルイーズに詰め寄られても、平然とした顔でグラスを置いた。
(ちゃんと俺に力があれば……)
そうしたら、あの時、バルコニーで攫っていった。
俺のデイジーに、誰も触れさせなかったのに。
――第三王子の新しい恋人?
ふざけるな、俺のものなのに。
ドロドロとした嫉妬でどうにかなりそうだ。
「ふざけないでよ……!また他の女が横取りするの!?」
取り乱したルイーズは、耳障りな金切り声を上げた後、ゆっくりと口を閉ざした。
「……もしかして、私が介入したから展開が変わっちゃったの……?」
「それが、殿下が興味を持った切っ掛けかもしれません」
「そんな……」
ルイーズは、青い顔で椅子に座り込んでしまった。
ヴァルターが彼女の様子を眺め、口元に笑みを浮かべたままグラスを口に運んだ。
「……リチャード。貴方、『取り戻したい』って言ったわよね」
「……はい」
俺の答えを聞いた瞬間、ルイーズの碧眼がギラギラと輝いた。
この女は本当に苛烈だ。
それを見越して、デイジーを巻き込んだのだとしたら、セス殿下の大成功だろう。
随分とプライドを傷つけられた様子だ。
「いいわ。貴方はあの子を手に入れなさい。元々はリチャードのヒロインでしょう。王子が手に入るなら、そのくらい協力するわ」
ルイーズの指先が、とん、と喉元に当てられた。
リック大丈夫か……?と思って下さると嬉しいです。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
もし物語を楽しんでいただけましたら、
★やブックマークで応援していただけると励みになります。




