第23話 あと数センチ――リックとの距離
後半にリック視点が入ります。
二話同時投稿なのでお気をつけください。
王太子殿下のファーストダンスが終わったタイミングで、私たちは階段を降りていった。
静まり返った会場の中で、誰かの声が上がった。
「第三王子だ……」
「……噂は本当らしい。女連れだ」
「じゃあ……エーデルシュタイン公爵家は……」
人垣が割れて、自然と道が出来る。
――これが王族ってことね……。
戸惑いと好機の視線を全身に浴びる。
私の噂で、誰もが目を輝かせた。
話題に飢えた貴族たちだ。
それは格好の話題になるだろう。
そして、もっと面白い話題を求めている彼らの視線の先には……。
一組の男女が談笑している。
誰もが注目している中、セス殿下は話しかけた。
「やあ、久しぶりだね、エーデルシュタイン公爵令息。そして……ルイーズ嬢」
ルイーズを家名で呼ばないのは、親密なのか――認めていないからか。
誰もが息を呑んで、彼の挙動に注目している。
この空気の中、セス殿下は微笑んで彼らに話しかけていく……その胆力に少し憧れる。
――痺れないけれど。
「ご挨拶申し上げます――第三王子殿下。……そして、そちらのご令嬢のお名前を伺ってもよろしいでしょうか」
ヴァルターが私に視線を向けた。
先ほどからルイーズの視線が痛い。
彼女の挙動に、誰もが注目していた――そんな中で、いきなり抱き寄せられる。
「今日はようやく私の月が顔を出してくれたんだ……。マーガレット・アドリス子爵令嬢だよ」
「……お初にお目にかかります」
打ち合わせの通り、か細い声で挨拶を返す。
ヴァルターは、さほど興味を見せずに私に向き合った。
名乗った瞬間に、彼の背後にいるルイーズの顔色が変わった気がする。
――“マーガレット”に反応するように、わざとそのままの名前を使っているんだから。
思惑に乗ってくれないと困る。
ヴァルターは、後ろのルイーズに視線をやり……。
そして、もう一度私を見た時には、その瞳の温度を変えていた。
「……なるほど。初耳でした。アドリス子爵に、こんなにも可憐なご令嬢がいたとは。浅学な私をお許しください――アドリス嬢」
「可憐だろう?すぐに怯えて隠れてしまう。もう逃げられないように酔わせてしまわないとね」
気障ったらしい言葉と態度に、胸がむかむかして仕方がない。
しかし、それでもセス殿下の袖を掴んで、恥ずかしがる振りを続ける。
中途半端が一番駄目だ。
彼女に、見せつけなければ。
(昔から、気弱そうな子が好きでしょう?扱いやすいもの)
――ルイーズの標的になれるように。
殿下は給仕を探して、周囲に視線を彷徨わせる。
それを感じ取ったヴァルターが先に動いた。
「……殿下。私が行ってまいります」
「ああ、じゃあお願いするよ」
ヴァルターの背中を見送って、ルイーズがようやく口を開いた。
何を言うつもりなのか。
知らずに身構えてしまい、指先に力が入る。
「殿下も隅に置けませんね。……突然、女性を連れていらっしゃるなんて。それにしても――」
パチリ、と扇子を閉じる音が響いた。
「どこかで運命的な出会いでもなされたのかしら?もしかして――街角でぶつかったり?」
「ふふ。どうだろうね」
セス殿下が笑って躱し、私の手にキスを落とした。
むず痒い。
貴族や王族って、どうしてこうなのかしら。
「……運命か。確かにそうかもね。後は想像に任せるけれど、彼女を見つけられた私は本当に“幸運”だ」
「まぁ、羨ましいですわ。……今後のご予定は?私が毎週王宮に行くのは、無くなってしまうのでしょうか。先生方にも良くしてもらっていましたのに」
ルイーズが、ちらりと私を見た気がしたけれど、無視を決め込む。
何故かって?怖いからだわ。
だって、先ほどから扇子がミシミシ音を立ててる気がするもの……!
多分、気のせいだけれども……。
「私に決められることじゃないからね。後で調整しようか」
「ええ……。私としても、殿下方やクラウディア様と繋がりが絶たれたら悲しいですもの。――是非」
ヴァルターが戻ってきて、私たちにドリンクを渡してくれた。
その空気のおかげで、ようやく息をつくことが出来た。
目標を達成したと思ったのだろうか。
セス殿下は人垣を掻き分け、話しかけてくる人を軽くいなして、壁際へ向かっていった。
「……ふぅ」
「疲れた?あそこが王族専用のバルコニーだ。先に行って休んでいていいよ」
殿下の視線の先には、奥まった所にあるバルコニー。
その前には近衛が立っていた。
――王族は休憩する場所も特別だったのね。
私は、セス殿下に腰を抱かれながら、そこへ向かった。
……やっぱり距離が近いわね。
これが演技、ってことかな。
意外にも、彼は上手くやっていた。
“少し奔放な第三王子”の役を演じきっている。
「彼を呼び出しておいたから。――でも、少しだけだよ」
「……!あ、ありがとうございます」
その言葉に浮かれて、急いでバルコニーに向かった。
――リック。
久しぶりだ。毎晩、彼に触れていたのに、その温もりが思い出せない。
私だけに向ける無防備な笑顔も、彼の硬い、剣を持つ大きな手も。
私だけを見つめる、あの藍色の瞳さえ遠くなっていく。
それを考えると、急に心細くなった。
いつも、側にいてくれてたでしょう?
なんで今、隣に居てくれないのよ。
でも、ようやく彼に会える……!
バルコニーに出ると、夜風が肌に当たり心地よかった。
周囲のざわめきが扉一枚隔たれて、とても遠く聞こえる。
この静けさに、少しだけほっとする。
セス殿下の言葉を頼りに周囲を見渡してみると、少し離れた場所に男性の姿があった。
(――リックだわ、見つけた……!)
庭園の間近、そこに、見慣れない騎士服を着込んだ彼が佇んでいた。
思わず手すりから身を乗り出して手を伸ばす。
彼の方も、私に気づいた様子で駆け寄ってきてくれた。
もう少しで手が届きそう。
リック……!
◇◇◇
――リック視点――
(デイジー!)
ずっと会いたかった女性が、自分へ手を伸ばしていた。
それを見た瞬間に、心が沸き立った。
彼女の元へ急いで駆け寄っていった。
安堵と後悔が混じり合って、叫びだしたくなる。
(会いたかった……!)
酷い扱いをされていないか、ずっと不安で堪らなかった。
そんなデイジーが今、目の前に――。
後数センチ――。いや。今なら飛び乗ってでも……。
指先が、わずかに触れた気がした。
その瞬間。
ぐっと、華奢な身体を引き寄せる影。
俺の目の前で。
伸ばされたデイジーの腕を掴み、抱き込んだ人物がいた。
自分の伸ばした腕は、虚しく空を切る。
微かに彼女の甘い声が風に乗って聞こえてきた。
圧し殺した声で何かを話している。
その先には……。
彼女の顎を掴む男の影。
こちらに向けられる、一瞬だけ光る青い瞳。
――第三王子!
今なら飛びかかれる。
だが理性が歯止めを掛けた。
そして……二人の影は重なった。
逆光でよく見えない。けれど分かってしまう。
微かにデイジーの吐息が聞こえた気がした。
やめろ……。違う。触るな……。
手を離せよ。デイジーは俺の……。
ああ――。
周囲の音が、ゆっくりと遠ざかっていく。
そして……。
目の前にいたはずの彼女の影すら、視界から消えていった。
暗がりの中で見つめる先には何もない。
無音になったバルコニーの前で立ち尽くす。
ゆっくりと手を下ろし、自分の手のひらを見た。
そこには、何もなかった。
今回は、少しだけロミオとジュリエットっぽい空気を意識していました(笑)
恥ずかしいですね。
バルコニー越しの距離感、書いていて楽しかったです。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
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