第20話 ルイーズの騎士に――リック
リック視点になります。
――リック視点――
「まぁ!貴方がリチャードね。……毛色が違うイケメンだわ。やっぱり捨てがたいわね」
「はじめまして。お嬢様、ヴァルター公子」
「ルイーズでいいわ。こっちもヴァルターでいいわよ」
いかにも貴族令嬢らしく着飾ったルイーズ。
椅子に座ったまま、俺を上から下まで眺めている。
確かに、本人だった。
本当に公爵家に入り込んでいるらしい。
「ヴァルター。ちょっと二人きりにしてよ」
「……ルイーズ。よく知らない男と内緒話ですか?」
少しだけ不快そうに、彼の整った眉が寄せられる。
そして、ルイーズの髪をひと掬いし、キスを落として部屋を後にした。
扉が閉まる直前、視線を感じた。
愉悦が滲んだような、厭らしい灰色の瞳。
――こちらの思惑が全部バレている……そんな予感がした。
「リチャード。ずっと会いたかったわ」
ヴァルターが退出した後、ルイーズがきらきらした瞳で歓迎の言葉を述べる。
白々しい。
何年も前の記憶が呼び起こされる。
“モブのくせに”。それが彼女の口癖だった。
ルイーズ。
頭がおかしい女。
他人を見る時の、この女の目が不愉快だった。
いつも周囲を見下して、それが態度にも出ていたのを思い出す。
俺を石ころ程度にあしらって蔑んだくせに、なぜ今は瞳の奥に熱を感じるのか。
「貴方……。マーガレットって幼馴染みがいるわよね?」
馴れ馴れしい態度に苛立ちが募る。
「……ええ。よくご存知ですね」
ルイーズの指が俺の胸をなぞるように軽く触れていった。
思わず肌が粟立つ。
振り払いたいのを必死に耐えて、拳を握る。
――くそ、我慢だ。
「恋人?……もう再会したりしたのかしら」
「いいえ――彼女とは……」
一瞬、答えあぐねる。
すると、何を勘違いしたのかルイーズは両手を合わせた。
隠しきれないほどの喜色が浮かび、さらに触れてくる始末だった。
「やっぱり!まだストーリーが進んでないのね。間に合ったんだわ」
「………。」
(また“ストーリー”だ。やっぱり何かの能力なのか?)
デイジーの言葉を思い出す。
『本に書いてある筋書き』。
ルイーズはそれに固執している――。
「リチャード。公爵家で取り立ててあげるから、私の騎士になりなさい」
「俺が騎士ですか。似合いませんよ」
「実力は申し分ないんだもの、大丈夫よ!だから、これからは私の側にいるのよ。それと、マーガレットのことは忘れなさい。そのうち結婚しちゃう予定なんだから」
すでに俺と結婚している。
じゃあ、ただの妄想なのか?
いや、もうすでに“ストーリー”とやらが、大幅にズレてしまってルイーズも把握できないってことか?
「……それが噂に聞いた“予言”ですか?」
確実に“予知”ではないな。
マーガレットについての話は一つも合っていない。
しかし、勝手に勘違いしてくれるならありがたい……か。
「ええ。マーガレットは商人に見初められて結婚話が出るのよ。お金に困ることはないだろうし、あの子にはそれくらいが丁度いいわ」
「マーガレットが商人と……?」
「細かい描写は忘れたけど、それなりに美人だったでしょう?確か、そんな流れだったわ。きっとたくさん可愛がってもらえるでしょ」
『二十も上のおじさんだけど』
くすり、と楽しそうに笑う。
この性格は相変わらずだ。
マーガレットの不愉快な話題に、知らず知らずのうちに奥歯を噛み締めていた。
想像すらしたくない。
俺のデイジーだ。他の男なんてありえない……!
――“ルイーズを誘惑しろ”?
セス殿下はずいぶんと無茶を言う。
全部苦手だ。
この女も、そういう演技も、全部自分には荷が重い。
ルイーズがスッと手を差し出した。
「まずは忠誠の証からね」
――手の甲にキス。定番の忠誠の証だ。
おいおい、本当に俺がやるのか?
別の適任に任せたい……。
しかし、今はどこにも逃げ場なんてなかった。
溜め息を押し殺し、仕方なくそっと唇を触れさせる。
「うーん、連れ回すなら、もっとスマートな紳士になってもらわないと駄目ね。ヴァルターに相談しようかしら」
「ご令息とは、どのような関係なんですか?」
この機会に聞いてみる。
ヴァルター。かなり未知数で危険要素だ。
今後も関わらないといけない相手でもある。
「ヴァルターは、ただの義兄よ。ふふっ。向こうは私のことが大好きだけどね」
「――俺のことは何故?」
「うーん。“予言”で知って好きになったのよ。手に入って良かったわ……ねえ?」
手に入れる……か。
まるで幼い子どもと変わらないな。
なら、ハニートラップなんて必要ない。
“彼女のもの”として振る舞えばそれでいい。
「……はい。ルイーズお嬢様。お仕えできて光栄です。――誠心誠意尽くさせていただきます」
片膝をついて、頭を下げる。
ただ、我儘な子どもの機嫌をとるように。
そうすれば、恋人のふりなんてしなくてもいいだろう。
(問題はヴァルターのほうだ……)
始終、マーガレットのことは話題にしなかったな。
俺のパーティーに居ることも掴んでいるはずなのに――。
そして……忽然と姿を消したことを、疑問に思っていてもおかしくない。
――しかし。
奴の態度が純粋な好意だと思っているのか、ルイーズ。
あの灰色の瞳の、底知れない感情を――。
確かに感じる執着と、言いようのない何か……。
ただ、あれは嫉妬ではなかった。
気づかないってのは恐ろしいな。
自分のことではないのに、ゾッとする。
それにしても。
ふと窓の外を見ると、そこには綺麗に整えられた庭園が目に入った。
依頼で離れることは何度もあったのに。
随分と遠くまで来てしまったように感じる。
デイジーの方は大丈夫だろうか。
セス殿下も食わせ者だ。
嫌な想像が頭を過ぎる。
いや……。
深く考えると死にたくなる。
しかも自分から――他の男に、彼女を任せなければいけないなんて。
――この三週間後。
俺は、想像もしていなかった形でデイジーと再会することになる。
実はヒーロー視点を書くのが好きです。
リックは大体、心の中でデイジーに会いたがっています。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
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