第21話 夜会前夜――恋人役と、可哀想な“私の騎士”
リックがちょっと限界きてます。
「はい、そこで一歩足を引いて。……そこでターン!」
レッスン部屋に、手拍子とピアノの音が鳴り響く中、必死に覚えたステップを踏む。
腰を支えるパートナーが上手いので、とても踊りやすい。
音楽が終わり、静かに息をつく。
「合格ですわ、マーガレットお嬢様」
ダンス教師の称賛を受ける。
最終確認のダンス相手はセス殿下だった。
恐る恐る顔色をうかがうと、素直に褒められた。
「うん、頑張ったね。これでお披露目できそうだ」
「……よかった」
ほっと息をつき、ようやく肩の力が抜けた。
先程のダンス――とても踊りやすかったけれど、彼の性格がよく出ていた。
こちらを試すように、途中で複雑なステップまで入れてきた。
困った人だ。
「殿下こそ、途中でステップを変えて遊ぶのやめてくれません?」
「あはは。マーガレットが必死だから可愛くてつい、ね」
「……また適当なことを」
この二週間で、だいぶ打ち解けられたと思う。
セス殿下に文句を言うくらいには、普通に話せるようになった。
そして、彼の性格がわかってきた気がする。
たまに孤児院にいたタイプだった。
周囲を信用せず、本心を隠して笑うタイプ。
こういう人には気を使うだけ無駄だ。
(……踏み込みすぎが地雷なのよね)
「よし、合格」
「……!じゃあ、夜会に行けるんですね……」
セス殿下と会った日から、私はダンスやマナーを中心に、貴族令嬢として必要な教育をみっちり受けることになった。
――ようやく夜会に出られる許可を得られた。
これでリックに会える。
「自分の身分をもう一回復唱できるかい?」
「殿下の遠縁の子爵家の娘、マーガレット・アドリス。病弱で、一回も表に出たことがないですよね?」
夜会では、ぴったり殿下にくっついていればいい、と言われている。
夜会や貴族の相手なんて一人では無理だ。
もちろん、殿下の影に隠れる――そのつもりだけれど……。
ルイーズはリックを連れてくるだろうか。
少しくらい、話す時間はあるかな?
心配だった。
公爵家で酷い扱いをされていないだろうか。
大体、なんでルイーズが冒険者のリチャードを探していたのかもわからないんだもの。
不安でたまらない。
……それに。
もし変な勘違いをして、落ち込んでいたらどうしよう。
リックは拗ねると大変なのに。
セス殿下から話は通っていると思うけれど、『恋人役』なんて聞いたら嫌がるはずだもの。
「ああ。そして、私が無理やり婚約者候補にねじ込んだ一目惚れ相手として噂を流す」
殿下の言葉に無言で頷く。
私は、翻弄されているだけでいい。
戦う必要も、勝つ必要すらない。
「これで準備が整ったね。“私の恋人”が正式にデビューだ」
「恋人役、の間違いですね」
◇◇◇
――ルイーズ視点――
「あら……随分と所作が洗練されたわね。これなら連れ歩いて自慢できるわ」
「――ありがとうございます」
リチャードはスッと頭を下げた。
やっぱり見栄えは大事ね。
これなら、自分の護衛騎士を自慢していたあの子も黙るわ。
「今度の夜会に連れて行ってあげる。王宮に行くのは初めてでしょう?きっと驚くわよ」
王宮の名を出すと、リチャードの肩がぴくりと動いた。
――珍しい。
確か、スピンオフで描かれた彼は、権力を嫌っていた。
(そういえば、性格もちょっと違うのよね)
本来はもっと笑顔が多くて、一途にヒロインを想っていて――。
そこで腑に落ちた。
マーガレットに失恋したからだわ。
ずっと初恋を大切にしていたリチャード。
そんな彼が最愛を失うと、こうなるのね。
ぞくぞくとしたものが背中を這う。
(もっともっと堕としちゃったら……どうなるのかしら?)
「そういえば、マーガレットの情報が届いたわ。……ヴァルターからよ」
ヴァルターから、マーガレットが王都にいると続報が入った。
やっぱり原作通り、貴族街の一角に入っていったらしい。
目の前の彼の身体が、見るからに強張った。
ふふふ。なんて惨めで可愛いのかしら。
「……はい」
「なんでも、例の“見初められた相手”から随分と大切に可愛がってもらってるらしいわ。毎晩のように――」
リチャードの瞳に、明らかな翳りが差した。
しかし、すぐに下に逸らされて見えなくなってしまう。
そして普段よりも低い声で相槌が返ってきた。
「……それは、良かったです」
「可哀想ね……。そんなに好きだったの?ねぇ、今、彼女があなたを呼んでたら――なんて考えてみたりしちゃう?」
私が彼の頬に触れると、びくりと震えた。
まるで虐められた子犬みたいね。
――ああ……リチャード、なんて可哀想なの。
そして……笑いが抑えられない。
我慢しても、口角が上がるのを止められない。
きっと今の私は、彼を見て笑ってしまっている。
同情して慰めてあげるべきなのに――。
そうしたら、彼がもっと私に懐くかもしれないのに。
なんて楽しいのかしら。
私もこうやって奪われたのよ。
でも、踏みにじるのって、こんなにも気持ちいい。
「大丈夫よ。貴方は頑張ったわ。ただ、届かなかった……それだけ。私も同じ経験をしたからよくわかる」
リチャードに向けた言葉が、自分の心の奥底を刺激する。
そうね……。
その気持ちは、ずっと残って消えはしない。
奪われたものは、永遠に心から消えてはくれないのよ。
「想像するだけでも不快よね。本来なら自分の物だったのに……ねぇ、リチャード。考えたことあるかしら?」
私の王子様は奪われてしまった。
今では他の女が隣で笑っている。
そして……彼のその手は、他の女に触れている。
考えるだけでも耐えられない――。
「……本来なら、貴方の隣にマーガレットがいたかもしれない。今、隣で笑ってるかもしれない。それが――」
どう?
貴方はどうかしら、リチャード。
私はどうしても納得できなかったから、何もかも奪ってやりたいと思ったの。
「自分のものだったはずの女が――他の男に我が物顔で触れられている。それに我慢できる?納得できるのかしら……ねえ?」
ぐっと拳を握り込んだリチャードは、しばらく黙った後にようやく答えた。
その瞳を見て、心が震える。
「……もしもそうだったら。我慢なんて……できるわけないですよ」
「そうよね。……その通りよ。いい答えだわ、リチャード」
次の夜会は必ず王族が出席する。
きっと彼と会う機会も、話す機会もあるだろう。
私の運命を取り戻す……そのための戦いだ。
「――私の騎士らしい顔になったわね。次の夜会が楽しみだわ。私の“王子様”に会いに行くのだから、そのくらいじゃなきゃね」
リックちょっと限界きてます。
デイジー側との落差が凄いです。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
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